第284話 幼き子供達の力
試験体の細胞は厳重に保管された。細胞についてはミシェルが取り扱いに詳しいらしく、彼女の指示のもとで管理する事となった。いざとなったら安全策として消去するのだという。
俺はと言えば、帰って早々にタカシマから採血をされる。タカシマが言うには、俺の体組織は常に進化しているような状態なので、十日前に取った血液とは別物だというのだ。
それから数日後、俺達は仙台に集まった生存者達と話をしていた。生存者から話し合いの場を設けて欲しいと依頼が来たからだ。
仙台の代表者が言う。
「数ヵ月前に出た先発隊がどこまで進んだか分からないが、我々は第二第三の解放部隊を送り出そうと思っているんだ」
実にありがたい提案ではあるが、ファーマ―社のスパイと頭脳を持ったゾンビに遭遇する危険性がある。また試験体が、何処に出没するか分からない状況となった今、次々に生存者を送り出すのは危険だ。
「だいぶ危険だが?」
「君達はヘリで動いているのだろう? 我々、生存者の中にはドクターヘリのパイロットだった者や、セスナの免許を持っている人がいるんだ」
するとクキが言う。
「それは凄いけどな。どうだろうヒカル? 危険は承知の上だが、ゾンビ破壊薬も完成しているし、更に地域を拡大する上でも提案は受けるべきだと思うがな」
「万が一、試験体に遭遇した場合は?」
すると生存者の一人が言った。
「もう先発隊は出ているんだ。俺達だけ、ここでのうのうとしている訳にもいかない。それに元警察官や猟友会の人もいる、全く戦えない訳じゃない」
俺が黙っていると、ユリナが言った。
「ヒカル。どうやら彼らも特殊能力に目覚め始めているらしいのよ」
「そうなのか?」
すると生存者の代表が言う。
「ああ。ゾンビの気配を感じ取ったり、人より速く走れたり、人とは思えない力を発揮する者がちらほら出ている」
「なるほど」
「それに、この話の後で見て欲しいと思っていた事もあるんだよ」
「見て欲しい事?」
「こっちに来てくれ!」
青葉城跡地近くの、この建物は元高等学校だったらしく部屋がいくつもあった。代表者が足早に廊下を進んでいくと、子供が集められた部屋に入っていく。
「この教室の子供達の力を、ヒカルさんに見て欲しいんだよ」
「子供の力?」
「この子らは、ヒカルさんからゾンビ因子を取り除いてもらった子らだ」
子供達は五人、その周りに二人の女性がいた。そしてユリナが女性に尋ねる。
「あなた方は?」
「保育士でした」
「私は小学校の教員です」
「この子供達の力と聞いたのですが?」
「ぜひ見て欲しいのです」
すると、子供がもじもじし始め保育士の女が促した。
「ほら。おじさん達に見せてみよっか? きっと、きぃぃぃっと! とっても驚くと先生は思うんだ。 ビックリするところ見てみたいなあ」
そう言われ、三歳くらいの女の子が俺達の前にとことこと歩いて来た。そこで学校の先生が言う。
「あの、一回やったら眠くなっちゃうようなので、一回で見ていただけますか?」
「わかった」
何が起きるのか分からないが、女の子が先生に背中を押されて前に出てきた。そして両手を俺の前に差し出してくる。女の子を見つめていると、なにやら集中しているようだ。そして次の瞬間。
ボゥワッ! と手のひらの間に淡い火が起きた。すぐに消えてしまったが、確かに目の前に火が出た。それに驚いたのはクキだった。
「なに? 手品か? 何処から出た? 凄いな!」
そしてユリナもあっけにとられながら、先生に聞いた。
「えっと、手品とかでは無いですよね?」
「何のタネもありません。この子は確かに火を出しました」
俺が黙ってじっと女の子を見ていると、体がフラフラし始めたのでそっと抱き上げた。
「いつもこうなるのか?」
「そうなんです」
「なるほど」
次に保育士が男の子を前に出してくる。先ほどと同じように、子供をおだてつつ俺達に見せるように言う。男の子が目の前に手を差し出した次の瞬間。
ポタポタポタポタ! っと勢いよく手から水がしたたり落ちた。だがまたフラフラしだして、今度はユリナが男の子を抱き留める。
「これは一体…」
それらを見てクキが言う。
「なんのまやかしだい? これが一体なんだって言うんだ?」
だが俺はクキを制して聞いた。
「ここにいる子らが皆?」
「はい。ここにいる五人はみんな」
するとユリナが俺に聞いて来た。
「ヒカルは、これがなんだか分かってるようだけど?」
「この世界の人に言って信じてもらえるか分からんが、信じてもらうしかない」
すると保育士と先生が大きく頷いて言う。
「何度も見てきているのです。これが普通じゃない事くらい分かります」
「そうです。それにこうやるとすぐに寝てしまうのです。体に悪いんじゃないかと思うんです」
そこで俺が言った。
「いや。体は悪くならないし、寝れば回復しているだろう?」
「「はい」」
「ここにいる子供達に起きている現象を教える」
「「はい」」
「魔法だ」
「「へっ?」」
「魔法だよ。この子らは魔法を使い、そして魔力切れで寝てしまったんだ。寝れば魔力は回復するから、体に何ら影響はない」
「「「「「「…………」」」」」」
俺以外が黙った。
「間違いないと思うが?」
だが俺の言葉に、仙台の代表者が言った。
「それを魔法と言うのは初めて知った。だが我々が、日本中に急いで足を延ばしたいと思う理由がこれだ。我々はこの子らが、この日本の未来を変えると思っている。そして幼い生存者をなるべく救って、ヒカル君の元へ連れて来たいんだよ」
それを聞いたクキが静かに言う。
「やるべきだ。こんなめちゃくちゃになった日本の未来は、この子らにかかっていると思うぞ」
「念のために言っておくと、全ての子供にこれが出るとは限らんぞ」
すると仙台の代表者が声をはる。
「可能性があるのなら、やりたいんだ!」
「ならば俺達がこれまで生き残ってきた方法と戦い方を教える。従ってもらうが異論はあるか?」
代表者が答えた。
「もちろん異論などない! 子供達を! 日本の未来を救えるのであれば!」
「決まりだ」
なんと俺が体を変えてしまったおかげで、小さな子供達に魔法が発現してしまった。この力は、彼らに言われるまでもなくゾンビに対して有効だ。この奇跡を見逃さなかったのは、彼らが日本の未来を必死に考えているからだ。
「だけど、なんで子供らにこんな力が?」
「純粋だからだ。想像力や信じる力の強さが違う」
「そう言う事か。薄汚れた大人には無いってわけだな」
「大人になってから魔法が発現する事はない」
「なら、子供達は死守しなきゃならない。この人らだけじゃなく、俺達もやるしかないぞ」
「わかった。なら仲間全員を総動員して、生き残った人らに戦い方を教えよう」
俺の腕で眠る女の子を見て、改めて闘志に火がつくのだった。




