第259話 託す未来
セーフティーゾーンの話をミヤタ達にしたところ、彼らは拠点を移したいと言って来た。もとより彼らが富士山の上で研究していた理由は、ゾンビ及びファーマ―社軍隊からの避難目的だった。だが既にファーマ―社が日本から撤退している可能性と、安定した電源供給の話を聞いて、拠点を移動させるという結論に至ったらしい。ゾンビ薬品完成の目処が着いたところで、このプラントでは限界を感じ、量産する事も不可能と判断したのだ。
それを聞いて俺達は喜んで受け入れる。そして今日は移動の日。研究所の物資を数台のトラックに積み込み、出発しようとする直前にミヤタから話があると言われた。
「なんだ?」
「ゾンビ達を弔いたい。元は同じ研究所の仲間だったんだ。彼らをあのままにしておくのは忍びない」
それに皆が賛成し、皆は車から降りて山中のプレハブに向かう。プレハブに入る前にミヤタが俺達に言った。
「君達には関係のない事だ。私が処分するからここで待っていてくれ」
そう言うミヤタに俺が言う。
「元の仲間なのだろう?」
「そうだ…」
「なら俺がやる。お前達はここで待て」
「だが…」
するとタケルがミヤタに言った。
「ヒカルがこう言ってんだ。任せたらいいだろ」
「しかし」
今度はクキが言う。
「どうしても自分の手で始末したいってんなら止めんが、辛いという気持ちがあるのなら、そいつに任せていいと思うがな。恐らくは一瞬だ」
それを聞いてミシェルがミヤタに言う。
「ミスター宮田。彼に任せましょう」
「…わかった」
俺がプレハブ内に入り檻の前に立つ。そして檻から手を伸ばしてくるゾンビ達に向かって、剣技を放った。
「飛空円斬」
全てのゾンビを顔の途中で切り脳を体から切り離すと、一瞬にしてゾンビが崩れ落ちた。そのまま俺がプレハブを出て行くと、ミヤタ達が驚いて聞いて来る。
「もう終わったのか?」
「脳を切り離した。もう動く事は無い」
「ありがとう。本来なら私がやるべき事だった」
「もう一棟ある。待っていろ」
そして俺は次のプレハブに入って同じことをする。外に出るとミヤタが俺に言った。
「君のおかげで辛い思いをせずにすんだ。本当に感謝する」
「そうか」
「私からもお礼を言うわ。ありがとう」
「ああ」
そしてミヤタと生存者達は、プレハブに向かって手を合わせ目をつぶった。俺の仲間達も同じようにしたので、俺も見よう見まねで同じ姿勢をして祈りを捧げる。ミヤタがボソリと言った。
「行こう。彼らの死を無駄にはしたくない」
それを聞いてヤマザキが皆に声をかけた。
「出発だ!」
俺達は車に乗り込んで、富士山プラントを後にするのだった。既に行く場所は決まっていて、静岡の大きな癌治療の病院跡地に行くらしい。俺達の装甲バスに、ミシェルが乗り込んで道案内をすることになった。そしてミシェルが俺に聞いて来る。
「本当にゾンビ達は大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
彼らから拠点を移設する事を聞き、俺達はここまでの数週間を太陽光発電と基地局の稼働に努めて来た。既にこれから向かう土地に、生存者が集まってきておりゾンビ因子の除去も済んでいる。今は少しでも人手が欲しいので、彼らの提案はこちらとしてもありがたかった。
オオモリの電波が到達する場所に入ると、あちこちに立ちすくむゾンビ達が見えて来た。それを見てミシェルが驚いたように言う。
「リアリィ? ゾンビが止まっているわ」
「あれがオオモリのプログラムだ。行進させるぐらいの芸当は出来るそうだ」
「ミラクル! オオモリ! あなた凄いわね」
「えっと、へへっ。どうも、サンキューね」
オオモリは恥ずかしがりながら礼を言った。既に俺達の仲間との関係も良好で、皆が同じ方向を向いている。
「これから生存者達はもっと集まって来るだろう。時間をかけてゾンビを処分し、人間達の生きる場所を確保していくと良い」
「食料も確保できそうね」
「安全に畑を作る事だってできるさ」
「わかったわ」
それから一時間もかからずに、俺達は目的の場所へとたどり着いた。するとそこでは、大勢の生存者達が俺達を迎えてくれる。
俺達が装甲バスを降りると、生存者の代表者が声をかけて来た。
「その外国人の女性が、ゾンビを壊す薬を作った人かい?」
「そうだ。よろしく頼む」
そして俺はミシェルに耳打ちをする。
「ファーマー社にいた事はふせている。特に話さなくてもいい」
「わかったわ」
ミシェルが代表者に手を伸ばし握手をした。
「よろしくお願いします。これから日本を救う為に一緒に頑張りましょう」
「はい!」
次々にトラックが入り込んできて、ミヤタも降りて来る。ミシェルが代表者にミヤタを紹介した。
「こちらがドクターミヤタ」
「ゾンビの原因を突き止めた先生ですな」
それに俺が答えた。
「そうだ」
「宮田先生! あなたは救世主だ。この日本を救う良心だ」
「いや、私は…」
そう言ってミヤタが俺を見て来る。恐らくは、俺の細胞を入手したからだと言いたいのだろうが、俺は首を振った。
「俺達はミヤタ達の研究に力を貸しただけだ。そしてこの研究が本当に、この国を救う事になると信じているよ。日本と言う国は才能がある奴がゴロゴロしている。俺の生まれた国じゃ、考えもつかないような天才ばかりだ。これからも才能のある奴を探し出して、かならずこの国を救うつもりだ」
俺の言葉に生存者の代表者がミヤタに言う。
「宮田先生! これからよろしくおねがいします!」
「こちらこそ」
俺達はそれから少しの間、このセーフティーゾーンが機能するような手伝いをした。それが整ったところで、俺はミヤタとミシェルに言う。
「ここに居る人達が発電所と基地局の管理をするから、あんたらは研究に集中してくれ。これは間違いなく世界を救う鍵となるだろう」
「わかった」
「皆も食料の調達やゾンビの処理を頑張ってくれ! そして彼らには研究に集中させて欲しい!」
「もちろんですよ!」
「俺達は更に西に進むが、あんたらがもたらしてくれた情報のおかげで未来は開けるだろう」
「それはこっちの台詞だよヒカル君。頑張ってくれ! そしてある人を訪ねて欲しい! 生きていればかなりの進歩が期待できるはずだ」
ミヤタがユリナを見る。
「高島教授ね。わかったわ」
「成功を祈る」
ミヤタが俺に手を差し伸べて来たので、俺はそれを握り返し握手をした。そしてミシェルがリュックサックを差し出して来る。
「これにありったけのゾンビ血清と治療薬が入っているわ。私達が出来る限り作ったものよ、そしてこれは開発データが入っているメモリ。あなた方を信じてお渡しするわね」
「ミシェル。絶対に無駄にはしない」
「よろしくおねがいします」
皆が挨拶を交わし装甲バスに乗り込んでいく。ミヤタとミシェル、富士山の生存者達と静岡から集まった生存者達が俺達に手を振った。するとヤマザキがクラクションを鳴らす。
プー!
俺達が手を振って装甲バスは出発した。ミヤタ達はいつまでも見えなくなるまで、俺達のバスに手を振り続けるのだった。




