第161話 激安中古軽自動車しかない
俺達は避難場所を出て四十分ほど北東に歩いた。ヘリコプターの音は遠く、恐らくまだ鬼怒川温泉付近を捜索しているのだろう。ひたすら黙々と歩いていると、街道沿いに自動車がたくさん置かれた場所が見えて来た。
ヤマザキが車を見て言う。
「小さいのばかりだな。中古車と整備待ちの車のようだが」
「山崎さん。あの車庫から頭だけ出てんのトラックじゃねえかな?」
「動けばいいが」
俺が二人に言った。
「ここにゾンビはいない。恐らくどこかに行ってしまったんだろう、車の確認をしよう」
「わかった、ちょっと見て来る」
タケルとヤマザキが、トラックの車庫に確認に入ったがすぐに出て来た。
「ダメだ! こりゃ積載車だ」
「なんだそれは?」
「車を積むトラックだよ。座席が二つしかないし、後は危なくて乗れそうにない」
俺も確認するが、荷台に壁が無く振り落とされる危険がある。タケルがため息をついて言う。
「さっきのディーラーまで戻るか?」
「あそこにもトラックは無かったろう?」
「ワゴンじゃダメだろうか」
「別々に乗ると守りづらい」
そう。俺達は車探しに手こずっていたのだった。何台か乗り捨ててあるバスは見つけたものの、エンジンがかからずに置いてある車屋を探す事にした。結局皆が乗れるような車が見つからず、ここまで歩いて来てしまった。街中をうろつけば危険と考え、郊外で探す事にしたのが裏目に出た。
ユリナが言う。
「ちょっと吉高さんが辛そうだわ」
「はあはあ。い、いや大丈夫よ」
確かにヨシタカは肩で息をしていた。
「少し休みましょう」
「大丈夫」
「無理は禁物よ」
俺達が建物の中に入ると、ヨシタカを座らせて水を飲ませる。
「みんな…歩くのが速いのね」
ヨシタカのその言葉に、ユリナが何かを言いたそうだが言葉を飲んだ。代わりにユミが言う。
「前は私達もあなたみたいだったわ。というかそれが普通なんだと思うけど」
「歩き回って強くなったって事?」
「違うかも。信じられないかもしれないけど、ユンちゃんはつい数日前まで死ぬ一歩手前だったわ」
ヨシタカは建物の中で食料探しをしているユンを見て言う。
「彼女? 元気だけど?」
「ううん。ガリッガリに痩せて、心身ともに死ぬ寸前だったわ」
「……」
ユミの言葉にヨシタカはそれ以上何も言わなかった。だが事実は事実、ユンは数日前は歩く事も出来なかったのだ。ゾンビ因子を取り除き肉と食糧を摂取するようになって、一気に通常並まで回復したのだ。
さらに確認するようにユミが言う。
「アオイちゃんも平気よね?」
「うん! ヒカルお兄ちゃんが言ってたけど、お肉をいっぱい食べたからだって!」
無邪気に言うアオイを見て、ヨシタカが苦笑して言った。
「まるで子供だましだわ」
しかしユミが更にヨシタカに言う。
「でも、事実ここまで大人と一緒に歩いて来ているわ。普通の小学生並みだったけど、肉を食べて鬼怒川温泉の行軍でどんどん力をつけたのよ」
「そんな…一日や二日で大人並になるわけ無いわ」
「そんなあなたは疲れて動きが取れなくなっている。変よね?」
「それはまともに食べていなかったから…」
「ま、いいわ。とにかく休むしかないみたいだし」
もうヨシタカは何も言えなくなっていた。自分がみんなの足を引っ張っている事も自覚しているらしく、反論らしい反論をしなくなった。
そしてそのそばでは、ミオとマナとツバサが地図とにらめっこして討論していた。
「この地図には、バス会社とかトラック会社の詳細までは載っていないのよね」
ミオが言うとマナがスマホを取り出して言った。
「これが使えればいいのに」
それを見たツバサが言った。
「えっ! まだスマホ持ってたの?」
「いつか使えるようになるんじゃないかって、でも無理みたい」
「私は東京のどこかの段階で無くしちゃった」
ミオもツバサに同意する。
「多分私のスマホは核弾頭で焼けたわ」
マナがスマホを見ながら言う。
「私も捨ててこうかな」
だがミオが首を振った。
「いや。もしかしたら役に立つときが来るかもしれない。とりあえず持っておいたら?」
「そうしようっか?」
「その方がいい気がする」
「じゃ、そうする」
そしてタケルとヤマザキと俺は、次の動きを考えていた。二人に俺が言う。
「戻るのはやめておこう。それよりも、あの小さい車は動くだろうか?」
「軽ばっかりなんだよな。しかも安いヤツで、ゾンビを刎ね飛ばしたりは出来なそうだ。すぐぶっ壊れるぜ」
「俺が前方のゾンビを破壊するさ。邪魔な車も刎ね飛ばす」
ヤマザキが外の小さい自動車を眺めながら言う。
「にしても古そうな軽しかないし、何かに追いかけられたらスピードにも限界がある。事故ったらみんな大怪我するぞ」
するとそこにミオが地図を持ってやってきた。
「大きな車がありそうな町なんだけど、ここをずっと進むと那須塩原市があるわ。そこなら大きな車もあるんじゃない?」
皆で地図を覗き込んだ。
ヤマザキがそれを見て言った。
「歩いたら五、六時間といったところだな」
「ヤマザキ、車ならどのくらいだ?」
「多分三十分かそこらだろう」
「今は、むしろ時間を短縮したほうがいい」
タケルが観念したように言う。
「じゃあ、仕方ねえな。十二人いるから三台か、まともに動いてくれると良いな」
俺達は早速外に出て、小さい車を見ていく。
「安い! これ十九万だぜ!」
「こっちは二十六万だな」
「出来るだけ走行距離の低いやつの方が壊れねえんじゃねえかな?」
「違いない。こっちのは四十四万だ!」
「値段が良いヤツを選ぼうぜ。と言っても五十万を超えるのは一台もないみてえだけど」
「ま、整備で売ってる会社なんだろうな」
「いい店だ」
「ひとまず、建物に戻って鍵を探すぞ」
「ああ」
鍵はすぐに見つかった。タケルが言うには売ってる車なので車種とナンバーが記されていたらしい。そして俺達は、軽自動車三台で那須塩原に向かって走り出す。
「狭いんだな」
運転しているツバサに言うと笑って答える。
「仕方ないよ軽だもん。でも私も軽に乗ってたから運転はしやすいわ」
「そういうものなんだな」
すると後ろに乗っていたヨシタカが言った。
「なんか普通の会話ね」
「そうよ。私普通のОLだったし」
「そうなのね…」
ヨシタカの隣りに座るユリナが言った。
「とにかく無事に那須塩原に到着する事を祈るわ、だんだんと民家も無くなって来たし」
それにツバサが答えた。
「それはそう。古いもんねこの車」
「こんな事なら、ディーラーでワゴン車回収したほうがよかったわ」
「…結果そうよね」
皆の会話を聞きつつ、俺は前方を見てツバサに告げる。
「止まれ。閉鎖されている」
「えっ!」
俺達が進む道の上には厳重なバリケードが作られており、車の侵入を拒んでいたのだった。気配探知を使うも人の気配は感じない。
「ちょっと待っていろ」
俺は周囲を警戒しながら車を降りるのだった。




