第152話 救えぬ命
人がいた廃屋に急いで戻る為、俺達は森林地帯を出て舗装道路を下る事にする。走りやすく移動速度が上がり、来た時の半分の時間でたどり着けるだろう。この周辺には、ゾンビの気配も人間の気配もないため速やかに進む事が出来た。朝になり、明るく目立つだろうが今は時間との勝負だった。
すると俺の耳に、微かに機械音が聞こえて来る。
「ヘリコプターだ」
「やはり先ほどの銃声を捉えたか」
「そのようだ。走ろう」
皆が一斉に走り出す。ユンとアオイはそれについて行くことが厳しいため、俺とタケルの背中にいる。皆が必死に走り、ようやく市街地が見えて来た。だが目的の建物は市街地の中心あたりにあり、たどり着くのはヘリコプターの方が早いだろう。ひっそりとしていてくれればいいが、声をあげれば真っすぐにそこに向かって来る。
「みな! 俺は先に行く! ヤマザキ! ユンを頼む!」
「わかった!」
皆の足ならばヘリコプターの方が早いだろうが、俺一人ならば確実にこっちが早い。ただし俺が先に行けば、あとから来る皆がゾンビの中を走る事になる。だが、あの数ならば今のみんななら間違いなく突破できるはずだ。俺は仲間を信じて、先ほどの集団に先に接触するのを優先する事にした。
見えた。ヘリコプターはまだ到着していない。
俺はすぐに、三メートルほどの鉄の壁を飛び越えて敷地を走る。既にヘリコプターの音は普通の人間にも聞こえているだろう。そう思っていた時、俺は見たくない光景を見てしまう。なんと彼らは屋上でシーツのような白い旗を振って、自ら敵を呼び込もうとしていたのだった。
「ち!」
俺は舌打ちしながら、地上から一気に五階だての建物の屋上に飛んだ。すると天井の中央辺りでは、紙を集めて火を焚こうとしていた。恐らく煙で自分達の位置を知らせるつもりでいるのだろう。俺は縮地でそこに現れ、床に置いてある紙の山を蹴散らす。
「な?」
「え?」
「うそ!」
突然火をつけようとした紙が目の前から無くなり、そこにいたやつらが唖然としている。だが俺はそのまま止まらずに、旗を振っている男の所に行って旗を取り上げて外に捨てた。
「うお!」
「なんだ!」
俺はそのままそこに立ち尽くして姿をさらした。
「あ、あんた…」
「なんでここに!」
「くそ!」
そう言って若い男が銃をこちらに向けたが、これ以上音を上げさせるわけにはいかなかった。俺は縮地でその男の前に現れ、銃を奪い返して真ん中から真っ二つに折る。
「な!」
俺が大きい声で叫ぶ。
「騒ぐな! とにかく隠れるんだ!」
俺がそう言うと、逆に男達は空に向けて大手を振り叫び始める。
「何言ってんだ! 自衛隊か軍隊なら助けてくれるはずだ!」
「頼む! 信じてくれ!」
だが全く言う事を聞いてはくれなかった。
「仕方がない」
俺は女の所にいた子供を抱き上げて皆に向かって言う。流石に子供は助けたいと思うはずだ。
「子供がどうなっても良いのか!」
すると若い男が鬼気迫る顔で言った。
「やっぱり! それが正体か! 俺達を殺す気なんだろ!」
「違う! そう言う事じゃない! とにかく伏せろ!」
既に皆の視界にも飛んで来るヘリコプターが見えているようだ。男達はヘリコプターの方を向いて、大手を振って叫び始める。
「おおい! こっちだ! 殺人鬼に襲われている!」
「助けてくれ! 子供が人質に取られた」
「おーい! おーい!」
ダメだ…。だが!
俺は日本刀をぬいて、屋上の床に向けて推撃を繰り出す。
ボゴオ! と天井がくりぬかれた。
「死にたくなければここに飛び込むんだ! 今すぐ!」
どうやらヘリコプターは手を振る男達に気が付いたらしく、真っすぐにこちらに向かって来た。
「くそ!」
俺は有無を言わさず、そこにいた女子供を片っ端から穴に放り込んでいった。それでも男達はヘリコプターに向かって叫んでいる。
「ここです! ここに殺人鬼がいます!」
「早く助けてください!」
「子供が人質に!」
それでも俺はかまわずに、女子供を穴に放り込んでいく。だが、その状況を見て腰を抜かしていた女達が立ち上がって逃げ始めた。
「ダメだ! そっちへ行くな!」
ヘリコプターは建物前の上空からこちらを見下ろすように、空中で止まっていた。プロペラの風圧で男達が顔を覆いながらも手を振っている。
「やめろ!!!」
ズガガガガガガガガガ! とヘリコプターから銃弾が降り注いで来た。その瞬間、俺は反対側の屋上まで走り助走距離を稼いだ。男達は銃弾で体をバラバラにして飛び散っていく。逃げ遅れた女達もあっという間に銃弾の餌食になった。
俺はすぐさま急加速でヘリコプターに向けて走り、屋上から飛んだ。次の瞬間ヘリコプターで銃を撃っていた奴の首を飛ばし、中にいた四人を一瞬で真っ二つにする。前にいた二人がこちらを振り向く間もなく、そいつらの首を飛ばしてヘリコプターを飛び降り屋上に戻った。ヘリコプターはゆっくりと落ちて行くのだった。
「まだ生きている!」
二人の生存者がいたので、俺はその二人に蘇生魔法をかけた。なんとか息を吹き返したが、俺を見て怯えたようにしている。仕方なく、二人の意識を刈り取り二人を掴んで穴に飛び込んだ。
五階に降りると撃たれた人や、落ちた衝撃で怪我をしている人がいた。動けそうにもない人だけを先に回復魔法で治療してやった。
「みんな! 見ただろ! 今すぐここから逃げろ! 新たに敵が来るぞ!」
だが皆は固まって動こうとしない。未だに俺を恐ろしい物を見るような目で見ていた。
どうするか。俺はすぐさま反対側の廊下に出て窓まで走る。窓を開けると、向こうの方から仲間達が走ってきていた。俺はその場所から推撃を繰り出して、入り口の金網を破壊しておく。
俺は部屋に向かって叫んだ。
「早くしろ! みんな死ぬぞ!」
だが皆はショックで身動きが取れないでいた。既に俺が敵なのかヘリコプターが敵なのか分かっていないようだ。ただ恐怖の表情で俺を見るだけだった。
するとまたヘリコプターの音がし始める。恐らく撃墜したのを察知して新手が来たのだ。
「また来たぞ! 死にたくなければ動け! 頼む!」
よろよろと数人が動き出した。そして部屋を出て下の階段に向かって歩き出す。
「そうだ! 皆も続け!」
ゆっくりと一人一人続いて部屋を出て行った。俺が気を失った奴らを抱きかかえ連れていこうとすると、既にヘリコプターはすぐそこまで来ていた。
「まずい」
俺は人を床に寝せ、すぐに天井の穴から屋上に飛ぶ。すると、もう一機のヘリコプターが、真っすぐこちらに向かって来るところだった。あれに爆撃をされたらひとたまりもない。俺はそいつが攻撃するより早く、ヘリコプターを撃墜するべく大きく助走をとるのだった。




