第144話 情報の精査
暗い森を登り続けて一時間、俺達はようやく目的の場所についた。開けた土地に変わった建造物が立っているところだった。懐中電灯に浮かび上がった風景を見てマナが言う。
「平和な時代なら、楽しかったろうね」
「そうだね」
ヤマザキも懐中電灯で看板を照らして読む。
「ここはグランピング施設だな。確かにバーベキューとか、皆でやったら楽しいだろう」
「グランピングかあ、いいよねー」
そこには半球状の建物がいくつもあり、どうやら寝泊りできるようになっているらしい。しかし防御と言う面ではちょっと心許なさそうだ。ゾンビの気配は一切しないが、急に襲われたらどうしようもない。俺はみんなに言った。
「出来ればもう少ししっかりした建物が良いな」
俺が言うと、ツバサが奥を照らして言う。
「あそこにあるみたいよ。行ってみよ」
「早く彼女を休ませてやろう」
俺は背中のユンをチラリと見て言った。すぐにその建物の周りを探ると、鍵がかかっていない窓があった。俺はタケルにユンを預ける。
「彼女を頼む」
「ああ」
ユリナが点滴の棒を持ちタケルがユンを背負った。俺は窓から侵入し内部を通って、表玄関に回り鍵を開ける。この一連の行動についてはかなり慣れてきており、なるべく施設に傷がつかないように配慮した。だが入り口付近はガラス張りの為、外からは丸見えだった。
「ここはガラス張りだ。奥に行った方が良い」
「わかった」
皆が奥に行き蝋燭をつけるように指示をする。奥の部屋は小窓が少なく外に光が漏れる事はないだろうが、それでも細心の注意を払う。皆が口々に言う。
「良い施設だわ」
「こう言うところって家族で来たら楽しわよね」
するとアオイが言った。
「わたし…ここ来た事ある」
「えっ! そうなんだ!」
「真っ暗だから最初気が付かなかったけど、お父さんとお母さんと家族で来た事あるよ」
「…そうか、葵ちゃんの家からは近めだもんね」
「うん…」
アオイがうつむいてしまう。家族との楽しい思い出が浮かび上がって来たらしい。俺はアオイに向かって言った。
「アオイ、明日はここで肉を焼こう」
俺が言うとミオも笑って言った。
「そうよ葵ちゃん! 明日は皆でバーベキューをしよう!」
「いいの?」
「いいに決まっているわ」
ひとまず皆は荷物を下ろし、ユンを寝かせてそのまま床に座り込んだ。一時間程度、早足で森林地帯を登った為かなり疲労してしまったらしい。俺は皆に眠るように言うが、ヤマザキが話の続きをしようと言って来た。
アオイが一人で寝るのは怖いというのでミオが一緒につき、ユリナがユンに寄りそう。そして他のメンバーで違う部屋に移った。俺が皆に尋ねる。
「みんな、体は大丈夫か?」
「それより状況確認と今後の事だ」
「わかった」
「ヒカルはどう思う?」
「恐らく、敵はヘリコプターで先ほどの山の施設を焼いた。そいつらは一旦退いたが、間違いなくまた来ると思う。そしてくまなく探すために地上部隊を差し向けてくるだろう」
「なるほど。狙撃をしたのもその先発隊かな?」
俺は首を振った。
「恐らく違うと思う。一緒に動いているとは思えない、一緒なら明らかに動きがおかしい」
「また、別な奴ってことか?」
「その可能性が高い。そもそも単体で襲撃することはないはずだ」
「なるほどな…」
皆は疲れた顔をしながらも、どうすべきかを話した。恐らくここも時間の問題で見つかるだろう。そして今後生存者を見つけた場合の対応など、生き延びるための決めごとが必要だと言う。それに対して俺が答えた。
「問題は火を使う場合だな。煙が上がらないように注意をすべきだろう。あとは夜の光だ、ミナミの言うように衛星なら捉えられる可能性が高いのだと思う」
だがそれには、最初に進言したミナミが首を振って言った。
「ごめん。たぶん衛星はもう使ってない気がする。衛星があるなら、今生きている人々の位置を簡単に捉えられるでしょ? 衛星を使いこなせてはいないと思うの」
それにはタケルが答える。
「俺が思うに、ヒカルが暴れまくったからじゃねえかな? 空母を斬り基地で皆殺しにし、空港を閉鎖して兵隊が乗る船を沈めた。だから、どこかでそういう施設が壊れたんじゃないか?」
「それもあるけど、もう一つ大きな事があるわ」
皆はミナミを見た。
「大型の核を使ったからよ。恐らくは電磁波の影響で使えなくなったとも考えられる」
俺がミナミに尋ねる。
「核で壊れたと言う事か?」
「たぶん。それに核で施設が消滅したんだと思う」
「なるほど、全ての証拠を隠滅したとかかもな」
「だけどそれも推察に過ぎない。敵がどんな組織で何をしようとしているか、真実が分からないもの」
ヤマザキが頷く。
「そうだな。非道なやり方ではあったが、ヤクザ達は日本人を増やそうとして若い女や子供をさらっていた。核を使って東京を焼いたのは、間違いなく別の組織だろう。あの核弾頭の使い方からすると、横須賀基地の女子供は被曝する可能性がある」
「ファーマー社か…」
「もしくは、その裏にいる誰か…、いずれにせよわざわざ生き残った人間を狩る必要性が分からん」
「やっぱり何かを探してる?」
「わからん」
結局、今ある情報ではそれ以上は分からなかった。今日の話し合いはそれで終わり、皆がミオ達のいる部屋にいって眠る事にした。俺はユリナの元へと行く。
「ユンはどうだ?」
「順調よ」
「もう少し体力が回復したら、ゾンビ因子を取り除こうと思う」
「ユンちゃんの体力は大丈夫かしら?」
「それよりも施術をしておかないと皆が危険だし、俺に考えがある」
「わかったわ」
「ユリナも寝ると良い」
「うん」
俺は眠るユンの側に座り、気配探知の網を大きく広げていく。すると一キロ少し先にゾンビの気配が数体あるのが分かった。恐らくそこには民家があるのだろう。今までの経験上、この気配の感じ方はそうだ。
すると俺の隣りでユンがうなされ始める。
「ああ、…いや…やめて…無理…やだ…」
俺はユンの肩に手を当てて気休めの回復魔法をかける。すると次第に表情が和らぎ、また静かに寝息を立て始めた。雲に隠れていた月が出て来たのか、小窓から明かりが入り込み始める。ユンがしがみつくように、俺の腕を掴んで頬を寄せて来た。どうやら眠っているので無意識のようだった。
俺は全てを救えない。前世では世界を救えると思い魔王ダンジョンへ挑んだが、俺は世界を滅ぼしそうになった。この世界に来ても皆を救う事は出来ないのだろうか?
俺は同じような人生を繰り返したくはなかった。
だが、はっきりした事が一つだけある。核弾頭を使った奴が黒幕で間違いないという事だ。情報はほとんどないが、敵は俺に手の内を晒し始めている。今はそいつらの手の上で、ヤクザやそれに与する奴らが動いているだけに過ぎない。おそらくそのヤクザも核弾頭で壊滅したのではないかと思う。恐らく真の敵はヤクザごと俺達を抹消しようとしたのだ。
俺達のような少数の人間を追い詰める理由。一体なぜ執拗においかけてくるのか?
その謎がゾンビ因子にあるような気がしてならなかった。次のユンのゾンビ因子除去の際に、更に追及する必要がありそうだ。俺はユンの手を握りしめて言った。
「頑張ってくれよ」
俺がポツリと言うと、眠っているユンが返事をしたような気がした。夜の森からは時おり動物の声が聞こえるばかり、俺は小窓の月の光を眺めながらこの世界の人間に思いをはせるのだった。




