第249話 暗闇の研究所
俺達は地面を棒でつつきながら、クレーターの中心部分へと向かって行く。だが見渡す限り何も見当たらずタケルが俺に言った。
「なんもねえぞ」
「もしかすると、何も無いのかもしれんな」
「とりあえず、まんべんなく探してみっか」
タケルが振り向いて一歩進んだ時だった。
ボゴッ!
「うわ!」
タケルが消えた。俺はタケルの腕を掴む。地面の下が空洞になっていて、タケルが落下してしまうところだった。
「あぶね!」
「どうやら入り口を見つけたようだ」
「だな」
タケルを引っ張り上げて、俺は皆を呼びつける。
「入口だ!」
近づいて来たクキが言う。
「やっぱ地下があったか」
「ああ。潜入するぞ」
俺がそう言うと、女達が縄梯子やロープを出し始めた。そして俺が皆に言う。
「俺が先に下りる。安全を確認したらロープを垂らして降りて来い」
「わかったわ」
そして俺はすぐに穴に飛び込んだ。下まで三十メートルほどあり、どうやらここはエレベーターホールだった場所らしい。俺は上の光に向かって叫ぶ。
「梯子を降ろせ!」
ワイヤーの梯子が垂らされて、クキが最初に下りて来た。着地しワイヤー梯子をピンと引っ張る。
「次だ!」
ヤマザキが降りて来て懐中電灯であたりを照らすと、焼けた自動ドアの扉が浮かび上がる。
「焼けているな」
「火が下まで降りたんだろう」
「扉がくっついてしまっているぞ」
俺は日本刀を取り出して、くっついた扉に切り込みを入れた。
キン!
隙間に指を突っ込んで左右に開くと、扉がぐにゃりと曲がり人が通れるようになる。
「気を付けろ」
皆がそろったのでそこから中に入り、真っ暗な通路を懐中電灯で照らした。そこでユンがきょろきょろしながら言う。
「こんな暗いところで試験体にあったらマズくない?」
「まずゾンビが普通に居るな、あとは恐らく試験体も居るだろう。気配感知には反応している」
するとそれを聞いた女達が身を強張らせる。そこでタケルが言った。
「ヒカルがいるから大丈夫だろ! 俺も多少は役に立つしな」
ユミが答える。
「頼りにしてるわよ武」
するとミナミも鞘に入った日本刀を皆に見せて言う。
「たたっ斬ってやるわよ」
「おねがい」
するとクキが言った。
「いざとなったら発砲するがいいか?」
女達が嫌そうに見るが、俺がクキに答えてやった。
「わかった。いざという時は頼む」
「ああ」
クキは銃を肩にかけて、リュックから何かを取り出した。それを頭にかぶると、目の前に双眼鏡のようなものが突き出ている。
「それは?」
俺が聞くと、クキはそれを頭の上にスッと上げて言った。
「暗視ゴーグルだよ。皆が良く見えるぜ」
「そうか。なら皆より先に試験体に気が付くかもしれん。何かを見つけたら教えてくれ」
「わかった」
それを聞いたミオが言う。
「私はゾンビを感知する能力があるわ。感じたらあなたに教えます」
「ありがてえ。あんたにも超能力があんのか?」
俺がクキに言った。
「ここに居る面子は何かしらの力がある。それを有効に活用して生きて来た」
「まったく…あんたらいったいなんなんだ」
「今は話している暇はない」
俺達は研究所内に侵入した。最初のガラスの自動ドアまではゾンビはおらず、俺達がガラスに到達すると懐中電灯の光に照らされた奥のゾンビ達が寄って来る。
「怖い…」
「大丈夫だ。ガラスの向こう側からは来れない」
アオイがユンにしがみついている。子供にはかなりの恐怖かもしれない。ゾンビが集まってきて向こう側がいっぱいになった。それを見てタケルが言う。
「研究員達だな。全部ゾンビになっちまったのか…ファーマ―社に切り捨てられた奴らだ」
女達が固まっているとクキがタケルに言う。
「それが奴らのやり口だ。結局俺も切り捨てられたって訳だな。金も払わねえでこき使いやがって、用済みになればポイだ。それなら、それ相応の物をもらわないとな」
「ならよ。ファーマ―社の本当の狙いを暴いて、秘密を強奪してやろうぜ。恐らく、それを暴露されればファーマ―社はぐらつくだろうからな。その秘密を世界中にばらまいてやるのさ、そうすればあんたの復讐も達成できる」
「ははははは! そいつはおもしれえ! じゃあまずは、哀れなゾンビ達を片付けるとするか」
俺が日本刀をかまえ、厚さ十センチ以上あるガラスに向かって剣技を繰り出した。
「冥王斬」
ガラスが真っ二つに切れ、反対側にいるゾンビ達が二つ折りになって倒れる。それでも床で蠢いているが、どうやらこいつらは試験体のように超回復の能力は無さそうだ。
するとクキが言う。
「みんな、俺が合図したら壁に張り付いてくれ」
そしてリュックから手榴弾を取り出して俺に言う。
「悪いが、ガラスを斬りぬいてくれ」
「わかった」
俺が四角くガラスを斬りぬくと、クキがピンを抜いた手榴弾を向こう側に投げた。
「サン、二、イチ!」
手榴弾が爆発してゾンビ達が四散するが、ガラスのドアはびくともしなかった。
「随分頑丈なドアだな。てか何だこりゃ? 十センチ以上の厚さがあるぞ」
「他の研究所も同じだった」
「つーことはやはり、ここも研究所って事か?」
「そのようだ」
俺は完全にドアを切り裂いて、向こう側に蹴飛ばしてやる。すると切れた分厚いガラスの板が向こう側に倒れ、ゾンビの残骸達がベチャっと潰れた。それを見てクキが言う。
「靴が汚れなくていい」
「まあな」
俺達はゆっくりと内部に侵入し、懐中電灯であたりを照らした。すぐに部屋がありそのガラスの中にも、ゾンビがいて懐中電灯に浮かび上がる。
「うっ!」
暗闇の中に蠢くゾンビに、女達は身をすくめる。
「普通のゾンビだ。試験体じゃない」
俺が言うと、皆が体の力を抜いて息を吐く。するとユリナが言った。
「さすがに心臓に悪いわね。ただのゾンビ狩りなら、どうという事は無いのに」
それを聞いてクキが苦笑いする。
「ただのゾンビは余裕ってか?」
「存在を先に感知する事が出来るし、動きが緩慢だから冷静に対処すれば討伐できるわ。あとここにヒカルがいるから皆も余裕があるけど、いなかったらそもそもこんなところに侵入出来ない」
「まあ…たしかにな。このバケモ…スーパーマンがいりゃ、ゾンビの方が逃げるって訳だ」
「まず先に薬品開発室を探しましょう。そこに何らかの鍵があるはず。私達の持っている研究データと重ねれば、何かがつかめるかもしれない」
「だな」
次にオオモリが言う。
「あとはゾンビコントロールシステムが何処まで進んでいるかですよね? 情報がつかめればありがたい」
「わかった」
それから俺達はひとつひとつドアを開けて確認していくが、それらしい部屋は見つからなかった。
「恐らくは下に続く階段があるはずだ」
皆が恐る恐るドアを開いて確認していく。次第にゾンビにも慣れてきたようで、ミナミやタケルが問題なく処理していた。それを見ていたクキが言う。
「ちっとまてよ。あんたら軍事訓練を受けたことがあるのか? 連携が取れているし、安全にゾンビが狩れている。警察官だったとか?」
それにはタケルとミナミが答えた。
「おりゃオートレーサーだよ」
「私は女子大生」
「いやいや。なんでレーサーと女子大生がそんな動きなんだ? ゾンビの頭が何故一発で爆発して、脳天から股まで一直線に斬れるんだよ」
「そりゃヒカルのおかげだな」
「私もよ」
するとヤマザキが言う。
「ここに居るみんながそうさ。ヒカルのおかげでこんな力を身につけたんだ」
「こんなもん、特殊部隊どころの騒ぎじゃねえぜ。暗闇でこれほどの動きが出来るやつはそういない。時代が時代なら自衛隊にスカウトしたいところだ」
それにユンが答える。
「やーよ。自衛隊なんて無骨なの。あーしはショップ店員でいい」
「ははは。そうか、そうだな。こんな世界じゃなきゃそれでいいんだよな」
「…」
ユンがクキと話すのに緊張している。おそらく男が怖いのだろう。皆がこの状態に慣れてきているのに、ユンが固いのはクキがいるからだ。
「俺の後ろにいろ」
「うん」
「あった! 下に続く階段!」
ツバサが階段を見つけたので皆がそこから降りていく。階下にもゾンビはいたが、未だに試験体とは遭遇していない。最初の部屋に入ると試験管や動物の死骸が散乱している場所だった。ゾンビがウロウロしていたので、俺が飛空円斬で斬り落とす。そしてユリナが周りを見渡しながら言った。
「ここは治験室ね。マナ! パソコンの電源は?」
「だめ。恐らく電気系統は全部やられてるわ」
それを聞いてクキが言った。
「真上で核が破裂してるんだ。電磁波で皆やられたと思うぞ」
ユリナが答える。
「なら、書面で探すしかないわね」
「デスクのある事務室にならあるんじゃねえか?」
クキの言葉に皆が黙るが、俺がそれを肯定する。
「俺もそう思う。研究室ではなく、事務室に向かってみよう」
俺の言葉に女達は頷いた。それだけクキが信用無いのだ。もちろんクキも自分がどう思われているかは百も承知のようで、それを気にする素振はない。
隣の部屋に移ると、そこにはデスクやモニターが並んでおり、書棚にファイルが並んでいるのが見える。
「それじゃあ、一冊一冊開いてみましょう」
ユリナの言葉を聞き、皆が棚から全てのファイルと書籍をとってテーブルに並べていくのだった。それを見てクキが言う。
「随分手慣れたものだ」
タケルが答える。
「いままで散々やって来たからな。とにかくアイツらの悪事を暴いて、世界にバラまいてやるんだ。それに前も言ったけどよ、ゾンビ感染している連中を治す薬が作れそうなんだ。それさえ開発できれば、もっと多くの人間が救えるだろ?」
クキは黙って聞いていたが、これまでにない真剣な顔で答えた。
「協力させてくれ。俺のせめてもの罪滅ぼしだ」
「まあ、それは結果で示してくれ」
「わかった」
そんな時だった。ユリナが一冊の冊子をパラパラとめくり出して言った。
「これかも…」
それを聞いたオオモリが、6Gのスマホを取り出して頁の写真を撮る。一枚一枚めくって情報をカメラに収めていった。
「友理奈さん。必要な物は持って行ってください」
「わかった」
それから皆で、ファイルを片っ端から撮影していくのだった。




