第195話 天才の妄想
俺は俺のゾンビお面姿を映像で見て、オオモリに聞こえないようにこっそりマナにいう。
「マナ、なんだか恥ずかしいんだが」
「仕方ないわ。あの時、ヒカルはDVDでアニメにハマってたから」
「客観的にみるとこうなるんだな」
「まあ、誰にでもあることよ」
マナに慰められて俺は少し心を落ち着けた。オオモリは何度もその動画を見返していたが、くるりと振り向いて俺達に言った。
「どう思います?」
どう思うも何も、何が?
「どう思うと言うと?」
「軍隊がいる事も驚きましたが、あの新種のゾンビの驚異的な力を見たでしょ?」
「ああ、しっかりと見た」
俺だし。
「なぜかあれは、敵の軍隊と敵対していたようです」
「まあ、敵なんだろうなあ」
「だとしたら勝機が見えてきますよね?」
どうやらオオモリは興奮しているようだ。そして眼鏡をクイっと上げて、動画の中の俺の真似をしてみせる。
「その名も! 東京ゾンビ会!」
何度も言われていると、俺は黙っていながらも顔から火が出そうになる。こんなに恥ずかしい感じの事を俺は言っていたのか。だがオオモリはそれをおかしいと思っていないらしい。
「知恵のあるゾンビがこんなに力をつけて、武装集団をやっつけているんですよ。きっと自分がゾンビにされた恨みや呪いが籠って、こんな進化を遂げたんだと思います」
全然違う。
「そうだろうか?」
「間違いないっす。知恵があって武装集団に敵対するゾンビなら、僕らの仲間に引き入れる事が出来ないっすかね?」
ん? オオモリはいつから俺達の仲間になった?
何故かとんとん拍子に話が進んでいくので、俺が慌てているとマナが言う。
「その知的ゾンビを、仲間に引き入れてどうするつもりなの?」
すると少し考えてからオオモリが言った。
「ああー。仲間に入れるとは言ったものの、我々も敵だと認識されると思いますね」
なぜ断言した?
「何故そう思う?」
「動画を見てわかります。このゾンビは自分をこんな体にした、全人類に恨みを抱いている。そのパワーの結果がこれなんです」
とんでもない空想話を断定的に話すオオモリに、俺とマナはなんと声をかけていいか分からなくなった。そして俺の恥ずかしい過去がどんどん薄れていく。
「いずれにせよ。ファーマー社としてはこの力を手に入れたいはずです」
「ん? どう言う事だ?」
「ここからは推測ですが、ファーマー社研究開発の最終形態がこの知的ゾンビじゃないですかね? 見るからに究極兵器じゃないですかこんなの。これを操る事が出来れば、物凄い軍事力になりますよ」
それは俺だから操れないと思う。
「無理だと思うがな」
「そうでしょうか?」
「おそらくな」
オオモリと言う男は、自分の妄想でどんどん話を進めて行くやつだが発想として面白いと思う。
「実際に6G携帯と僕の作ったプログラムで、ゾンビの行動を止める事ができましたよ」
「確かにな」
それは現実としてここにある。
それにマナが言った。
「もしかして、そういう空想を現実にしたの?」
「最初は何事も空想と仮説からですよ。そしてそこからどうやって実現化するかっていうのが、僕の仕事っすからね」
「凄い…本当に天才じゃないの」
「えっ? 天才? また言いました? 僕って天才ですかね?」
「そう思うけど」
すると大森は顔を赤らめてマナに言う。
「愛菜さんって彼氏は居るんですか? まさかヒカルさんが彼氏?」
するとマナは慌てて言った。
「えっ! いや、彼氏…じゃないけど…彼氏じゃないわよね?」
俺が答えた。
「違う」
するとマナが少し悲しそうな眼をする。だがそれを聞いたオオモリが喜んだ。
「わかりました! とにかく情報の解析をすすめましょう!」
オオモリはキリッとした表情でマナに親指を上げてみせたが、ぽっちゃりしているので締まらない。やる気を出してパソコンに向かい次々にファイルを開いていく。俺が腕組をして後ろで見ながら、マナとオオモリが二人で情報を読み込んでいった。
「これだ」
「なんだ?」
「ファーマー社は意図的に知恵のあるゾンビを作ろうとしていますね」
「やはりそうか」
「プログラムと6Gの知識だけでは限界がある事が分かりました。これだと遺伝子工学に精通している人がいないと無理だ」
オオモリが意味深な事を言った。
「どういうことだ?」
「なんで6Gスマホで操れるかわかりましたよ。体内になにかを分子レベルで注入してゾンビを作っているんです。そしてその注入された物質が反応して、ゾンビの動きを止めているんです」
俺とマナが顔を見合わせる。
「ゾンビ因子だわ…」
「ああ」
オオモリが聞いて来る。
「ゾンビ因子?」
「ファーマー社は、世界中の人間にゾンビ因子をばら撒いたんだ。食品や薬品に混ぜて吸収させたんだよ」
「なんだって!」
俺達三人が顔を見合わせ、そして一つの答えにたどり着く。
「なんてことかしら」
「ああ」
「そうですね」
三人がたどり着いた答えをマナが言う。
「ファーマー社はもともと、ゾンビを操ろうとしてたんじゃないわ」
「そのようですね」
俺がはっきりと言った。
「ファーマー社が操りたかったのは、人間そのものだ」
「そうだわ。そのつもりだった…と言った方が正しいと思うけど」
「そうみたいっすね。因子をばら撒いて6G携帯で人類を操る前に、全部がゾンビに代わってしまった。恐らくファーマー社も追いつかない速度で、ゾンビが増えてしまったんでしょう」
回収したハードディスクには恐ろしい情報が入っていた。ファーマー社の本来の目的は、ゾンビを作る事では無かった。人間に投与した因子を電波で操ろうとしたのだ。だがそれが失敗しゾンビが大量発生してしまったと言う訳だ。
すると大森が全体の事象をまとめて言う。
「本当は人間を操ろうとしてたんですね。未知の物質を投与して、世界を自分達の言いなりに作り変えようと思った。だけど、その物質は失敗作でゾンビを大量に作り出してしまった。取り返しのつかなくなってしまった世界で、今度は新たなゾンビを作り出す目標に代わり、知恵のある不死の人間を作る事にした。だけどそれは未だうまくいっておらず、ゾンビを操る事も出来ていない」
「おおむねそれが正解だろう」
「ああ! クソ!」
オオモリが頭をぐしゃぐしゃに掻いて机に突っ伏した。
「どうした?」
「それが分かっていたら、社会に公表して止めれたはずだ!」
するとマナが言う。
「それは無理ね。そんな事をゾンビ世界以前の社会で言ったら、頭がおかしくなったと思われるのがオチよ。薄々感づいている人もいたけど、言ったら迫害されたはずだわ」
「社会は壊れるべくして壊れたってことっすか?」
「認めたくないけど、そうね」
どんどん救いのない話になって来たので、俺はオオモリに聞いた。
「遺伝子工学を知っている者がいたとすればどうなる?」
「僕のプログラム技術とその知恵を合わせれば、ある程度ゾンビを操れる可能性があります」
「それならば、俺に多少の知識がある」
「えっ!」
マナがオオモリに頷いた。するとオオモリが目をきらりと光らせた。
「そうですよね! 外国から来たエージェントですもんね! それくらい当然か! 阻止しに来たんですもんね!」
エージェントと言うのが何か分からないが、とりあえず俺は頷いておく。すると今度はマナが俺に言った。
「ヒカル。あの大学の時みたいに、凄いスピードで読み込める?」
「もちろんだ」
俺はオオモリに席を代わってもらい、自分に最上級の思考加速をかける。頭が冴えて来てオオモリとマナが止まって見えた。俺はパソコンに向かって、次々にファイルを開いて読みこんでいく。一台分は全て読み込んだので、いったんオオモリに言った。
「次のパソコンのディスクを」
「えっ? いま物凄いスピードでファイルを開いて閉じてしてましたけど、そんなんで分かるんですか?」
「問題ない。次のディスクを」
「わかりました」
オオモリはマナからハードディスクを受け取って入れ替えた。そして俺は次々にファイルを開いては閉じていく。
「次のディスクを」
「マジっすか…エージェントって凄い」
とりあえず驚いているオオモリはさておき、俺は全ての情報を読み込んだのだった。そしてかなりゾンビ因子の原理が分かって来た。
「ふう」
俺が少しため息をつくと、オオモリが聞いて来る。
「ほんとに見れたんすか?」
「全部な」
「動画も全部三十二倍速でみてましたよね?」
「問題ない」
マナが俺に聞いて来る。
「ヒカル、それで何か分かった?」
「ゾンビ因子は増殖した後で、完全な別の生き物になるんだ。だが恐らくゾンビ因子は、適した信号を出せば操る事ができるらしい。ファーマー社ではまだそこに行きついていないらしいが、それはゾンビ因子の変異性を全て網羅して無いからだ。ゾンビ因子の変異はとてつもなく早くて、予測した指示を出す事が不可欠だ。しかしながら変異は無限のようでそうではない、ある一定まで変異すると同じ変異を繰り返す。その事で人間がゾンビに代わり、永遠に動き始めるんだ」
俺の話を聞いてマナとオオモリがあっけに取られている。
「それ…今、見ていきついたんですよね?」
「ああ」
「嘘みたい」
「嘘じゃない」
「そう言う意味じゃなくて」
「その変異は上り詰めると、百二十八のどれかを選んでランダムに変化し続ける」
するとマナとオオモリが言った。
「「百二十八?」」
「変異は一六七七七二一六回まで変異する。一六七七七二一六変異した後で、百二十八のどれかの変異を機械的に繰り返す」
マナとオオモリが目を合わせる。
「待って…それって」
するとオオモリが言った。
「もしかすると、何とかなるかもしれません」
「そうか?」
「ヒカルさんも開発の協力をしてもらいたい」
それを聞いた俺は言った。
「時間がかかるか?」
「まあ、そうですね」
「夜になったら、ここに仲間を連れてきていいか?」
「…わかりました。その人らも正義の味方っすよね?」
「みんな人のいい奴らだ」
「ならオッケーです。仲間っすもんね!」
「ああ」
俺達は急いでAI研究所を出て、皆の待つところまでバイクで十分もかからなかった。俺達が戻るとヤマザキが聞いて来る。
「どうだった?」
それにマナが答える。
「思わぬ収穫よ」
「どう言う事だ?」
俺はAI研究所とオオモリとの話をかいつまんで説明し、皆に話して聞かせた。
「わかった。それでどうする?」
「船はまだ動いていないな? 恐らく研究を中断するわけにはいかないはずだ。膨大な時間と物資の損失を出すからな」
「船は出ていない」
「夜になったらバスでAI研究所に動く」
「了解だ」
陽が落ちてすっかりあたりが暗くなった時、俺達のバスはAI研究所に向けて出発するのだった。




