第267話 研究者の気持ち
俺達が東日本でここまでに集めてきた情報は、タカシマや生徒達にとって非常に重要のようだった。全て見終えてタカシマがユリナに言う。
「友理奈さん。我々の最後のピースがそろったよ」
「本当ですか?」
「ああ。仙台の調査データと血清、宮田君達がたどり着いた研究の末に完成させた薬剤、どれも素晴らしい情報だ。それもこれもヒカル君の遺伝子が特殊だったから、大きく進展したようだ。こんな稀な遺伝子と血液を保有していたというのは奇跡だよ」
「よかったです。ここまでみんなが必死にやって来た事は無駄じゃないようですね」
「無駄など一つもないよ! どのピースが欠けても完成しなかっただろう、おかげで私達の研究も何段飛びで進むよ。ところで…」
「はい」
「例の動画に映っていた、ヒカル君のゾンビ因子を取り除く力は実際にここで見れるのかい?」
それを聞いたユリナが俺を見てきた。
「出来る。この講堂に全員を集めてくれるか?」
「わかった! サイトウ君! すぐに!」
「ええ」
サイトウが学生達に指示をし、館内に居た生徒を全て集めてくる。そして俺はタカシマに言った。
「一つだけ。ゾンビ因子には対抗できるようになるが、その結果どのような事になるか分からない。実際にここに居る仲間達は、皆が不思議な力を身につけてしまった。皆にその覚悟があるのだろうか?」
タカシマが生徒達に問う。
「聞いた通りだ! みんなどうしたい?」
すると学生が口を開く。
「体内にゾンビ因子があるなんて嫌です! すぐにやってほしい」
「俺もです! 気味が悪い因子が取り除かれるなら本望です!」
「僕もぜひやってほしい!」
「私も!」
そしてタカシマが、改めて俺に言った。
「と言う訳だ。誰もがゾンビなんてまっぴらごめんなんだよ。動画で見た限りは信じられないが、私もこの目で見てみたい!」
タカシマの研究者としての目が、今か今かと焦っているように見える。俺はすぐに魔力を放出して、ゾンビ因子除去魔法を発動した。周りの人間がみるみるうちに光輝き、白い粉で真っ白になっていく。
「お、おお! おお!」
「凄い!」
「なんだこれ!」
「これが全部ゾンビ因子なんですか!」
タカシマもサイトウも生徒達も、皆が顔を白くさせつつ興味津々に聞いて来た。
「終わりだ」
「もう?」
「そうだ。これでゾンビ因子の影響は受けない」
タカシマがあっけにとられた顔で言う。
「なんと…。流石に科学的には説明できんが、私も体が軽くなったのが分かる。いったい何をどうしたらこうなるんだ? 君の体から放射線でも出ているのだろうか?」
するとそれにユリナが答える。
「いえ高島先生。市販されている放射線探知機で調べましたが感知できませんでした。何か他の力が働いているようなのです」
「そいつは大変興味があるが、ひとまずみんな体を洗った方が良いだろう。みんな真っ白だ。肺に入れば、あまり良い事が無さそうだ」
「それが良いと思います」
それぞれが部屋を出て行き、タカシマとサイトウは手拭いで顔を拭いていた。その手ぬぐいをじっと見て言う。
「こんなものが体に入っていたとはな」
するとユリナが静かに言った。
「あとデータでも見ていただいた通り、皆が特殊な能力を発現させていくと思います。学生さん達はまだ若いので、暴走したり気を落としたりしないように注意深く指導したほうが良いと思います」
「留意しよう」
「お願いします」
そしてタカシマが続けて何かを言いたそうにしたが、すぐに言葉を飲みこんだ。それに気が付いたユリナが聞く。
「どうしました?」
「いや、いいんだ」
「どうぞおっしゃってください」
「医者の血なのだろうかね? 学者としての興味が押さえられんのだ。ヒカル君を研究してみたい衝動に駆られているよ。もちろん私にそんな権利は無いがね」
ユリナがどう言ったらいいか困っていたので、俺が代わりに返事をする。
「研究とはどう言うものだ?」
「血液や細胞はもちろん、MRIを使って体を見せてもらいたいし、薬剤を使った治験などをしたい」
「血や細胞はいくらでも取ってくれ。MRIとは?」
「体の中を覗く機械だね」
「治験とは?」
「いろんな栄養を取ってもらって血液を調べたり、普通の人間に効く薬品がヒカル君の体に作用するのかどうかとかね、身体能力についても興味があるし、まあ調べたい事は山ほどある。それに先ほどの不思議な力だ。その力を検出できるかは分からんが、想像では何らかの力を含んだ素粒子を放出しているんじゃないかと思うのだよ」
「そんな事か。どうして言うのをためらった?」
「もちろん人道的な観点から言っているつもりだが、一部はファーマ―社と似たような考えなんじゃないかと思ってね。人を使った実験などはしてはならんと思っているが、研究者としての興味が勝ってしまったよ。忘れてくれるとありがたい」
「それがこの世界を救う鍵になるか?」
「間違いなくなるだろうね。だが研究室も設備も無いうえに、薬剤や栄養を取ってもらうのもままならん。今の段階では、ただの私の要望といったところだ。聞き流してくれ」
この世界の人間が救われるのなら、やった方が良いだろう。
「タカシマの気持ちは分かった。今は無理だろうが、日本の生存者が救われゾンビを除去した暁には協力させてくれ」
「本当かね?」
「もちろんだ」
俺が手を差し伸べると、タカシマが俺の手を強く握り返す。
「なんというか…こんなことを言ってもいいのかな?」
「なんだ?」
「そんな高級スーツを着た金持ちそうな人が、これほど協力的なのが不思議でね」
「これか? 気に入って着ているだけだ。とにかく仕立てがいい」
「そりゃそうだろうね! どう見ても五十万は下らないだろうし」
それを聞いたタケルが笑って言った。
「高島さん。ヒカルは金持ちじゃないよ、ただこのブランドが好きなだけだ。ちなみに一緒に取りに行った時に俺も見たんだが、そのスーツは七十四万円だぜ」
「はっはっはっ! ヒカル君は面白い人だな」
そしてヤマザキが言った。
「それで、高島先生。現状どうするかの話です。これらの情報からなにか出来る事はありますか?」
「たくさんあるよ。あと、ヒカル君は凄く強いのだろう?」
「ええ」
「ならば、私をラボに連れて行ってほしい。あそこにいろいろなものを置いて来た。命からがら逃げて来たからね、持ってこれたものといったらノートパソコンくらいだ」
「いいでしょう」
「すまないね」
話しているうちに、出て行った学生達が綺麗になって戻ってきた。自分の体に着いた粉を集めて持って来た者もいる。恐らくはそれも研究の対象にしようとしているのだろう。
「なら行こうか」
俺が言うと皆がビックリした顔で俺を見る。
「どこにだ?」
「ラボとやらに行くのだろう?」
するとタカシマが言う。
「もう? 何か準備とか武装はいらないのかい?」
「これがあればいい」
そう言って俺は日本刀を見せた。
「日本刀だけ? 銃は?」
「必要ない」
「どうやってゾンビを片付けるんだい?」
「タカシマは何も考えなくていい」
「わ、わかった! ならすぐに行こう!」
するとヤマザキが言う。
「全員が空のリュックを背負った方が良い。あれば貸してくれるかな?」
「「「「「はい!」」」」」」
学生達が自分のリュックを持って来てくれた。そして俺がタカシマに聞く。
「誰を連れて行く?」
「私と斎藤君でいいだろう」
「わかった」
俺達はタカシマとサイトウを連れて研究所を出る事になった。生徒達が入り口まで来て心配そうに言う。
「先生! 気を付けてください」
するとそれを聞いたクキが笑って言う。
「信じられねえかもしれねえが、このヒカルって男のそばが地球上で一番安全な場所だ。置いて行くお前達の方が充分気を付けた方が良い。まあヒカルが昨日の夜に、この周辺数キロのゾンビを全て掃除して来たらしいがな」
「へ?」
「数キロのゾンビを?」
「掃除って?」
「だって昨日の夜から今まで、そんなに時間たってませんよ」
「だからよ、コイツはとんでもビックリ人間なんだよ。まあ二人の安全は保証するからよ、救出した女達をよろしく頼む」
「「「「分かりました!」」」」
俺達は学生に別れを告げ、タカシマとサイトウを連れてラボに向けて出発するのだった。




