第158話 消える命と不協和音
田舎の集落で防寒着とブーツを回収した俺達は、一度そこで食事をとる事にする。部屋の中に居れば上空からは見つからないだろうが、時おりヘリコプターの音がする時は全員が警戒態勢をとった。
そしてユリナが言う。
「どこかで点滴を手に入れないと」
「このあたりには病院はないようだ…」
「特にこっちの人は意識が無くて食べれないわ」
気を失ってしまった一人は、ずっと意識が戻らない。俺が回復魔法をかけても、抜けた血は戻らないのでどうしようも出来ない。だがそれ以上に回復を阻害する何かがあるように思える。
するとそこにヨシタカが来て、スプーンをとりあげ意識のない人に言い放つ。
「ほら! 食べなきゃダメ! あなたまで死んじゃう!」
しかし無理やり口に押し込んだところで、咀嚼も飲み込むことも出来ない。もう一人はなんとか意識を繋いでおり少しは口にしたが、回復魔法をかけても思うように回復しなかった。
そこにツバサが来て言う。
「ヒカル。ユンちゃんの時みたいにならないね」
「ああ、間違いなく敵の銃弾に何か仕込まれているのだろう。解毒も通用しない」
「もう! いったい何なの? なんであいつらは執拗に追いかけてくるの!」
するとヤマザキが言った。
「いったいなんだろうな。こんな土地に重要な何かがあるとも思えん」
「私達を追ってる?」
「まさか? 我々にそんな重要な何かがあるわけはないだろう」
「だけど狙撃者もいるし、しつこすぎるわ」
「それはそうだが…」
するとそれを聞いていたヨシタカが言った。
「あなた達が軍隊を連れて来たんじゃない! そのおかげで私達の仲間は死んだ! あそこで何とか繋いで生きて来たのに! 私の母も死んでしまったじゃない!」
それを聞いたユミが怒鳴る。
「あんたらが旗なんか振って呼び寄せたからでしょ! ひっそりとしていれば通り過ぎたわよ!」
「自衛隊だと思ったから…」
「勝手よ!」
すると意識のあるもう一人の男が言った。
「吉高…さん。だけどいずれ…食料は尽きたよ。都市部から逃げて来てたどり着いたけど…、そのまま…あそこにいたところで…ゴフッ! ゴフッゴフッ!」
ユリナが駆け寄り、男の背中をさすって言った。
「もう話さないで」
だが男は話すのを止めなかった。
「ゴフッ、吉高さんは…みんなの…面倒を、みて…くれたんだ。こんな性格だから…ちょっと…誤解があるかも…しれないけれど。だけどどうか、一緒に…一緒に…連れて行って…やってほしい…ゴフッゴフッ!」
「わかった。わかったから、あとは休んで」
そう言うと男は目をつぶって静かになった。息をしているのでまだ生きている。
「べつに! 私はあの女に母さんをやられたから、だから一緒に居るだけ。あの女がゾンビになったらトドメをさしてお別れよ」
そう言ってヨシタカはミオを指さした。するとまたユミがヨシタカに突っかかる。
「あんたね! この男の人の気持ちが分からないの?」
「な、なによ」
「自分はもうダメかもしれない。だけどあなたを一緒に連れて行って、生かしてほしいって言ってるの! 私達にあなたを見捨てないようにお願いしたの! 分かる?」
タケルが後ろからユミの肩を掴んだ。
「おい。いいだろ、そのへんで」
ユミはプイっと顔を背けて、自分の缶詰を食べ始める。ヨシタカは何か思い詰めるような顔で、缶詰を置いてその部屋から出て行った。するとまたヘリコプターの音が聞こえて来る。これで三度目だが、なぜそこまで徹底しているのかが分からない。
「いずれ奴らはあの町から動く。その前に出来るだけ離れないと」
ユリナが二人の怪我人を見てため息をつく。
「この状態で動かす事はしたくないわ」
「だが、アイツらが周辺を捜索し始めたらすぐに見つかってしまう。特にあのキマイラゾンビを解き放たれればみんなが危ないんだ」
「仕方ないのは分かるけどね…、本当に頭にくるわ!」
「ああ」
皆が食べ終わり、ヤマザキがヨシタカに声をかけた。
「おい。行くぞ」
「……」
黙ってはいたがヨシタカはついて来た。怪我人はタケルとヤマザキが背負っているが、どんどん容体は悪くなっているようだ。ここからは注意して怪我人の状況を確認しつつ進むしかない。
先に進むと雑木林が途切れて、だだっ広い田んぼに出てしまう。ここを突っ切るのは危険だった。
「迂回して林に入る」
俺が言うと皆が重い足を引きずるように左側に移動していく。そして林に入り再び東に向かって進み始めた。道を見失わないように右手に街道を見ながら林を進んでいくと、俺達の視線の先にくすぶったような場所が見えて来た。
「ねえ、あれ!」
マナが指さす。
「あれは…」
そこには破壊された車があった。爆発したように四方に破片が飛び散っており、間違いなく奴らに破壊されたのだ。
するとアオイが言った。
「なんか動いてる!」
車の焼けた場所から少し離れたところを、這いずっているのがいた。するとヨシタカが叫んで飛び出していく。
「まだ! 生きてる!」
「まて!」
だがヨシタカは止まらなかった。田んぼの中を突っ切り真っすぐに進んでいく。ミオがヨシタカを止めようと飛び出したので、俺はミオの腕をつかんだ。
「ミオ! 待っていろ! 俺が連れて来る!」
俺は皆をそこに残しヨシタカを追う。すぐに追いついてヨシタカを抱き留めた。
「まて! 俺が確認しに行く! お前は皆と待っていろ!」
「そう言って! また仲間を殺すんでしょ!」
「そんなことはしない!」
「信じられない!」
もう時間はかけられない。俺は仕方なくヨシタカを現場に連れていく。そしてはいつくばっている奴を見せた。
「うう、うううう、ウウウウウ」
それは下半身を無くしていた。爆発から上半身だけ逃れたのだろうが、真っ黒に焼けただれゾンビになって這っていたのだ。
ぺたんとヨシタカが座り込む。
「そ、そんな…」
車は見るも無残に焼けただれ、完全に破壊されていた。車からは焼け焦げた手が出ている。俺が近寄ってその手を持ち上げるが、肘から先しかなかった。
「行くぞ」
「うっううう。うわーーー」
ヨシタカが錯乱状態になったので、俺は仕方なく手刀で意識を刈り取った。そのまま肩に担いで皆の元に戻る。ミオが心配そうに聞いて来た。
「彼女、どうしたの?」
「眠らせた。生きている者はいなかった」
「そう…」
ミオが目を伏せると、ユミがミオの肩を抱いて言う。
「どうしようもないよ。彼らが選んだことだから」
「分かってる…」
そして俺が気を失ったヨシタカを背負い、再び東に向かって進むのだった。日が沈み薄暗くなっても行進は続いたが、いよいよユリナが言った。
「この人は…もうダメだわ」
タケルが背中から怪我人を降ろした。どうやら脈が止まり心臓が動いていないようだった。それを見たマナが言う。
「どうする? 吉高さんに知らせる?」
だが俺は首を振った。
「知らせない。この人は置いて行こう」
俺がそう言うと、救出者の男が薄っすらと目を開けて言った。
「そうしてくれ…、そして俺も…置いて行ってくれ…。皆の足手…まといになる」
「お前はまだ生きている。連れていく」
「それより…吉高さんをたのむよ」
「問題ない。ヨシタカも連れていく」
「そう…か…それなら…問題…ない。ゴフッ」
死んだ奴がもぞもぞと動き出した。目を見れは白濁色に濁りゾンビに変わった事が分かる。ミナミが日本刀で首を斬った。
「行きましょう」
「日は沈んだ。ここからは街道を進もう」
俺が言うと皆が頷く。そして俺達は街道に降りて歩き始めた。十時間間以上歩き続け時間は夜の三時をさしている。その時ヨシタカが目を覚ました。
「降ろして!」
俺がヨシタカを降ろすと、皆を睨みつけて言った。
「もう一人は?」
ヤマザキが申し訳なさそうに言う。
「すまんが…ゾンビになってしまった」
「なんで起こしてくれなかったの?」
それには俺が答えた。
「必要ないと思ったからだ」
「それで、どうしたのよ?」
さらにミナミが必要以上に感情を込めずに言った。
「私が首を刎ねたわ」
「ずいぶん冷酷なのね。あなた達、仲間がゾンビになったらすぐにとどめを刺すんだ?」
それを聞いたヤマザキが言った。
「ああ。今まではそうして来たよ。仕方なく殺して来た」
「良くできるわね」
「あんたらはどうしてたんだい?」
「…ゾンビになる前に、追放していたわ。あとはその人次第」
するとユミが言った。
「まって。私にはその方がよっぽど残酷に聞こえるけど」
「だけど、殺さなくて済んだわ」
それを聞いてユミが声を荒げる。
「そんなの、自分達が手を汚したくないだけじゃない! ゾンビになる人の事より、自分達がそんな酷い事をしたくないって思いじゃないの! なんでトドメをさしてあげないのよ! その方が残酷だわ!」
「ち、違うわ! 私達は…」
「私達が、平気で仲間達にとどめを刺して来たと思ってるの?」
「だってそうじゃないの」
「まったくおめでたいわ。一緒に頑張って来た人達にとどめを刺すのが平気なわけ無いじゃない!」
「…だってとどめを刺さなければ、ゾンビになって生きていけるじゃない」
すると皆が一斉に息を飲んだ。
「は?…あなた何言ってるの…ゾンビは死んでるのよ! 死んで今までの仲間や家族を襲うのよ?」
「だって、動いてる」
「馬鹿なの!」
だがまたタケルが間に入る。
「由美! よせって! それぞれの考え方があんだよ。そして吉高さんも吉高さんだ、あんたらの価値観を押し付けて俺達を攻撃するのはやめてくれ! こんな事言い争ったって何もならねえって! 生きている奴らが足並みそろわねえと死んじまう!」
タケルの言うとおりだった。冒険者パーティーは一人の裏切りや怠慢で全滅する事がある。ヨシタカの考えは時に危険だった。
だが、その時ミオが静かに言う。
「すぐに進みましょう、とにかく生きるために。地図を見れば恐らくこの近くに町があるはずよ。言い争いはそこに行ってからやりましょう」
「あ、ああ」
ミオがそう言うと皆も大人しくなり俺達は再び進み始めた。ミオの言う通り一時間も立たずして高速道路が見えて来る。そこをくぐって先に行くと、とうとう小さな町にたどり着いたのだった。
ミオが地図を見て言う。
「ここは栃木県八坂市ね」
俺も地図を確認してユリナに向かっていう。
「ユリナ! 病院を探して点滴を手に入れよう! その人を救えるぞ!」
そんな時、ユリナが言った。
「…残念だけど」
「どうした?」
何とか命を繋いでいた男が死んでいた。最後までヨシタカの事を心配していたが、残念ながら命をつなぎとめる事が出来なかった。そしてヨシタカは死んだ男にしがみついてむせび泣くのだった。




