第143話 狙撃者再び
俺は山から下りて来た車に意識を集中させる。どうやら車は市内に降りて周辺をグルグルと回っているようだ。ユンの治療の妨げになると思い、俺はヤマザキとタケルを部屋の外に連れ出した。俺が何かに気付いていると察した二人は、ロビーの椅子に行こうと言う。
「市内を車が走っている」
「どっから来たか分かるか?」
「山の上から下りて来たようだ。燃やされた場所のホテルでは皆殺しにされたようだが、他にも生きていた人がいたのかもしれない」
「どうする?」
「今はここから動けない。動くのは得策ではない」
タケルが言う。
「ちょっと地図を持ってくる」
タケルは持って来た地図を広げ、他に宿泊施設が無いかを調べる。それを見たヤマザキが言った。
「結構、上には宿泊施設があるな。もしかしたら、爆発に驚いて降りて来たんじゃないか?」
「そうかもしれんが…今動けば、ヘリコプターが戻って見つかる可能性がある」
「厳しい選択だな」
「俺が一人で、生存者を確認してくる」
「…わかった。だがヒカル、無理はするな。全員が危険にさらされるかもしれん」
「ああ」
「これを持っていけ」
タケルが俺に双眼鏡を渡してくる。俺は日本刀を背負い短刀を脇に挿して入り口に向かった。俺が外に出るとタケルが言った。
「ヒカル。助けられるんなら、助けてやろうぜ」
「わかってる」
俺は車の音が向かった方角へと走り出す。目立たないように市街地を隠れながら走って三分、車は大型のショッピングセンターの入り口に停まっていた。エンジンはかけており、運転席に一人だけが乗っている。
ショッピングセンター内にはゾンビがいるが、どうやら人間も入り込んでいるようだ。タケルが渡した双眼鏡で見ると運転席に座っているのは女、建物の中を気にしているようだ。
するとショッピングセンター内から、物資を持って駆けだしてきた三人がいた。どうやらゾンビに追われているようなので、俺が助けようと飛び出す寸前だった。
パン!
一人が頭から血を噴き出して倒れる。倒れた人を救う為に男が戻った。
パン!
するとその男も頭から血を噴き出して倒れた。残った一人が慌てて車まで走り寄るが、また頭から血を噴き出して倒れてしまった。車に残った女が急発進したが、また音がして車はそのまま柱に激突してしまった。
奴だ。
俺達を狙った奴が来ている。あのヘリコプターの攻撃を察知したのか、狙撃者はここに来てしまったようだ。
俺はそのまま、スッと茂みの中に潜みほふく前進をして進んだ。攻撃の方向から敵の位置は確認している。
「始末するか」
だが俺がその男の襲撃を考えた瞬間、車の始動音が聞こえ東へと走り去ってしまった。
手練れだな…
俺もそのまま近くの雑木林に潜み、気配遮断をして市街地を隠れながら進むのだった。他にも監視の目がある事を考慮し、上空から見えない場所を選んで進む。すぐに皆の元に戻って来た。
「戻った」
俺が言うと、中からタケルが鍵を開けた。
「どうだった?」
「恐らく避難民だった。だが…」
「だが?」
「殺された」
「なに?」
「俺達を襲ったアイツだ。そいつが四人の頭を撃った」
「こんなところまで来たのか…」
「もしかするとヘリコプターと爆撃を察知したのかもしれん」
タケルが悔しそうに言った。
「せっかく、東北道を外れたってのにバレたのか?」
「いや。俺達の存在に気が付いたかどうかは分からない。だが長居は無用だ」
「ユンはどうする?」
「俺が背負って搬送する。動かせるかユリナに相談してみよう」
「わかった」
ひとまず女達を動揺させないように、狙撃者の存在は言わないようにした。今はユンの治療に専念してもらい、そう時間をかけずにここを出るしかない。
ユリナを呼び出し、俺はユンの容態を聞いてみた。
「ユンはどうだ?」
「落ち着いては来た。もうすぐ目を覚ますと思う」
「そうか。ひとまずは専念してくれ」
「わかった」
「俺もやる」
「ええ」
そしてユンが目を覚ましたのは、陽が落ちてしばらくしてからだった。俺達はカンテラを付けるのを止め、このホテルで見つけた蝋燭を数本灯す。目を開いたユンにユリナが話しかけた。
「ユンちゃん!」
「あ、あ。ユリナ?」
「そう。私」
「なんで、ここに…」
「皆もいるわ」
「あの…、わたし…」
「いいの。今は何も言わないで、とにかく今は体を戻す事に専念して」
「わ、か、った」
そしてユリナは、封を開けたオレンジジュースをユンに飲ませる。するとコクコクと喉を鳴らして少しだけ飲みこむのだった。俺はすかさず蘇生魔法をかけてユンの体を回復させる。
「暖かい…」
「ヒカルよ。あの時の」
「ヒカル…あり、がと」
「とにかく飲め」
「うん」
それから二時間後、ようやくユンの体調が戻って来た。がりがりではあるが、意識ははっきりして話せるようになってきたのだった。動く体力は辛うじてありそうだ。
そこで俺が言う。
「みんな。すまないが出発する!」
ユリナがユンを見て言う。
「でも、ユンちゃんはまだ」
「今日の昼、俺は狙撃者を見たんだ」
皆がざわついた。
「ここが見つかったの?」
「ちがう。俺が偵察に出た時、何処からか来た生存者の四人が狙撃で殺された。じきにこのあたりにも来るだろう、その前にここを動く必要がある」
「わかった。じゃあみんなで協力してユンちゃんを連れていくしかないわね」
「そういうことだ」
俺達はすぐに身支度し、全員がリュックを背負って俺の予備の刀を持った。俺のリュックからは鉄の棒が伸び、その上にはユリナが取り付けた点滴がぶら下がっている。俺の背にはユンがしがみついており、俺達はその館の裏口から暗闇へと出るのだった。月が雲に見え隠れしており、どうにか歩いている人を視界に収める事は出来そうだ。
「このまま北に向かう。ヤマザキとミオが先頭を。俺が最後尾でその後ろをタケルが歩いてくれ」
「「わかった」」
「寒いが、ホテルにあった従業員の防寒着があって助かった」
「ああ」
皆がホテルに置いてあった防寒着を着ている。俺達は裏手の車道を足早に通り抜け、雑木林に足を踏み入れた。本来は車道を歩いた方が早いのだが、地図上では北に向かえば何らかの施設がある事がわかっている。俺達はそこを目指して歩き続けるのだった。




