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終末ゾンビと最強勇者の青春  作者: 緑豆空
第三章 逃亡編

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第140話 不穏な気配

 天然温泉が滔滔と湧きだしている。本来は水を足して冷やすらしいのだが、熱めだった為に俺の氷結斬で冷やす事にした。一部を凍らせ、次々に湧き出るお湯がそれを溶かしていく。


「やっぱ山の温泉はすげえ出るな!」


「本当! 凄い!」


 皆がキャッキャと喜んでいるので、俺もここに来て良かったと思う。館内のゾンビは一掃したので、安心して女だけで温泉に入るように言ったのだが、女達は一緒に入ると言って来た。やはり初めて来た場所は怖いとの事だった。


「湯船から溢れちゃうね!」

「あったかーい」

「極楽極楽」


 女達は全員タオルを巻いて入っているが、ちらちらとお湯で捲れているようだ。見てはいけないと思いつつ、俺の視線がちらちらとそちらに行ってしまう。


 ヤマザキが冷静に言った。


「みんなは、俺まで一緒に入って嫌じゃないのかい?」


 するとツバサが笑う。


「山崎さん。いまさらでしょ! ここまで一緒に暮らして来てもう家族みたいになってるし」


 マナもそれを聞いて笑う。


「ははは。気にしなくても良いと思う、山崎さんは優しいからなあ」


「いや。最近ちょっと若返って来てな…なんというか…」


 それに対してタケルが面白そうに言う。


「そうそう! 最近さあ! 山崎さんが元気だよなあ。見ちゃいけないと思いつつも…」


「いやいや。武、それ以上言うな」


「へいへい」


 そんな前をアオイがすいーっと泳いで行った。突然訪れた平和な光景に癒されるが、皆の心中はそれほど穏やかではないだろう。わざと明るくふるまっているようにも感じる。だがそれでいい、今はそれが精一杯だったとしても塞ぎこむよりずっとましだ。


「ヒカル―、幸せそうな顔してるねー」


 マナが言った。なんだか照れ臭いが、正直幸せだ。


「皆が嬉しそうだ。本来はこういうのが人間の暮らしだ」


「だよね。たまに温泉に入って美味しいもの食べて、仕事も頑張れた。ただ怯えるだけの日々は辛いわ」


「そうだな」


 皆が火照った顔をしてニコニコしている時だった。俺の耳に嫌な音が聞こえて来る。


 どうやら…車が走っているようだ。だがこの近くではない、皆の話し声とお湯の音に混ざってはいるが俺の気配感知で距離もつかめている。俺達がさっきまで居たキャビンのさらに向こう側だ。


 車は通りすぎて行ってしまった。この幸せな時間をわざわざ壊す必要はない、皆が気が付かなければ黙ってればいいのだ。こちらに向かっているのであれば知らせて迎え撃つ必要があるが、どうやらこちらには気が付いていないようだ


 ミナミが俺に言った。


「どうしたのー? 険しい顔して」


「いや。なんでもない、元々だ」


「そう?」


「そうだ」


 皆の顔がピンク色になり、十分温まったところで風呂から上がった。汗ばんでいるので皆がすぐに服を着ずに、椅子に座って涼んでいる。持って来たペットボトルをそれぞれが飲み始めた。


「これが冷えてたらいいんだけどね」


「まあそうだね。でも、あるだけましかな」


「贅沢だわあ。温泉に浸かって美味しいお茶を飲んで」


 俺も水をコクリと飲んで一息ついた。するとユミがみんなに言った。


「暑いしさあ、外に出て涼んだらいいんじゃない?」


「そうだね。さんせーい!」


 だが俺は、それに水を差してしまう。


「いや。今は外に出ない方が良いだろう」


「え? ゾンビがいるとか?」


「そんなところだ」


「そうかあ。じゃ二階に行って窓開けて涼もうか」


「それが良い」


 俺達は二階の部屋に移るが、俺は車が向かった西側が気になっている。それとなく皆を部屋に入れ悟られないようにしていた。


「ちょっと便所に行く」


「あ、いってらっしゃーい」


 ミナミが俺を送り出し、俺はトイレに向かうふりをして西の部屋に向かった。窓にかかったカーテンを開けて西側を見る。


 …なんだと?


 西側を眺めて目線を上げていくと、なんと山の上で煙が上がっていた。


 はあ…。


 皆に伝えなければいけなくなってしまった事に気が重くなる。俺が部屋を出ると、丁度みんながいた部屋からミオが出て来たところだった。


「あれ? トイレじゃなかったの?」


「ミオ、ちょっと来てくれ」


「うん」


 そしてミオを部屋に連れていき、西側の山の上を見せた。


「えっ! 煙が上がってる!」


「ああ」


「なんで?」


「実はさっき風呂に入っている時、車が走り去って行ったんだ」


「言わなかったの?」


「皆が幸せそうだったんでな」


「そうか。気を使ってくれたんだね」


「だが、黙ってはいられなくなった」


「仕方ないよ。みんなに言おっ」


 ミオが俺の腕を取って皆がいる部屋へと連れていく。そしてミオが言った。


「みんな聞いて!」


「どうした?」


 談笑していたが皆がこちらに注目する。そこで俺が言った。


「ちょっと来てくれ」


 全員で西の部屋に移って窓から山の上を眺めた。山の上の煙は、まだもうもうと昇っていた。俺はさっき風呂に入っていた時に過ぎ去った車の事を伝える。


「敵が追い付いて来たのかね?」


「そこまでは分からない」


 ミナミが煙を眺めながらぼそりという。


「あれ、何の煙だろう? 焚火じゃないよね?」


「分からん、どうしたものか」


 ヤマザキが言うので俺がそれに答える。


「夜を待ってさらに北に逃げるか? もしくはあれを確認しに行くか…二つに一つだ」


「確認しに行ってどうする?」


「敵なら殺す。だがそうでは無かったら…」


「なかったら…」


 俺が言葉を詰まらせると、タケルが言った。


「んなもん、救うしかねえだろ」


 その言葉に皆が静かになる。俺が皆に聞いた。


「皆はどうだ?」


 ミオがすぐに答えた。


「やっぱり助けるしかないんじゃない?」


「そうだね。このまま私達だけが生き残ったとしても未来はないかもだしね」


「友理奈の言うとおりだな。我々だけが生き残ったとしても意味がないかもしれん」


「皆はそれでいいか?」


 皆がコクリと頷いた。


「よし。ならば俺が確認してくる。皆はどこで待つ?」


「もはや何処でも同じだろう。むしろここなら目立たないんじゃないか? ショッピングモールや市役所の方が危険度が高い気がする」


「わかった。だが武器が無い」


 するとタケルが言う。


「日本刀を借りるさ」


「使えるのか?」


「ないよりマシだろ。銃は置いて来ちまったからな」


「よし。ならすぐ戻る」


俺は日本刀を背負い、短刀を脇に刺した。


「ヒカル! 気を付けて!」


「朝までに戻らねば逃げろ」


 だがヤマザキが俺の手を握って言った。


「ギリギリまで待ってるぞ。俺達は家族だ」


 その言葉は胸に来るものがあった。家族などとうに忘れてしまった言葉のような気がしてくる。


「任せろ」


 そして俺は二階の窓を開けて外に飛びおりていく。既に薄っすらと暗くなり始め、辺りは冷え込みを増して来ていた。煙が出ている山に向かって川沿いを一直線に進むのだった。

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