第138話 自然食
太陽が高く上がった昼近くにミオが起きて来た。俺が振り向くと、ぼさぼさになった髪を指ですきながらテーブルの椅子に座る。目の下にクマが出来ており、疲労が蓄積しているようだ。
「おはよう」
「まだ寝ていろ、疲労が酷いぞ」
「ヒカルはずっと起きてたの?」
「ああ」
「少し休んで」
「まだ大丈夫だ。それよりも水を汲んで来たんだが、顔を洗えるぞ」
「ほんと?」
俺が玄関を開けるとミオがついて来る。そして玄関先の庭に置いてあるタンクの側に行って、下側についている弁を回した。
「わ。水出る!」
「ああ」
ミオが座って手を洗う。
「冷たいね」
「夜に川で汲んで来た」
「皆も喜ぶと思うわ」
俺達が話をしているとその声に誘われて次々に起きて来た。木々に囲まれた庭に出て来ては伸びをする。タケルが伸びをしながら空を見上げた。
「天気がいいな」
「そうだな」
「どれ、俺も顔洗うか」
タケルがタンクの水で顔を洗い始めた。
「はー、目が覚めるぜ」
ユミがタケルの側に来て言った。
「拭くのないよ」
「そのうち乾く」
「こいいう感じのキャンプ場には売店とかあるんじゃない?」
「売店か」
俺は昨日、暗闇で見た入り口の大きな建物を思い出す。
「入り口付近に大きめの建物があったが、もしかしたらそこじゃないか?」
「多分そうじゃない?」
すると玄関から出て来たマナが嬉しそうに言う。
「みんなで行こうよ! 散策!」
「いいねー」
俺達は早速、木立の中を歩いて行く。地面は枯れ葉が敷き詰められていた。もちろん、しばらく誰も手入れをしていないのだろう。サクサクと音をたてなが敷地を出ると、他にも似たような建物がいくつもあった。
「結構キャビンがいっぱいあったんだ」
ミナミが言うと、アオイが元気に言う。
「なんか楽しい! 遠足に来たみたい!」
そんなアオイを皆が微笑ましく見ている。ここは東京にはない森の匂いがした。ゾンビや謎の組織との戦いを忘れさせてくれるような長閑な風景だ。木立を抜けたところに、ひときわ大きな建物が見える。
「あれね」
「ああ」
その建物の入り口に行くと鍵がかかっており、俺が鍵を日本刀で斬る。中に入るとそこそこの広さがあり、棚にいろんな物が並べてあった。
マナとユリナが先に入って行く。
「若干、物資が残ってるよ!」
「食べ物とかないかな?」
それを聞いて皆が物色し始めた。
「カップ麺ある!」
「マジか!」
「こっちには調味料いっぱい。でも肝心の食材は無いわ」
「あ! はみがき粉と歯ブラシあるし!」
「タオルあったよ」
「シャンプーと石鹸もある! あと虫よけスプレー」
「薪も売ってるみたい。オイルもあるし」
「こっちにゃライターがあるぜ」
なんと…この世界では薪が売り物になるのか…。普通は森に行って拾うもんだがな。
「焚火とかするか?」
タケルが楽しそうに言うが、それに対しミナミが首を振りながら言う。
「煙が上がるわ」
「そっか…そうだな」
それにヤマザキが言う。
「室内で少量を燃やせばいいさ。キャビンを汚したって誰にもとがめられない」
「じゃあ! カップ麺が食べられるね!」
「ああ」
皆は売店にあった袋にどんどん物資を入れていく。皆が袋をぶら下げて外に出ると、なんと目の前に唐突に鹿がいた。
「わっ!」
と、ユミが驚いて声をあげると、鹿はダッとその場から走り去ってしまった。それを見た俺が言う。
「鹿はゾンビ化していない。動物はあの物質を口にしてないのかもしれん」
俺の言葉にタケルが言った。
「ひょっとして…食えるんじゃね?」
それを聞いたユリナが言う。
「そうね。調味料もこんなにあるしね」
すると皆が俺をじっと見る。
「あれを狩ればいいのか?」
「物は試しだ」
「わかった。皆は建物に入っていろ」
皆が建物に入り、俺は動物の気配を追って森に入る。すぐに見つけ、次の瞬間首を刎ねていた。ドサリと崩れ落ちた鹿の後ろ脚を持って木をよじ登ると、血が首からぼたぼたと落ちて行く。
血が落ちなくなったので、俺はそいつを担いで皆の元へと戻る。
タケルが苦笑していった。
「やけにあっさりだな」
「それほど敏捷性はない」
「銃じゃねえのに」
だが女達は複雑な表情で鹿を見ていた。
「どうした?」
「なんか可哀想」
「皆が狩れといった」
「そうね。ごめんね」
さっきまで生きていたのでまだ暖かいし、さばくなら早い方が良い。
「行こう」
キャビンに戻り、俺は短剣を使って鹿の皮をはぎ体を分解した。あっという間に肉をそいで、ヤマザキが敷いたビニールに並べていく。
「ヒカルは手際が良いな」
「ああ。魔獣を狩っていたからな、もっと巨大なやつを処理していた」
「そういうことか」
俺達は解体した鹿の肉を持ちキャビンに入るのだった。そして肉を薄く切り分けてテーブルに並べていく。それを見ていたユリナが言った。
「大丈夫だよね?」
それに俺が答える。
「ゾンビ因子の事か?」
「そう」
「問題ない。これにゾンビ因子は無かった」
「わかるの?」
「かなり分かってきているからな。これを食べても何もならん」
俺がそう言うと皆が興味深々に肉を眺めはじめる。カウンターの向こうに台所があり、そこでツバサとミナミが言った。
「火を起こして大丈夫だよね? シンクで火を着けるけど」
「ああ」
ユリナがそれに付け加えて言う。
「煙たくなるから、全部の窓を全開にした方が良いと思う」
「よし! 開けようぜ!」
皆が窓を開けて行く。そしてシンクの薪に火を点けるのだった。流石に煙は出るが、外に出る頃には薄れるようだ。売店に置いてあった鉄の串に肉を刺し、それを火の回りに並べていく。
「味付けするよ」
「だな」
ツバサとミナミが、肉に塩や香辛料を振りかけた。すると香ばしい匂いが部屋中にたちこめ始める
「焼き肉のたれもかけていいかな?」
「いいんじゃない?」
皆がワイワイと調理を進めて行く。俺がシンクに行くと、肉汁が滴り美味そうになっていた。
「多分これ焼けたよ」
ミナミが言うと皆が俺を見た。俺はその串を手に取って、がぶりとかぶりついた。それを咀嚼してゴクリと飲み干す。
「美味い。問題ないぞ」
「ほんと?」
「ああ」
俺の合図を皮切りに、皆がシンクの周りに集まって肉を焼いて行くのだった。




