第19話 盗賊
俺とミオとユリナが進むと、ここにはゾンビの気配はしなかった。縦長の通路を歩きながらミオがユリナに聞く。
「みんな無事かな?」
ユリナがそれに答えた。
「どうだろう、ここは静かだけど」
「いるとすれば本館かな?」
「それか、オペレーションセンターじゃない?」
「それだと、真逆から入っちゃったね」
「本館の入り口から入るのは危険だったしね。出かける前は居なかったけど、もしかしたら上階にゾンビが上がってきてる可能性があるかも」
「そうよね。気を引き締めていかないと」
「ええ」
二人の緊張が俺にも伝わってくる。もしかしたらゾンビ以外にも何らかのモンスターが侵入した可能性もあるので、俺も気配感知のスキルはそのままにしておく。しかしここもデカい建物で、前世でいうなら宮殿くらいじゃないかと思う。通路の先を進んで左に曲がると、更に広い空間に繋がっていた。すると何かに気が付いたようにミオが俺を振り向いて言った。
「そうだ! ヒカル、ラウンジに行けば包丁があるかもしれない」
「ラウンジ?」
「えっと、食事する所だよ」
「なるほど。そこに包丁があるのか?」
「ラウンジは皆で使っていたし、あると思うんだけど…」
「ならば行って見よう」
そして俺はミオに連れられてラウンジに向かうのだった。暗く広い空間に二つのカイチューデントーの灯りが揺れ、魔物が居たらすぐに寄ってきそうな感じがする。そこで俺はミオに助言してみることにした。
「そのカイチューデントーは点けてないとダメか?」
「えっ? これ?」
俺がコクリと頷く。するとミオでは無くユリナが答えた。
「だって、これが無くちゃ全く見えないよ」
「ここに住んでいたのだろう? 位置を覚えていないのか?」
するとミオが言った。
「あのねヒカル。知っている場所でも、真っ暗闇の中を歩くのは無理なのよ。少なくとも私達はね」
「なるほど…」
まあいいか。俺の気配探知の方が早くモンスターを察知できるだろうし、俺が気になったら消してもらえばいいだろう。
…と思っていたが、俺は二人を止める。
「止まれ」
「どうしたの?」
「なに?」
「やはり一旦それを消してくれ」
「わかった」
そうしてミオとユリナがカイチューデントーの灯りを消した。二人の息遣いが荒くなっているのは、恐らく暗闇で恐怖を感じているのだろう。俺は二人を落ち着かせるように説明した。
「ミオ。このあたりにはゾンビが居ないようだが人はいるようだ」
「本当に? なら無事だったんだ! なんであんなにゾンビが集まって来たんだろう?」
それよりも、もっと重要な事がある。
「それと…」
「それと?」
「血の臭いがする」
「?」
言語が違うので通じないようだ。
「カイチューデントーを照らしてくれ」
ミオが灯りをつけたので、俺はそこに手のひらをかざす。
「赤い血だ」
「…血? 血の臭いがするの?」
「そうだ」
「えっ…」
二人は体を硬直させて息をのんだ。俺の感覚的には怪我をした人間が複数人いるように感じる。そして二人が座り何かを話しているようだった。
するとユリナが聞いて来る。
「ゾンビは居ないんだよね?」
「いない。だが明らかに死んでる人間がいる。そして傷を負った者もいるようだ」
「死んでる人がいる? ゾンビがいないのに?」
「そうだ」
「どうしたんだろう…」
「俺が先行して見てくる。お前達はここでじっとしていられるか?」
「ヒカルが行くの?」
「私達だけここに?」
二人が縋り付くような目を向けて来る。
「大丈夫だ。ここに来るまでゾンビの気配はなかった」
「でも…」
「すぐ終わる」
「…わかった」
「ミオ? 本当に大丈夫?」
「ヒカルを信じよう」
「信じられるの?」
「今のところは」
二人が話し合って、ここで待ってくれるように決めたようだ。俺はすぐに暗闇の中に足を進める。もちろん全く足音を立てずにだ。
「隠蔽、遮断、気配感知レベル2」
自分に魔法をかけて角を曲がると、先に灯りがこぼれる場所が見えた。その部屋の前に三人の男が胡坐をかいて座っている。俺が無造作に近づいて行くが、隠蔽と遮断のスキルのおかげで三人には俺が見えないようだ。間違いなくCランク冒険者以下の能力しかない。俺は側に立って、そいつらの言葉に耳を傾ける。
「しっかし、しけたコロニーだったな。もっと沢山物資があるのかと思えば、ほとんど底をつきかけているじゃねえかよ」
「全くだ。結構な大所帯だというのに、ろくな食いもんもねえときたもんだ」
「だがよう、イイ女も居たよな」
「でたよ。お前はすぐそれだ」
「俺は会社ではモテないキモデブとか言われてたしな」
「まあこんなとこ適当にやってトンズラじゃねえか」
「だな。あとは管理棟みたいなところに逃げ込んで、鍵をかけた奴らを何とかしないとな」
「ああ。もしかしたらあの中に物資を隠しているかもしれんしな」
「違いない、こんな大所帯を食わせるには無理があるもんな」
なるほど…。こいつらの会話から分かる事は、恐らくこいつらはミオ達の仲間じゃないって事だ。十中八九、盗賊の類だと思う。盗賊にしては良い服を着ているようだが、間違いなく良からぬ奴らだ。
俺はそっとそいつらの側をすり抜け、灯りの漏れる部屋の中に入って行く。部屋の中にはソファがたくさんあり、ここがミオの言っていたラウンジなのだろう。その辺りに血を流している人が倒れており、縛られてうずくまっている者もいる。テーブルの上に二人が腰かけて、倒れた奴らを見下しながら話をしていた。
「もう、俺達も行った方がいいんじゃないのか?」
「ビビんなよ。こいつらを見張らねえといけねえだろ」
「だってよぉ! あんなにゾンビを引っ張って来たんだぞ。早くしないとこの建物にも入って来るだろ」
「大丈夫だって。物音立てなきゃ、上には登って来ねえよ」
「だって散々銃をぶっ放したぜ」
「心配すんなって」
俺が側で聞き耳を立てて分かった事がある。こいつらの中にゾンビを引っ張って来たネクロマンサーがいる。そいつを殺さないと、またゾンビを集めて悪さをしかねない。
俺がそんなことを考えていると、入り口付近から叫び声が聞こえた。
「きゃあ!」
「やめて!」
ミオとユリナの声だ。
アイツら…言う事を聞かないでついて来たな…。まったく…
俺は目の前のテーブルに座っている男二人に近寄って、両手を広げ左右から思いっきり挟み込んで頭と頭をぶつけた。
グシャッ!
なるほど。こいつらはFランク以下の冒険者よりも弱いようだ。まあ盗賊風情には、俺の身体強化した筋力に抗う術は無いだろうがな。そして俺はすぐに、叫び声の聞こえた入り口付近へと走る。するとミオとユリナが羽交い絞めにされており、盗賊が手に持った黒い棒で腹を殴っている所だった。
女に…、生きる意味も無いな。
俺は腹を殴った男の後ろから忍び寄り、後ろから思いっきり金的を蹴り上げる。股間がみぞおちのしたくらいまでめり込んで、男は泡を吹いて倒れた。
「なっ!」
ミオを羽交い絞めにしていた男が驚いて手を緩めたので、スッと後ろに忍び寄り首を真後ろに回してやった。
ボギィ!
糸の切れた操り人形のように男が崩れ落ち、ユリナを押さえつけていた男が慌てて黒い棒に手を伸ばす。だが俺の速度に追いつくはずも無く、俺はその黒い棒のような物を奪い取り細い先端部分を男の口に思いっきりツッコんだ。するとその黒い棒の先端は、後頭部を突き抜けて男は仰向けに倒れ込んだ。
「ヒカル!」
「な、これはどうしたの」
ミオとユリナが倒れた男を見て絶句している。
「非力な女に暴力をふるったから天罰が下ったのさ」
「へっ?」
ユリナは訳が分からないという顔をしながらも、へなへなと床に尻餅をついた。恐怖で力が抜けたのかもしれない。
「とにかく中を見てくれ、怪我をしている人がいるぞ」
「わかった! 友理奈さんいきましょう!」
「え、ええ!」
ミオが友理奈を立たせ、ラウンジの中へと入って行くのだった。そして中で起きた惨状を見て、わなわなと震えている。
「つ、翼さん!」
ミオが縛られている女に駆け寄り肩を抱いてゆする。
「うっ…、あ、あれ? 美桜? 戻って来たの?」
「ええ。これは一体どうなっているの?」
するとぼんやりしていたツバサと呼ばれた女の目の焦点があって来た。
「やられた。愚連隊が物資狙いでこのコロニーを襲ったの! あいつら音を立てて引き付けて、ゾンビを大量に引き連れてきたの! それで! みんなが…みんながゾンビに襲われて、銃で撃たれて死んだの!!」
「そんな…、せっかく物資を見つけたのに…」
「みっ! 見つけたの? 無理だと思っていたのに?」
「逆に都心部にはもっとあるかもしれないわ」
「そんな…、それなのに…それなのに!」
縛られた女が涙を流し始める。俺は女の腕を縛っている縄を千切ってやると、力が抜けたのかどさりと横たわってしまった。どうやら少し怪我をしているようだ。
「ヒール」
俺はすぐさま簡易治癒魔法をかけてやった。
「えっ…、あれ?」
俺はその女から離れ、他の倒れた奴にもヒールをかけてやる。だがかなりの重傷を負っている者は、内臓の損傷が激しいようで目覚めない。
「ダメか…」
「貴方は誰? なんでこんなことが…」
ツバサがスッと立ち上がり、信じられない者を見る目で俺を見ている。
「治癒魔法だ」
だが通じていない様子だ。
「え? ミオ、この人は外国人」
「うん。そうらしいの、そして特殊な能力を持っているみたい」
「…まるで映画ね」
「信じられないけどね」
とりあえず、ここの応急処置は出来た。
「ミオ、他には居ないのか?」
するとミオがツバサに尋ねた。
「翼! 皆は!」
「おそらくオペレーションセンターに立てこもっているわ」
「無事かしら?」
「分からない。でもこいつらの仲間がいて近寄れないかも、あと二階まではゾンビが侵入しているわ」
なるほど、どうやらミオの仲間達は他の場所に立てこもっているらしい。そしてゾンビもいるってわけだ。
「俺が行く」
そう言うと、ツバサと呼ばれた女が俺を掴んで言う。
「だめ! こいつらと同じように、銃を持っているわ! 行ったら殺される!」
上手く理解できなかった為、俺はミオを見て説明してもらう。
「相手はおそろしいブキをもってるの。ヒカルでも危険だわ」
「なに…」
どうやら敵には魔剣や魔装などを身に着けている者がいるようだ。そうなってくると少し厄介かもしれない。相手がBランク以下なら無傷で制圧は可能だが、Aランク以上の者が完全装備しているとなると手を焼きそうだな。せめて俺にも武器があれば。
「ヒカルは銃は使えないの?」
「ジュウ。なんだそれは」
するとミオが床に落ちていた黒い棒を持ち上げて言う。
「銃! わかる?」
「わからん。だが武器だというなら使ってみせよう」
「わかった。とにかく皆を助けたいの! 一緒に来て!」
「俺を目的の場所につれて行ったら逃げると約束しろ」
「わかったから! だからお願い!」
「よし」
俺とミオが行こうとすると、ユリナが俺達を止めた。
「彼らをおいていけないわ」
しかし、怪我人を連れていくとなると足手纏いになる。だが…ここに盗賊が来ると、皆殺しにされるかもしれない…
「わかった一緒に行こう」
無事だったツバサとミオとユリナが怪我を負った人に肩を貸して、皆で目的の場所へと向かう事になったのだった。




