第170話 ゾンビ化を止める
結局のところ、タケル達が捕獲した鹿のような動物は食わない事になった。皆の意見として、こんなねじれた角の動物は貴重だからと言うのだ。四本脚の動物はどれも一緒だと思うが、日本人的感覚では違うらしい。
「本当に逃がすのか?」
「まあ、決まったからね」
「美味いかもしれんぞ」
「希少価値が高いっぽいし、とりあえず逃がしましょう」
「じゃあ、離すぞ」
掴んでいた角を離すと、そいつは勢いよく雑木林に逃げ込んでいった。
俺の感覚としては牛や鹿と何が違うんだとなるが、彼らからすれば食べないと言う判断になるらしい。俺がみんなに言う。
「前もこういう事があったな」
「あ、犬?」
「そうだな。犬は喰わないと言っていた」
「犬はちょっとね…」
「さっきのは、それと似たような感覚か?」
「そうだね」
タケルが複雑な表情で言う。
「なんつうか、あんな綺麗なツートンの毛並みのやつは食っちゃいけねえと思う」
「そうか。わかった」
究極の状況でも、そう言ったこだわりがあるのが日本人らしい。しかも皆の共通認識のようで、俺は彼らの決めたことに従おうと思う。まあ前世でも、魔獣は食べたくないという冒険者も居たから分からなくもないが。
皆が集まったので俺は今日の結果を言う。
「今日はかなり有意義だったと思う。まずミオがレベルアップした」
「「「おおーー」」」
皆が拍手をする。ミオは恥ずかしそうに頬を染め頭をかいていた。
「それから察するに、恐らく前世であったような冒険者の経験値のような力が働いているようだ。戦闘をしなかったミオのレベルが上がるなら、他の人らにもその可能性はある」
するとユリナが言う。
「私は上がらなかったけど?」
「それは皆と性質が違うからだ。怪我や病気が見分けられるという事は、回復魔法系の能力があるのかもしれん。回復系は戦闘系と違って成長は遅いんだ。得られる能力の貴重さから考えれば、それはある意味仕方のない事なのかもしれん」
今度はタケルが言う。
「おりゃ全然上がった気がしねえ」
「前も言ったがタケルのレベルは4はあると思う。それだとかなりのゾンビを始末しなければ上がらないかもしれない」
「そうなんだ」
「何度も言うようだが、ゾンビはモンスターでもきわめて低レベルだからな。いくら倒しても大きく成長する事はないだろう。もしかすると、俺が戦った蜘蛛ゾンビならばもっとレベルは上がるかもしれん。倒すのに手間がかかったしな」
「なるほどね、だから野生動物を狩ってみようって言ったんだな?」
「もしかしたら、経験値が多いかもしれんからな。基本は敵の命を奪う事が重要なんだ」
「そういうことか」
「そういうことだ」
「じゃあひたすら頑張るしかないって事か?」
「それしかない、純粋に狩りの経験を積むしかないんだ」
「じゃ、やるしかねえな」
それを聞いていたヨシタカが、不思議な顔をして言って来る。
「みんな、それを信じ切っているのね?」
するとタケルが言う。
「信じるつーか、自分の体に起きてる事だからな。はっきりと違うのが分かるんだ」
するとユミがヨシタカに言った。
「まだ、疑ってんの?」
だがヨシタカは首を振る。
「ここまで来ると、疑うのが馬鹿らしくなってくるわ。だって普通の人間じゃあり得ないような事をしているのは分かるもの」
それを聞いたユリナがヨシタカに言う。
「本当に本当なのよ。ここにきて、私達が吉高さんを騙すメリットはどこにもないわ」
「確かに」
「まあ、実際に私達四人だけで、集落のゾンビを壊滅させたのは事実だし。吉高さんも、一度考えてみたらいいと思うわ」
「まあそうさせてもらうわ」
それから俺達は保存していた牛の肉を焼いて食う事にした。経験値を積んだ後は栄養補給して、筋力などの向上をさせる必要がある。皆が肉の準備をし、ヤマザキが火おこしをしている時だった。
ガシャン!
「どうした!」
ヨシタカが膝をついていた。ユリナが駆け寄ってヨシタカの体を支えている。
「熱い。熱があるわ」
「だ、大丈夫よ」
「横になっていた方が良いわ」
「でも、みんなで食事の準備をしているのに」
「こっちは良いから。まずは体を休める事」
「ごめんなさい」
ユリナが肩を貸して、隣りの部屋へと連れていく。俺もその後ろをついて行った。ヨシタカをベッドに寝かせてユリナが聞いた。
「いつから?」
「みんなのペースに合わせるのが辛くて、ここの人ってみな異常に元気じゃない? それに合わせてたら疲れてしまったんじゃないかと思うの」
「水持ってくる」
ユリナが出て行った。俺はヨシタカの様子を伺い、治癒しようと思うのだが彼女はそれを良しとしていない。とりあえず注意深く見守るだけだった。
「はい、お水」
「ありがとう」
ヨシタカはごくごくと一気に飲んで咳込んだ。
「ご、ゴホゴホ!」
「ゆっくり飲むと良いわ」
「すっごく、喉が渇いて…」
ユリナが支えて、ヨシタカをゆっくりと横たわらせると目をつぶって静かになった。そこでユリナが俺に言う。
「たぶん強行軍で寝ていなかったし、十分な栄養が補給できていないんだわ」
「どんな状態だ?」
「恐らく免疫低下だと思うけど」
「ちょっといいか」
「ええ」
俺はユリナと部屋を出て言う。
「早く施術をした方が良い」
「そうだけど、本人はまだ半信半疑だわ」
「恐らくだが、体の免疫が落ちてゾンビ因子に負ける」
「えっ?」
「このまえ助けた他の連中と一緒だ。ゾンビ因子に体を蝕まれつつあると思う」
「うそ…」
「本人の承諾が必要か?」
「…聞いてみましょう」
「その方が良い。正気を保っているうちに」
「ええ」
そして俺達はヨシタカの居る部屋に入る。ヨシタカはヒーヒーと音をたてて息をしており、だいぶ苦しそうな表情だ。額に玉の汗が浮き出ている。
「吉高さん。まだ起きてる?」
「…起きてるわ。でも眠くて仕方がないわ」
ユリナが俺の顔を見るので、俺は頷いて見せた。
「吉高さん。あなた、多分…寝たら最後よ」
「えっ?」
「あなたはゾンビになるわ」
「嘘…」
「もう人として目覚める事はない」
「そんな事はないわ。皆に合わせて疲れただけよ、寝ればよくなってると思う」
「一緒に逃げた人が、体調を崩して寝た後どうなったかしら?」
「そ、それは…」
「一刻を争う事態よ。吉高さんは信じてなかったけど、このままじゃもう…」
「そんな…」
そしてユリナがヨシタカの体を触る。
「体温計が無いけど、間違いなく四十度は出てる。もしかしたらそれ以上かも、このままじゃ死んじゃう」
「ああ…」
そしてヨシタカが苦しくなったのか、シャツの前面を掴んでびりびりと破った。胸のあたりに異常な血管が浮かび上がっている。
「ヒカルにやってもらうわ。いいわね!」
「はあはあ」
そしてユリナは急いでヨシタカの服を脱がせた。ユリナは手際よく服をはぎ取り、俺の目の前には全裸のヨシタカが横たわっている。
「すまんが触るぞ」
「いいわ…」
俺はまず自分に思考加速を施す。更に精神力を集中させるために、気配感知もかけてゾンビ因子を見つけやすい状態にした。俺がヨシタカの足の指先に触れるとビクンと体を硬直させる。
「行くぞ」
とにかく急ぐ必要があった。
「変わってしまう前に終わらせねば」
ユリナはヨシタカの額の汗をぬぐい、水のペットボトルを両脇に挟んだ。熱の上昇を少しでも抑えるつもりなのだろう。
足先から上がり腰回りを見ると、皆の時よりゾンビ因子の浸食が多かった。どうやら子供を作る器官により多くの因子がまとわりつくらしい。それが終わり腹に上がっていく。
「ヒカル! 意識を失ったわ」
ユリナが言う。俺は更に集中力を最大限に高めて、胸に移り乳房を探るとその奥にも大量のゾンビ因子があった。心臓が深刻で少し時間を食ってしまった。
喉から頭に上がった時に、ユリナが叫ぶ。
「息をしてない!」
「脳がかなり侵食されている」
「助けてあげて!」
俺は黙ってヨシタカの脳に集中し、ゾンビ因子を取り除いた。
ユリナが言う。
「心肺停止してる! 急いで!」
脳が一番入り組んでいるため、除去に時間がかかったが十分ほどでとりのぞく事が出来た。すぐに心臓の部分に手を当てて、俺は蘇生魔法をきつめにかける。
「吉高さん! 戻ってきて!」
ドクン! ドクドクドクドク…
「戻った! どうだ?」
俺とユリナがヨシタカを注意深く見る。既にゾンビ因子は取り除いたが間に合ったか?
「う、ううん…」
「吉高さん!」
「あ、あれ、私…」
「私が誰か分かる!?」
「友理奈さん?」
「よ、良かった…」
「何これ…」
真っ白になりながら、体を起こすヨシタカをみてユリナが隣りの部屋を開けていった。
「タオルとペットボトルの水をお願い!」
ミオとツバサが来て、ミオがヨシタカを見て言う。
「良かった…無事だったのね」
するとヨシタカがポロリと涙を流した。
「美桜さん…ごめんなさいね。あなたの事を攻撃するような事を言って」
「ううん! 吉高さんが無事でよかったわ」
女達はタオルを湿らせてヨシタカの体を拭き始めるのだった。
今回は目の前で倒れたからなんとか間にあったが、寝ている間なら間違いなくゾンビ化していただろう。本人の承認なしで施術を行う事も検討していかねば助かる命も助からない。強制する事も必要だと再認識させられたのだった。




