第193話 AI研究センターの生き残り
俺達を招くように入り口のドアが開いたので、俺とマナがそのままエントランスに入った。すると壁際の台に置いてある電話が鳴る。
「出るわ」
マナが電話のスピーカーをつけた。すると向こうから話してくる。
「本当に戻って来たんですね?」
「えっ? 冗談だと思った?」
「そう言うわけじゃないですけど、なんていうかダメもとで頼んだんです」
「だって食料が欲しいって言うから」
「食料を見せてもらっていいですか?」
マナが上を見上げて言う。
「防犯カメラも生きてるんだ」
「館内は電源通ってます」
「そうなんだ」
「食べ物はどれです?」
マナがリュックサックから乾いた食べ物を取り出して、防犯カメラに向かって見せる。そしてペットボトルの飲み物も取り出して見せた。
「本当に食べ物持って来てくれたんだ!」
「約束したじゃない」
「じゃあ、パソコンどれでも持って行っていいですよ」
電話の相手が言うが、それにマナが答える。
「あの、実はハードディスクとSSDを持っているのだけど、データーを引き出せないかなと思って」
「……」
すると相手は一瞬沈黙した。逆にマナがもう一度言う。
「悪いけどパソコンだけなら、今は食料の方が価値が高いわ。私達はそのまま食料を持って帰るだけよ」
「まって! データーを読みこめばいいんですね!」
「ええ」
「わかりました! 暴力は振るわないと約束出来ますか」
それには俺が答える。
「お前はファーマー社の人間か?」
「はあ? 違う違う! あんな奴らの仲間な訳がないじゃないか!」
突然、感情的になった。
「ならば暴力は振るわない」
「ま、まって? ファーマー社ならどうするの?」
「…殺すかもしれん」
「って事は…あなた達はファーマー社の敵って事でいいの?」
「そう言う事だ」
「そんな事言って、実はファーマー社の連中でうちの情報を取りに来たとかじゃないよね?」
「違う。その逆で、ファーマー社から盗って来た情報を見たいんだ」
「えっ!」
……
しばらく沈黙した後で、電話の先の男が言う。
「あのー、ひょっとしてファーマー社からデーターを盗んで来たんですか?」
するとマナが割って入る。
「こちらからの情報はここまでよ」
「そうですか…」
「どうする?」
「…分かりました。じゃあ中に入ってもらいます。ですが一つだけ注意点があります」
「なに?」
「言いにくいんですが、中に入るとゾンビがいっぱいいます。だけどそいつらは危害を加えませんので、そのまま通って一階奥の管理室ってところまで来てもらえますか?」
「どういうこと?」
「入れば分かります」
後ろの入り口のドアが閉まり建屋に入る窓が開いた。俺達がそこから足を入れると、通路にゾンビが立ち尽くしている。だが俺達を見ても、こちらに向かってくる事は無かった。
「どういうことだ?」
「なにこれ? 不気味なんだけど」
もう少し通路を進むと、近くの内線が鳴ったのでそれを取る。
「あー、もう少し先を左に行ってください。突き当りに行ったらまた左です」
「わかった」
俺達は動かないゾンビの中を進んでいく。念のため日本刀を握ってマナを庇うように歩くが、ゾンビが襲い掛かって来る気配は無さそうだ。ただボウフラのようにゆらゆらと止まっている。
「へんなの」
ゾンビを通り抜けて行くと、マナが指さした。
「ここ」
俺はドアをノックする。すると中から鍵が開けられる音がした。
ドアを開けて入ると、奥で銃を構えた男がいた。ぽっちゃりしていて、優しそうな顔をしているが必死な形相だ。
「本当に何もしないか?」
「しない」
マナがゆっくりと近づいて、テーブルの上に食べ物と飲み物を全部出して並べた。そして俺の後ろまでゆっくりと下がって来る。
「動くなよ」
男はテーブルの上の食べ物を取り上げてみる。
「食えそうだ」
「問題ない」
「じゅ、銃を降ろすぞ」
「ああ」
男が銃を降ろした。そして目の前にある、スナックの袋を開けて手を突っ込んで食い始める。すごい勢いで食った後、急いでペットボトルの水をあけてごくごく飲んだ。
「ぷっはぁぁぁぁ!」
「落ち着いたか?」
「本当に食料を持って来てくれるなんて」
するとマナが言う。
「近寄っていい?」
「…いいけど、何もしないでね」
「しない」
そして俺達は男の近くに寄って、話をし始めるのだった。男が俺達に聞いて来る。
「あんたらは一体何者なんですか?」
「私も元はIT企業で働いていたサラリーマンよ」
「そっちの外国人は?」
「俺は…」
俺がなんて説明してい良いか分からないでいると、マナが俺の代わりに言う。
「彼は、他国から来た軍人とでも言ったらいいかしら?」
「軍人! もしかしてファーマー社を調査しに来たとか?」
俺とマナは顔を見合わせて答える。
「まあそんなところだ」
「そういうことか! だから情報を入手出来たんだ?」
「ああ」
「私は愛菜でこっちはヒカル」
「大森です」
「大森さん。急に来てごめんなさいね」
「いえ。久しぶりに人間を見ました」
「そうなのね」
そして俺は気になった事を聞いた。
「なぜ外のゾンビ達は動かない?」
「あ、あれは…企業秘密です」
「そうか。何故ここは電気が通っている」
「それは、仲間がまだ生きていた時に通電していた電線を見つけたんですよ。そこから電源を引いてます」
それを聞いたマナが心配そうに聞く。
「えっ? 最近、電源が途切れなかった?」
「まだ来てますね」
するとマナが俺を見て言う。
「ここは方角が良かったのね」
「そうらしいな」
「という事はまだ火力発電所が動いているんだわ」
それを聞いたオオモリは目を見開いて言う。
「えっ? 発電所動いてるんですか! どうりで……でも誰が動かしてるんですか?」
「発電所を動かしているのはファーマー社だ」
「あいつらか…」
どうやらオオモリには何か含みがあるらしい。こちらから先に情報を出す事にしよう。
「俺達は南部にある発電所を壊滅させ、第二原子力発電所の研究所を襲ったんだ。その時に情報を入手した」
「うそ! 研究所なんて本当にあったんだ…」
「あった」
どうやら研究所の事を薄っすらと知っていたらしい。
「研究所を知っていたのか?」
「うちの事務所の生き残っている人達がいた時、研究所から逃げ出したとか言う人と接触したんです」
「そうだったのか」
「でも結局その人はすぐに死んじゃって」
「何かを体に仕掛けられているらしいんだ」
「酷い事をする…。それでファーマー社が研究所で悪魔の実験をしていると聞いたんです」
「その通りだ。俺はこの目で見た」
「どんな?」
俺は第二原子力発電所の研究所で見たことを、洗いざらいしゃべる。俺が話していくごとに、オオモリは驚愕の表情を浮かべて顔が青くなってきた。恐ろしい内容に気持ちがついてきていない。
「それで俺はパソコンを回収して来た」
そしてマナが付け加える。
「だけどGPSで追跡されたら困るから、ハードディスクとSSDを抜き取って来たの。それから情報を見たくて、南相馬市に向かおうとしてここを見つけたのよ」
「そう言う事でしたか…」
「私達は悪魔の実験を止めさせたいの」
「……」
「これに入ってる情報を解析してもらえないかな?」
「分かりました! そう言う事なら協力しましょう! 僕も仲間の仇を討ちたい」
「おねがいね」
マナが手を握り、うるんだ瞳でじっとオオモリを見つめる。するとオオモリは顔を赤らめ、ポーっとした表情になる。どうやらマナはゾンビのヘイトだけじゃなく、男を寄せ付ける力があるらしい。
「でさ。なんでここのゾンビは動かないの?」
「あれは、僕がやってます」
「えっ! どういうこと?」
「ここはAIの研究施設なんですけど、いろんなソフトも開発しているんですよ。僕もその一人で、開発の中枢にいました」
「それとゾンビが何の関係あるの?」
「わかりました。お話しますが、そのファーマー社のデーターは僕も見せてもらえるんですよね?」
「もちろんよ」
そしてオオモリはゆっくりとこれまでの経緯を話し出すのだった。




