第15話 居なくなった理由
俺がミオ達の乗る車を追跡していて分かった事は、あちこちを彷徨っているという事だった。恐らくあの動きを見ると、何かを探し回っているように見える。先ほどから住居の間をすり抜けては、ぐるぐる回っているのだ。時おりゾンビが車を見つけて、追い求めるように手を伸ばすが速くて追いつかない。
「さて」
俺は車列の先回りをして、二階建ての建物の屋根に登り待ち構える。そして五台の車の先頭を狙って屋根から飛び出すのだった。
ガン!
俺が上に降りた事で車の天井が大きくへこみ、突然車が蛇行し始めた。
「おっと」
俺が振り落とされないようにしていると後ろの車から変な音が鳴る。
プップー!
すると俺が乗った車が急停車したので、すぐさま天井から飛び降りて地面に降り立った。後ろの車が停車し扉が開いて、中からヤマザキとミオが出て来た。ミオが急いで俺のもとへと駆けつけて来る。
「暗くて一瞬分からなかった! ヒカル! どうしてここに?」
まあ俺は胡椒が入った背負子を返して欲しくて追尾して来たんだが、なんと言ったらいいのだろう? とりあえず、もう一つの理由の方を言おう。
「ホウチョウが折れてタタカエナクナッタ」
「そうだったんだ!」
「皆はナニヲしている?」
「探してたの」
何を探していたというのだろう? あの大量ゾンビを打開する策があるというのだろうか?
すると前の車からドウジマとユリナが、更に後ろの車からタケルやユミが降りて来た。他の車の奴らは車から降りて来ずに、その場で待機している。するとドウジマが言った。
「驚いて急ブレーキを踏んじまった! 何処から降って来たんだ?」
あっけにとられた顔で、自分達が乗っていた車を指さして何かを言っている。するとミオがドウジマが俺に聞いて来たことをもう一度説明してくれた。
「ヒカルは、どこから来たの?」
「あのヤネの上」
俺が建物を指さすと皆がそちらを振り向いた。するとタケルとヤマザキが何かを話し始める。
「もしかしたらコイツ、量産型なんじゃないのか?」
「うむ、それは否定できない。空港からここまで、この短時間で来たとは思えない。恐らく現場で戦っているもう一人のヒカルと、脳波で情報を共有しているのだろう」
何を言っているのか分からん。するとまたミオが俺に説明してくれる。
「ヒカルは一人なの?」
言っている意味が良く分からんが、俺は素直に答えた。
「俺はヒトリだ」
「さっき大量のゾンビに立ち向かっていった本人?」
「そうだ」
どう言う事だ? 俺に似たような奴がもう一人いるのだろうか? 勇者クラスの強者がこの世界にもいると言う事か?
するとヤマザキが驚いた顔で言う。
「追跡してきたのか!」
「そうだ、ツイセキして来た」
‥‥‥‥
皆が絶句している。きっと俺が急に屋根の上に降りたのがいけなかったんだ。前に降りて優しく停めるべきだった。
次にヤマザキが聞いて来る。
「それでゾンビはどうなった?」
「さすがにゼンブは倒せなかった」
「そうか…」
するとヤマザキが険しい顔で言う。
「ヒカルでも駄目なのか…」
「いや、ダメじゃない。ブキがヒンジャク過ぎるんだ」
「武器?」
「包丁じゃダメだ」
俺の言葉に皆が考え事をしているが、俺は皆に伝えたいことがあった。
「音につられて、ここにゾンビが集まってキテルゾ」
陽が沈みまだ薄っすらと明るみがあるものの、普通の人間なら遠くまでは見通せないくらいになっている。俺は気配感知でゾンビの場所が把握できているが、皆はゾンビに気がつかないらしい。少し離れた場所で、もぞもぞとゾンビがはい出して来ているのが見える。俺の言葉を聞いてヤマザキが皆に号令をかけた。
「とにかく車に乗れ! タンクローリーか大型トレーラーを探すんだ!」
ヤマザキは何かを探すって言ってるようだ。するとミオが俺に言った。
「ヒカルは私達の車に!」
俺はミオに手を引かれて、再びさっきまで乗っていた車に乗った。乗り込んで俺は安心する。
おお! 俺の胡椒が入った背負子が置いてある! よかった!
そして車は再び夜の街を走り出すのだった。どうやら、この車は前を光で照らす事が出来るようで、暗闇でも見渡す事が出来る。だがこのまま停まってしまえば、ゾンビを呼び寄せてしまうだろう。夜はこのまま動き回るほうが良い。
「よく無事で」
ミオが隣で俺に話しかけてくる。
「無事もなにも、ただゾンビをタオシに行っただけだからな」
「でもダメだった?」
「すまんが倒したのは半分以下だ」
「半分って…」
「数百体は倒したんだが包丁が折れてしまったんだ」
「数百体! 武器って、ずっと包丁で戦ってたの?」
「そうだ」
ようやくミオとの簡単な会話ならば、ほとんど分かるようになって来た。まあ知らん言葉が入ると理解が追い付かないものの、前後から内容が分かる感じだ。実は言語を理解するために、思考加速と詠唱理解が効果あるか最初は分からなかった。だがまずまずの効果はあるようで、かなり限定的ではあるが意思の疎通は出来そうだった。
まあ…前世ではずっと魔王ダンジョンに潜って、レインやエルヴィンやエリスとばかり話していたしな。そもそもが人と話す事も少なかったし話す内容と言えば、あの敵をどう攻略しようとか何処に行けば神器が手に入るかとかばかりだったけど。
「武器があれば何とかなると言う事だよね?」
「そうだ」
もちろんそれはそうだ。最後に魔王を…魔王だと思っていた者を倒す時には、全身を神器でまとっていた。ギルドでは神級武具など伝説でしかないとされていたが、勇者パーティーは全員が神器で武装していたのだ。あの装備ならば、先ほどのゾンビの数なら一瞬で消滅出来たはずだ。包丁二本では、どうしても接近しなければならず斬れも悪い。もたもたしていたらゾンビの体液で服が汚れてしまうのだ。せっかく小奇麗な衣装を貸してもらっているのに、汚してしまったら返しに行けなくなってしまう。
「武器って、銃とか? ミサイルとか?」
「なんだそれは?」
また聞きなれない言葉が出て来た。ジュウとかミサイルってなんだ?
「軍隊で見なかった?」
「グンタイでは…そうだな。ロングソードに槍に斧、モーニングスターで戦う者も居た。もちろん後方には弓隊がいたり、魔導士部隊が支援したりしたかな」
「…ごめんなさい。全然わからない」
「すまん。こっちの言葉には無いのかもしれない」
すると前からヤマザキが言って来る。
「包丁みたいな武器なら、なんとかなるって事か?」
「まあ、そうだな。だがもっと強くないとダメなんだ。耐えられずにすぐに折れてしまう」
「…なるほど。もしかしたらそういうふうに訓練されたって事か」
「クンレンと言うのが分からないが、もっと強い武器で戦っていた」
「そうか…」
そう答えたヤマザキは、あと何も言わなかった。何か考えるところがあるのかもしれない。俺は今の状況を確認する為に聞いた。
「それで、何を探してる?」
するとミオが答える。
「あの都心のスーパーに行った時、燃えていた車」
「トシンノスーパーで燃えていた車…、ああ、火が出ていた車があったな」
「ああいう大きな車をさがしてるの。それであのゾンビの群れに突っ込もうってなったの」
「それはいい考えだ。それでその車はどこにある?」
「そう簡単には見つからないのよね」
「そうか」
どうやら、巨大な車を探しているらしい。確かにそれなら、思いっきりゾンビに突っこんで行けそうだ。俺達の車列は夜の街を走り続ける。俺は胡椒の入った背負子を背負って、今度は肌身離さず持ち歩こうと思うのだった。




