第280話 束の間の休息
俺がこの世界に来てからずっと、ゾンビやヤクザやファーマ―社に追われ続けてきた。更に試験体のような化物が出て来て、世界が滅亡に向かってまっしぐらに突き進んでいる事を知る。だが何故か、ここに来て皆の表情が殊更いきいきしてきたようだ。皆は、俺がこの世界に現れた事で光が差し込んだのだと言う。
前の世界では、四人のパーティーでただ黙々と、人知れずダンジョンを攻略し続けていた。だが皆に感謝をされるという事が、これほど嬉しい事だと知らなかった。前の世界を滅ぼしかけた俺は、この世界に来て初めて、皆の為に役立っている事を実感し噛み締めている。ガラスの中の製薬工場で、大量に作られていくゾンビ破壊薬を見ながらそんな事を考えていると、横から声がかかる。
「ヒカルっ! なーに考えてるの?」
「ああミオか。別にたいした事じゃない」
「教えてよ」
ミオがニッコリ笑って言うので、俺の心も少し緩む。
「まあ俺は前世で、物心がついたころから勇者になるべく戦ってきた。誰から賞賛される事も無く、ただ四人の仲間達で穴ぐらに潜ってひたすら化物を狩る。そんな事を延々と続けて居たんだが、その頃より今の方がずっと充実していると思ってな」
「ほんと? ヒカルは、こっちの世界でもずっと戦ってきたよね?」
「それでも前世とは全く違うんだ。今回ははっきりと誰が悪いかが分かっていて、今やってる事が間違いじゃないと分かる。そもそも、前世で魔王を狩る理由は、世界の魔獣を滅ぼして人間の世界を盤石にすることだった。だがおかしくはないか?」
「おかしい?」
「なぜ、人間は生きても良くて魔獣は死ななきゃならない? 魔獣に生きる権利はないのか? 今思えば魔獣は人間の脅威にもなっていたが、潤いも与えていたんだ」
「潤い?」
「人間は魔獣の肉を喰らい、素材で物を作り、時には大金を手にする事もあった。逆に言えば魔獣は生きるために精一杯人間に抗ったのさ。それでも人間の方が圧倒的に強く、人が領地を拡大すると、魔獣はどんどん森やダンジョンの奥に追いやられて行った。それなのに俺達は、ダンジョンにまで潜って魔獣を退治しまくった」
「そうなんだ…。でもそれはこっちの世界でも変わらないかな。人間がどんどん自然を破壊して、生存領域を広げていった結果、滅んだ動物もたくさんいるのよ」
「なるほどな。むしろ今は人間が減っている事で、野生動物は増えているという事か」
「牛もいっぱいいるしね」
確かにそうだ。この国は牛や豚や鳥が多く、野生化し繁殖している。日本のあちこちで飼われていたらしく、何処でも見かけるのだ。それも人間が居なくなってしまったおかげで勝手に増えたらしい。
「だが、今の様に人間だけが滅ぶというのはおかしい。共存すべきなのに、日本は人間がほぼ絶滅してしまってる」
「そうね…それはおかしいわね」
「だから生き残った人間達で、この国を復興させる必要がある」
「うん」
ふと自分が一方的に話している事に気が付いた。
「すまない。ちょっと熱く語ってしまったな」
「いいと思う。なんていうかヒカルはこの世界の誰よりも強いのに、誰よりも人間っぽい気がする」
「どうしてだ?」
「皆が生きるのに精一杯だった時、服とお酒やバイクにこだわったでしょ? なんていうか、すっごく人間らしさを感じたの。そのおかげで、仲間達は人間らしさを取り戻した気がするわ」
確かに俺はこの仕立ての良い服が気に入っている。縫製もしっかりしている上に、なんと言っても形がとてもいい。俺は自分の服を指して言った。
「これはいい」
「うん。もうヒカルといったらル〇ヴィ〇ンってイメージよ」
「それは嬉しいな」
「後は高級なお酒。すっごく高いお酒を見ると集めちゃうでしょ?」
「美味いんだよ。前世では全くお目見えしたことがない。この服と酒を取ってみても、この文明は絶対に滅ぼしちゃいけない」
俺がそう言うと、ミオがけたけたと笑った。
「なら人類は、ル〇ヴィ〇ンとロマネコンティやルイ13世、ドンペリに感謝しなくちゃ」
「バイクのゼッツーも忘れるな」
「ごめんバイクは武の専売特許だから」
「あれはいい」
俺達が話をしていると、また誰かが声をかけて来る。
「なーに良い雰囲気出してるの。美桜、抜け駆け?」
「翼! そんなんじゃないよ!」
「ホントホント、ずるいんだー」
「愛菜まで!」
「えっ? なんか二人の世界出来上がってたけど? 違うの? 焼けちゃうわ」
「南もそんな事を言うなんて」
それに俺が答える。
「俺は別に何もしていないぞ」
するとツバサが笑いながら言う。
「いいのいいの! こっちの話よ! で、何を話してたの?」
「服や酒、バイクの話だ」
「ああなるほど。ヒカルってすんごい強いのに、お洒落さんだもんね。各地の生存者がヒカルを呼ぶ時なんていうか分かる?」
「なんだ?」
「ハイブランドの人」
「なんだそれは」
「わかるー」
四人の女が楽しそうに笑っている。最初に出会った時には悲壮感しかなく、明日どう生きるかだけを考えていた。だが今は皆の心に希望の灯がともっている。
俺達が話をしていると、工場の館内放送がなった。
「みんな会議室に集まってくれ。薬品の数量が一回目の目標を超えた」
「よし。皆行こう」
ミナミが言った。
「日本の未来を変える会議ね」
「そうだ」
するとガラスの中の工場で働いていた、タカシマとミシェルが俺達に気が付いて手を振って来た。女達が手を振り返し、会議室へと向かうのだった。




