第14話 皆とはぐれる
かなりゾンビがいるな…。
前にネクロマンサーが国堕としを仕掛けてきた時は、見渡す限りどこまでもゾンビだらけでうんざりしたもんだ。だがここにいるゾンビはせいぜいが数千ってところ、ミオたちが邪魔らしいので出来る限り排除してみよう。
ゾンビは一方向に向かって突き進んでおり、俺が普通に歩いて近づいても気が付かない。俺はそのまま歩みを緩めずに、鞄からナイフとフォークを数本取り出した。
「貫通付与、軌道制御、威力増大、高熱化」
俺は気を溜めつつ、体内の魔力を練ってナイフとフォークに強化魔法をかけて行く。恐らくは魔剣でも魔短剣でもない食事用のナイフとフォークなので、それほど長く持たないだろう。手の上に浮かんだナイフとフォークが赤く燃え盛り、何倍にも膨れ上がっていく。
まあ、それでもそこそこの数は削れるだろうけど。
「突光閃!」
俺の手の上から放たれた、赤く光るナイフとフォークは一直線にゾンビの後頭部めがけて飛んでいく。俺が突光閃! と技名を叫んでしまった為に、後ろにいたゾンビがこちらを振り向いた。その眉間に赤く光るナイフとフォークが吸い込まれていく。
ボゴッ! と頭を吹き飛ばして次のゾンビの頭へと軌道修正しながら飛んでいく。貫通付与しているので頭を飛ばしつつ、軌道修正で何処までも先まで真っすぐに貫いた。だがナイフとフォークは途中で蒸発してしまう。
「まったく泥団子みたいだな」
俺は次のナイフとフォークを取り出して、同じように強化魔法を施して飛ばしてやる。これが名工が作った短剣なら剣閃誘導で戻ってくるのだが、食事で使うナイフとフォークなので蒸発してしまうようだ。神の食卓から持って来た物だというのに、脆くて神器じゃないのかもしれない。そして次の攻撃も同じように俺の手から赤い線が引かれ、ゾンビの頭を吹き飛ばしていく。しかし間もなくナイフとフォークは蒸発してしまうのだった。
「なるほど。やはりナイフとフォークじゃだめか。魔法付与すると、それほど時間をかけずに蒸発してしまうようだな」
俺が鞄の中を見ると、ナイフとフォークの残りは十本ほどになっていた。後は包丁が五本、それが尽きるともう投げる物が無くなる。
「エリス…。こういう時は、お前が綺麗に片づけてくれたっけな」
俺はゾンビ攻めされた時のエリスを思い出す。だがエリスはもういない、俺はエリス達とは違う世界に来てしまったのだ。仕方が無いのでコツコツ積み重ねていくしかない。まあ時間はかかるだろうが、包丁に負担をかけないようにしながら手際よく斬っていくか。
俺が最後のナイフとフォークを投げ切って、二本の包丁を両手に持つ。
「剛性強化」
この際切れ味は二の次だ。これ以上の強化魔法はかけずに、折れないようにだけ強化して包丁を丈夫にした。すぐに縮地で後方のゾンビの後ろに現れ、両脇のゾンビの首を落とす。他のゾンビが気づく前に、速攻で周囲のニ十体のゾンビの首を飛ばした。音に反応したゾンビが俺の方に向かって来るが、俺はすかさず飛んで十メートルくらい先に下りた。ゾンビが消えた俺を探しているうちに、俺は他の場所にいるゾンビの首を刎ねていく。
うん…最高にめんどくさい。レベル上げでもないのに、こんなにコツコツとゾンビを切り続けるのは初めてかもしれない。
不満に思いながらも俺はコツコツとゾンビを削っていく。剛性強化した包丁がどれだけ持つかが勝負だが、この包丁は意外に丈夫で助かった。しかし超近接戦闘になり、ゾンビの間を鼠のように走り回るのは良い気持ちではない。俺は腐った体液がかからないように素早く動き、次々とゾンビの首を刎ねていく。
だが三百体くらいのゾンビの首を斬ったあたりで、一本の包丁がボキリと折れてしまった。俺はすかさず飛びのき、ゾンビと距離をあけて置いた鞄の所まで走る。そして残り三本のうちの、一本を取り出してすぐさま剛性強化をかけた。
「さてと…」
地道ではあるが、かなりの数のゾンビを倒した。ゾンビは倒れた死体を踏みながらウロウロしている。こちらのゾンビも、リッチやスケルトンのように意思を持っては動いていないようだ。俺はすぐさま縮地でゾンビの前に現れ首を刎ねる。切れ味度外視で剛性強化しているため、斬る速度は上がらなかった。それでもコツコツと首を刎ね続ける。
くそー! こんなことならエルヴィンに、広域魔法の一つも教えてもらえばよかった。
俺はめげずにゾンビの首を斬り続けた。そのうちもう一本の包丁も駄目になったので、すぐさま鞄から新しい包丁を取り出して首切りを始める。
残りはあと一本。やっぱ包丁じゃ無理があるか…、とにかく斬り進めていこう。
最後の一本を手にしてから五百体は斬ったかと言うところで、とうとう最後の包丁も折れてしまった。素手でも戦えない事も無いが、服が汚れるし気持ち悪いからやりたくない。ゾンビ討伐なんぞで、せっかく入手した服を汚すなんて馬鹿のやることだ。
「一旦戻るか…」
俺は仕方なく皆の元に戻る事にした。
「あれ? えっと、確か…このあたりだったが…」
車が停まっていた場所に戻るが皆が居なくなっていた。どうやら他の場所に移ったらしい。だいぶ時間がかかってしまったので、待ちくたびれてしまったのかもしれない。
「どこいったんだ?」
俺はあたりをきょろきょろと探すが、何処にも車が見当たらない。なんとかすると言ったものの、半分も削れていないので呆れてどこかに行ってしまったのかもしれない。
「そりゃそうか。ゾンビごときにこんなに手こずったら、呆れるのも無理はない」
俺がそんなことを考えていると、ふと思い出した事がある。
「あ! 車の中に胡椒の入った背負子を入れっぱなしだ!」
せっかくミオに譲ってもらった、胡椒の入った背負子が無くなってしまった。まあ俺が横取りしてしまったようなもんだから仕方ないが、あれは換金したら相当の額になったはず。
「はあ…、仕方ないな」
俺が長々とゾンビ斬りなんかしてるから悪いんだ。かなり時間がかかっていたようで、太陽も西の空でオレンジ色に輝いている。間もなく太陽も沈むだろう。
「ところで、ゾンビはどこに向かってたんだ?」
俺は再びゾンビの居る場所に戻り、ゾンビたちが向かう先を見る。
「よく見えんな」
辺りを見回すと、葉も枝も生えて無い鼠色の木が立っている事に気が付いた。よく見ればその木は等間隔に立っており、黒い綱が鼠色の木を橋渡しするように繋がっていた。恐らくそれは人工的に作られた物だと分かる。
「こりゃ、なんだ?」
そしてそれは木では無く石で作られていた。俺がその一本の木の上に飛び乗ってみると、少しだけ遠くの方まで見渡す事が出来た。そしてその黒い綱は道沿いに張り巡らされている事が分かる。ゾンビが向かっている先を見てみると、一カ所柵が倒れている場所があった。どうやらゾンビは、そこから中に侵入したようだ。
「市壁が突破されたのか? なんとも脆弱な市壁だ。もっと岩とかを積み上げて丈夫にする必要があったんじゃないのかね?」
俺は仕方なく鼠色の木の上をぴょんぴょんと飛び移り、面倒なゾンビに触れないように移動する事にした。ゾンビとは逆方向に向かって移動し始める。
「いた」
すると俺が乗って来た車が、列をなして先を走っているのを見つけた。
「身体強化、脚力上昇」
俺は自分に魔法をかけて速度を上げ、ミオ達が乗る車を追うのだった。




