第218話 復興の兆し
医者の男に言われ、俺達はショッピングセンターから総合病院に場所を移した。生存者達も動けるものはせっせとゾンビを運び出し、病院内のゾンビは全て片付ける。更に生活の基盤を作るため、市内から必需品を集めて最低限の生活が送れるようにし始めた。病院の前には大きな川が流れ、その河川敷にはグラウンドがあり、そこにゾンビと枯れ木を積み上げてオイルをかけて燃やす。黒い煙が高く上がり、その横ではタケルとユミが花火を上げていた。
俺が歩いて行くと、タケルが俺に言った。
「あらかた片付いたか?」
「ああ、病院周辺のゾンビも全て処分した。後は生存者達が運び出してくるだろう」
「マナ達はまだ帰って来てないか?」
「そろそろだろう」
マナとオオモリ、ミナミとヤマザキ、リコとユンが生存者と共に発電所と電話の局舎を廻っているのだ。その施設を守る事が、ゾンビを寄せ付けない唯一の方法だと教える為だ。彼らに維持の方法を伝えて、自分達でそれらを管理できるようにする。
少し風があり枯草を撫でていく。肌寒さはあるが天気が良く、とても澄んだ空が眩しく俺達を照らした。タケルは手元の花火に火をつけて筒に放り込む。
パン! パパパパン! と破裂音と共に空中に白い煙が上がる。
「生存者、もっと来るかな?」
「まあしばらく続けるしかあるまい」
「まあな」
すると病院にワゴンが戻って来たのが見えた。どうやら仲間が仕事を終えて帰って来たらしい。俺達はすぐに病院に戻る。
「終わったか」
俺が聞くとオオモリが答える。
「そうですね。まあまあ知識のある人がいて助かりました。まあ教えられる事と言ったら、再起動や機器の交換だけですけどね」
「そうか。電気の方はどうだ? ヤマザキ」
「ああ。敷地と機器の掃除はマメに、後は雨風の時にはしっかり見ておくようにと言ったところか。俺にもそんなに知識があるわけじゃないからな」
それにはマナが答えた。
「一応、電波の局舎には回収した発電機を集めているから、いざとなったらそれでカバーするしかないわね」
「なるほどな」
そしてヤマザキが言う。
「それまでに、どれだけマメに室内のゾンビを始末するかが鍵だろ。あらかたいなくなれば、守るのは楽になるからな」
「ああ」
俺達が話をしていると、屋上からミオが声をかけて来た。
「ヒカルー! 車が走って来てるよ!」
「生存者か。煙を見て近づいて来たな」
俺達が外に出て待っていると、遠くからこちらを確認している車があった。だが容易に近づいてこずに車は止まったまま。そこにタケルが来て手持ちの花火に火をつけ、シュパーっと色付きの炎が飛び散り大手を振る。すると車が真っすぐにこちらに近づいて来て、少し離れた所に停まり声がかかる。
「病院は動いているのか!」
「ああ! ゾンビは居ない! 安心してくれ!」
タケルの言葉に車がゆっくりとこちらに来た。そして俺達が駐車場に誘導すると、生存者達が出て来て彼らを受け入れる。既にマナが彼らにファーマー社のデータをコピーして渡しているので、あとは彼らが状況を説明してくれるだろう。
俺が新たな生存者の施術を済ませた頃には夜になっていた。彼らはかなり疲労しており食事を終えると皆寝てしまう。美しい星空が現れた頃、懐中電灯で照らしながらの暗い待合室に、俺達と医者の男そして救出者の数名が集まった。
医者が俺達に聞いて来る。
「あんたらは、いつまでもここには居ないんだろう?」
「そうだ」
すると生存者の女が言った。
「えっ! ずっといてくれるんじゃないの?」
他の生存者もあわせたように言う。
「そうだよ。これからも守ってもらわないと!」
すると医者の男が言った。
「彼らは一般人だ。我々を守る義務なんてないさ。彼らを引き留めておくことは出来ないよ」
「でも!」
「生き残った一人一人で力を合わせて生きていくしかないんだよ。それにこの人らには使命がある。な、ヒカルさん。そうだろ?」
医者が俺に聞いて来た。俺は頷いて答える。
「彼の言うとおりだ。俺達は日本に残存している生存者を出来るだけ救おうと思っている」
俺がそう言うと生存者達は静まり返った。それに付け加えてヤマザキが言う。
「この土地は、この土地の人らで守っていかねばならんでしょう」
女が震えながら言った。
「自信がないわ」
「まだ救いを求めている人が大勢いる。あんたは彼らの命をどうすればいいと思うね?」
「それは…」
「だから、ここで生きていく人達はここで頑張ってもらわねばならんのですよ。分かってください」
それを受けて医者が言った。
「それが我々の責務でしょうな。生き延びていける可能性を示してくれたんだ。ここからは自分らで何とかすべきでしょう」
そこで俺が言う。
「とにかく二週間だ。これから同じ事を二週間続けて出来るだけ生存者を集めよう」
「申し訳ないがよろしく頼む」
これから二週間の間にどれだけの生存者が現れるか分からない。だがそれほど悠長にしている暇はなく、それがこの地に留まる限界だった。それまでに出来るだけ多くの人らを説得し、この町に復興の種火を灯すのだ。
そして最後にユリナが締めくくる。
「ファーマー社のデータを解析して、対ゾンビ因子の薬剤を開発すると誓うわ。薬学に精通した人を見つけて研究して、いつか必ず完成させる」
それを聞いた医者がユリナに言った。
「頼もしいな。君は本当に頼もしい。私が医師を名乗る事が恥ずかしくなってくるようだよ。だが私も人を救うと志した頃の事を思い出した。私も渡されたデータをもとに、出来るだけやってみよう」
「よろしくお願いします」
俺達の話は終わった。話を終えた頃には数名の生存者が納得した顔をして頷いている。これからどれだけの人を救えるかは分からないが、俺は彼らの希望の為に戦い続けようと思うのだった。
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そしてそれから一週間。毎日のように同じ事を続けた結果、百名以上の生存者が集まったのだった。
俺がヤマザキに言う。
「日本人とは凄いな」
「ヒカルはそう思うか?」
「ああ。最初は人を頼るだけの人達だと思ったが、生きるための道しるべが出来てからは強くなった。とても力強くて団結力がある国民だ」
「皮肉なもんだな。何の苦労も無く生きていた日本人には無かった姿だよ。これが本来の日本人の姿かもしれん。自分で考え自分で動き自分で判断する。こっからの彼らは強いぞ」
「ああ」
俺達は大勢の生存者に囲まれながら、装甲バスに乗り込んだ。医者の男が最後に言った。
「君らには感謝している! 日本人をよろしく頼むぞ!」
「もちろんだ」
すると生存者達は皆で手を振ってくれた。俺達の装甲バスは、生存者達が住む総合病院を離れて次の土地に向けて走り出す。あれだけの人数がいれば、いずれ自分達の土地を取り戻す事が出来るだろう。日本人達の力強さに俺は確かな手ごたえを感じるのだった。




