第178話 海へ
休憩を挟まず、四時間以上かけて盆地を抜け山を越えた。高速道路を使えばもっと早く越えられたらしいが、山道を通って来た為に時間がかかったのだ。安全を優先したのでそれは仕方がないが、むしろその事によって生存の為の良い情報も得る。道中には牧場もあり、ところどころでウシを見かけたのだ。那須高原で捕えた屋根の上のウシを消化したら、再び戻って肉を補給する事は可能だろう。
ヤマザキが言った。
「そろそろ燃料も補給する必要があるぞ」
「新しそうなガソリンスタンドを探そうぜ」
「わかった」
しばらく探すと大きめのガソリンスタンドを見つける。外側からガソリンスタンドを見てタケルが言った。
「新しいな。デカいし間違いなく手動の設備があるぜ」
「タケルは確認しなくても、分かるようになったんだな」
「そりゃよ、散々やって来てんだから雰囲気でわかるって」
「なるほど」
ここは鬼怒川や那須高原よりも、遥かにゾンビの数が少なかった。民家もあまりなく、山間部をのぞけば今までで一番ゾンビの被害も少ないように思う。ガソリンスタンドにもゾンビはおらず、俺達は労せず燃料を確保する事が出来たのだった。
ユリナが俺達に言った。
「まずは拠点を探さなきゃね」
「そうだな」
そしてマナが言う。
「それに食糧の確保ね。あまりに田舎過ぎて手に入るか分からないけど、せめて肉を食べる為の調味料が必要だわ」
ミオが視界の先に見える看板を指さして言う。
「あるか分からないけど、あそこのショッピングセンターに行ってみようか」
「そうしよう。陽が沈む前にやっておかないと」
俺達はすぐにショッピングセンターに入った。ガラスは割れており、内部にはちらほらゾンビの気配がある。だが仲間達は何事も無かったように、ショッピングセンターに入って行くのだった。
あれほどおっかなびっくり警戒に警戒を重ねていた彼らが、まるで無人の野を行くが如く進んだ。薄暗い建物の中でミオの指示が飛び、的確にゾンビを仕留めていく。既に俺がするべき事は何もなくなってしまったかのようだ。
「だいぶ荒れているな」
「千葉と同じだ。ゾンビが少ない分、生存者が食いもんを持ちだしたりしたんだろ」
それを聞いてツバサが言った。
「でも、完全に空っぽじゃなさそうよ」
「一応、裏の倉庫も見ていくべ!」
皆がどんどん中に進んでゾンビを討伐する。しかし倉庫にもそれほど在庫が無く、かき集めても食糧も飲料水も少ない。集められたものを見て皆で話し合っている。
「きっと回収しに来た人らが、ゾンビに慌てて逃げたんだろうね」
「取り残したものだけど、それでも肉は十分に食べられるわ。若干食べられそうな物もあったし、米が無かったのは残念だわ」
「陽が落ちるまでに農協を探す時間はないだろうな」
「仕方ないからあるもので食べましょう」
それから俺達は館内で肉を焼く物を探し回収してバスに戻る。ミオが地図を広げて言った。
「どっちに行こうか? 日本地図の本だけどそこまで詳細は書いてないから、拠点になりそうな場所までは分からないけど」
するとユミが元気よく言った。
「海! 海見ようよ!」
その声に皆が顔を見合わせた。それを見たユミが慌てて取り消す。
「あ、いいよ、無理だよね! 宿を探さないとね! ごめんごめん!」
するとミオがニッコリ笑って言った。
「ううん。行こうよ! 海!」
ツバサもはしゃいで言った。
「行こう! 海! 葵ちゃんも見たいでしょ?」
「うん!」
女達が盛り上がり、皆が俺を見た。
「みんなが行きたいなら行こう。海へ」
「「「「「やった!」」」」」
装甲車のようなバスが出発し、ヤマザキが標識を見ながら海へと進んだ。道を周りバスはどんどん太陽とは反対方向に進んでいく。車が広めの道路を進んでいくと目の前に大海原が広がった。
「海だ!」
「みて! 砂浜があるよ!」
「海って落ち着くよね!」
「なんか、ジーンと来ちゃった!」
皆の意識が高揚しているのが分かる。俺もそれにつられてなんだか楽しくなってきた。そしてユミが言った。
「ねえ! 砂浜に降りてみようよ!」
俺が気配感知で三百メートル四方の確認をすると、ゾンビの気配はどこにもなかった。
「いいんじゃないか、ゾンビはいない」
「「「「「「やった!」」」」」」
バスを道路に停めて、皆が降りガードレールを乗り越えて真っすぐに海に進んだ。するとコンクリートの先が砂地になっており、その先には波が打ち寄せている。波の音が心地よく風が俺の頬を撫でていった。
ヤマザキが皆に言う。
「陽が落ちる前までだな」
「分かってるって!」
皆が砂浜の前のコンクリートの所に立ち砂浜を見渡している。それを見た俺がみんなに言った。
「水際まで行かないのか?」
するとミオが言う。
「行っていいの?」
「いいも悪いもない。あの海をみろ、とても気持ちよさそうじゃないか」
俺が言うと、皆が砂浜に降りて走って行った。俺とヤマザキとタケルも女達の後を歩いて行く。するとユミとマナが靴を脱いで、波打ち際にピチャピチャと足を浸した。
「冷たーい」
「気持ちいいよ!」
それを聞いた他の女達が次々に靴を脱いで、波打ち際ではしゃいでいた。ユリナとリコが残り皆の様子を見ている。俺は二人の所に行って言った。
「お前達は行かないのか?」
「いや、そんな年じゃないし」
「ですよねー。もう若くないし」
「年など関係ない、やりたければやればいい」
俺が言うと、ユリナとリコが顔を合わせてニッコリ笑った。二人も靴を脱いでみんなの元へ駆けていく。するとタケルが俺に言った。
「ヒカルも良い事言うなぁ」
「こんな世界だ。誰に遠慮をするものでもない、やりたい事をやりたいようにやればいい」
「だな! じゃあ、お前も来いよ! ヒカル!」
「え? お、俺は」
するとヤマザキが笑って言う。
「行ってこい。日本刀は俺が預ってやる」
俺はヤマザキに日本刀を預け、タケルと一緒に水と戯れる女達の元へと走るのだった。