第13話 おそらくネクロマンサーの仕業
皆は柵に群がるゾンビを、車に乗りながら遠巻きに呆然と眺めていた。俺自身もあれだけ大量のゾンビを見るのは二度目だ。以前見たのは、この世界の大半がゾンビになったのでは? と思えるほどの数だった。
あれは…確か…
前世で見た大量のゾンビは、敵国がネクロマンサーを使って俺の生まれた国を襲撃してきた時だった。あの時は聖女エリスが大活躍して、あっという間に全てのゾンビやスケルトンやスカルドラゴンを消滅させたっけ。後にその作戦を行った国は破れ、屍者の帝国と呼ばれて忌み嫌われる事になった。諸外国との国交も無くなり孤立して、やせ細った結果滅びたと聞く。
まあ、あんときよりは大分少ないっぽい。
俺がそんな事を思い出しているとミオが動き出した。
「ちょっと…」
ミオが車の扉に手をかけて開けようとした時、ヤマザキがそれを止める。
「やめろ! 出るな!」
「でも!」
「トランシーバーを!」
ヤマザキの指示で焦ったミオが、黒い小さな箱を取り出した。離れた所に居るヤツと会話が出来るやつだ。ミオが慌てて操作してそれに話しかける。
「もしもし!」
「ダメか?」
「もしもし! もしもし!」
「くそ!」
「出ない!」
黒い箱から返事は無かった。ミオが何度も何度も黒い箱に語り掛けるが、一向に返事は来ない。すると俺達が乗る車はそのままゆっくりと進み、先頭を走っていたドウジマの車の脇に停まる。するとドウジマの車の窓が開いて皆がこちらを見た。
「どうなってんだ!! なんであんなにゾンビがいる?」
ドウジマが目を見開いて叫んでいる。
「なんで! なんで! こんなことに!」
黒髪のユリナも慌てた様子で叫んでいた。
「トランシーバーには応答が無いぞ!」
ヤマザキもそれに返す。
「いくら問いかけても返事が無いの!」
ミオも半狂乱になっている。
確かに数が多すぎる。俺が思うに…あんな風にゾンビが集まると言う事は、もしかするとネクロマンサーがいるのかもしれない。ネクロマンサーがゾンビを操って、あの都市を攻撃した可能性が高いだろう。
「あー、ミオ。いいかな?」
「なに?」
「ネクロマンサーの仕業なんじゃないかと思う」
「ごめんなさい。何を言っているのか分からない!」
「だからネクロマンサーがいるんじゃないか?」
ミオは少し怒ったような顔をして、俺を睨んでいるが怒ってはないようだ。本当に俺の言っている事が理解できていないらしい。
「あの…」
「あー、ミオ。ゾンビヲ、アヤツルヤツイルカモ」
「ゾンビを操る?」
「キマッタワケではないが、そうじゃないとあんなにアツマラナイ」
「…誰かが故意にやってるっていう事?」
「そうじゃないかと思っただけだ」
俺とミオの会話を聞いていたヤマザキが、俺の方を振り向いてこれまた怒ったように言った。
「ゾンビを操るだと? そう言う兵器があるのか?」
「ヘイキ? チガウ。チカラ」
「ゾンビを操る…力?」
俺の話を聞いたヤマザキとミオとマナが話し出す。既にタケルは、ユミという女と他の車に移ってしまったのでここには居ない。
「あなたの国で、ゾンビを操る技術があったの?」
「ソウダ。ゾンビをアヤツルチカラをモッテイルヤツがイル、ツクリダスヤツモな」
するとヤマザキとマナが顔を見合わせていった。
「やっぱり、このゾンビのパンデミックはどこかの軍隊の仕業だったのか…」
「やっぱそうだよ。そのウイルスかなんかが漏れて全土に広がったんだわ」
「やはり人災だったってのか?」
「最悪なんだけど!」
物凄く感情的になって言い合っているが、何を言っているのかよくわからん。確かにネクロマンサーは珍しいし、あんな大量に操れるネクロマンサーなんてそうそう居ない。それにもまして大体ネクロマンサーなんて根暗でろくな奴がいない。もしかしたらこの世界でも、ネクロマンサーは忌み嫌われているのかもしれん。あの時の敵国はネクロマンサーを子飼いにしてたが、大抵は陰の組織かなんかに雇われている。
「ワルイソシキにヤトワレテル」
「えっ! 悪い組織?」
「と言う事は、テロ組織って事じゃないのか?」
「きっとそうよ」
するとヤマザキが合点が言ったような顔をして言った。
「ようやくわかったぞ。このゾンビの原因は、恐らく軍の研究機関から盗んだウイルスなんじゃないか? そしてそれを知っていると言う事は、もしかしたらヒカルはそれを追って来たエージェントなのかもしれん」
するとマナが大きく頷いて言う。
「そうか! ヒカル! あなたはそのテロリストを追って来たエージェントなのね? だからシェフなんかに変装してるんだ!」
二人が俺に何かを言っているが、言っている意味が良く分からない。するとミオが俺にもう一度、身振り手振りで言い始める。
「ヒカル、ワルイヒト。追って来た?」
いや、俺は世界を壊しかけて、この世界の飛ばされただけだ。別に悪い人なんか追いかけて来てはいない。
ズドーン! 俺が言いかけた時、柵の方で大きな爆発が起こった。煙が舞い上がり、火の粉が上がっているのが分かる。
ヤマザキが焦って言う。
「なんだ!」
するとミオが答えた。
「まだ無事な人がいるんじゃない!」
あの…皆は、さっきからなんであそこに行かないんだろう? 早く行ってゾンビを消して、仲間を助けなくてもいいのかな? ずっとここで問答をしていても大丈夫なのだろうか? 大量にゾンビがいるようだが、これ以上増えないうちに早く行った方がいい気がするんだが。
ヤマザキがミオに答える。
「無事な奴が居たところで、あんなにゾンビがいたんじゃどうしようもないぞ!」
「そうね。残念ながら美桜、ああなってしまってはどうしようも無いと思う」
「そんな…、助けられないの…」
「助けに行ったら、我々まで全滅してしまうぞ」
「……」
今のやり取りはだいたい分かった。なぜかゾンビに囲まれたあの場所を見捨てようとしているらしい。この鉄の車なら踏み潰せると思うのだが、他に術がないと思っているのか?
「クルマデ、ツッコんで助けたらどうだ?」
俺がヤマザキに言ってみる。
「いや、おそらく駄目だろう。あそこにツッコめば囲まれて出てこれなくなってしまう。そうしたら我々も一巻の終わりだ」
そうなのか…。この鉄の車はそれほど頑丈には出来ていないのか…。
「じゃあ。俺がなんとかする。皆は鉄の車で待っててくれ」
俺は鉄の車の扉を開けようとするが、何処をどうやれば開けられるのか分からなかった。
「えっと」
「ちょっとまって! いくらなんでもヒカル一人で行くの?」
そりゃそうだ。ミオたちは冒険者でもないらしいし、まあまあの数のゾンビが居そうだから足手纏いだ。先ほどのように囲まれていないのだから、鉄の車から出ないで待っててもらうのが一番良い気がする。
「そうだ」
「だってヒカル、包丁とナイフとフォークしか持ってないじゃない!」
「多少時間がかかるがやりようはある」
「ヒカル…」
するとヤマザキがミオに言う。
「ミオ、こうなったらもうヒカルのあの力に賭けるしかないんじゃないか?」
「だってあんなにいるんだよ!」
「そうでなければ、俺達はこのまま別の場所へ逃げるしかない。もしあの中に生きている人間がいたとしても、到底助けられるものじゃない。だがヒカルは何とかすると言っているんだ。それに賭けるしかないんじゃないか?」
ヤマザキはちょっと長々と言っていたが、恐らく俺が何とかすると分かってくれたのだろう。あそこにゾンビやゴーレムがいたとしても、俺にとっては既に敵にすらならん。紙切れを割く様なものだから安心してほしい。
「ミオ、扉を開けて!」
マナが言うとようやくミオが扉を開けてくれた。
「ヒカル! どうしても無理なら逃げて! 見知らぬ私達の為に命を投げ出さないで」
いや、命を投げ出すつもりはない。だってゾンビだし。まあ…あそこに不死身龍が居たら一旦戻って来る事にしよう。この包丁ではどうする事も出来ないからな。
俺は鞄を肩にかけて、車の中の奴らに伝える。
「じゃ、ちょっと片付けて来る。安全な場所にいてくれ」
そして俺はそのまま前に居る車の脇をすりぬけ、ゾンビの群れに向かって歩き出すのだった。ネクロマンサーを見つけたらすぐにぶっ殺す事にしよう。




