第137話 たどり着いた避難所
俺の下手な運転でトラックをあちこちにぶつけながら進み、日光についたころには皆の体調がひどい事になっていた。一時間ほどの移動だったが、皆は青い顔をしてトラックを降りて来る。
フラフラとなりながらその辺りにしゃがみ込み、しゃがみながらタケルが言う。
「バイクはあんなに上手いのに、なんでトラックってなるとこうなんだ?」
「わからん。とにかく動きが緩慢で言う事を効かん」
「まあ、暗闇は誰も運転できないからしかたないけどよ」
「すまん」
それを聞いて何故かミオがフォローしてくれる。
「文句は言えないわよ武。ヒカルも生き延びるために必死なのよね?」
「そうだ」
比較的大丈夫な人が、具合悪い人の背中をさすっていた。なんだか申し訳なくなってくる。
ミナミが青い顔で近づいて来た。
「とにかくここまで来れば放射線は大丈夫だと思う。都心から約百五十キロは離れてるから」
「そういう物なのか?」
「でも全く来ないとも限らないわ。と言うかそんなに詳しくないから断定も出来ないの」
「そうか」
かなりの田舎ではあるが、少なからずここにもゾンビはいた。俺達の声を聞きつけて近寄って来るゾンビを、飛空円斬で全て真っ二つにしていく。皆の所に戻るとマナが胸をさすりながら言った。
「ふう。ちょっと落ち着いて来たわ」
「すまん」
「いいのいいの」
そして俺は皆に向かって言った。
「ここは安全だろうか?」
「どうだろうな? だが近くに空港があるわけじゃないから、敵が空から来る可能性も低いんじゃないか?」
「ならば周辺で安全な場所を探そう」
「ああ」
皆で地図を広げて確認していく。
「堅牢な建物は、大型のショッピングモールか市役所だろうな」
「大きなマンションとかは無さそうだしね」
「宿泊が出来そうな大きなホテルは少し離れてるみたい」
「ゾンビが不安だよね」
「そうだな」
地図を見て、俺は違う場所が気になった。
「川沿いはどうだ?」
「川沿い?」
「都心でも赤坂御所にはゾンビが居なかった。自然の中ならゾンビの数は少ないはずだ、また川からゾンビは来ないぞ」
「なるほどな。ヒカルの言う事には一理ある。俺も一緒に赤坂御所に行ったがゾンビは少なかった」
「なら、そっちの方で探してみようぜ」
俺達の話を聞いてミオが地図を見ながら言った。
「ならこの辺は?」
「オートキャンプ場か…いいかもね」
話がまとまったので再度トラックに乗った。そして俺が運転席に座り隣りにタケルが乗った。
「ヒカル、ゆっくりでいいぞ」
「ああ」
暗闇の中を更に進み、俺達は目的の場所を見つけた。辺りに住居は無く森の中に建物があった。
「ゾンビはいない」
「よし。行こう」
その建物は一軒家で、そこそこの大きさがあった。俺が裏の窓を割り鍵を開けて中に侵入する。そして玄関に行き鍵を開けた。入って来たタケルがリュックからランタンを取り出してテーブルに置くと、部屋の中が明るく照らされた。
「入れ」
皆が入って来る。
「ロッジだ!」
「いいじゃない!」
「なんかいい雰囲気だね」
皆がその建物を見て言う。なんと言うか前世で言うところの村の宿場のような建物だが、守りやすい構造になっている。
「荷物を下ろせ」
俺が言うと、皆が荷物を床に降ろして座り込んだ。
「ふう」
「疲れた…」
「そうね」
「流石にもう動けないわ」
「たしかに無理ね」
皆が疲労困憊のようだが、アオイが皆に明るく言う。
「でも! 生きてるよ! わたしたち生きてる!」
「そうね! 葵ちゃん。生きてる」
「ホント…ちゃんと生きてるね」
「ふふっ、信じられないわ。生きてる…」
「本当だよ。信じられないよ…うぅう」
「ううう」
「ぐすっ」
逆に女達が泣き始めてしまう。それにつられてアオイも泣いた。
「うう、うわーん」
「よかったよお!」
「助かった」
「みんな、みんな無事でよかった」
「うわーん」
ユミがタケルに抱きついて泣き、タケルが俯いて目をつぶり微笑んでいる。ヤマザキも目頭を押さえて下を向いていた。物凄い爆発から狙撃をぐくり抜け、やっと自分達が助かった事を自覚したらしい。俺は周囲を気配感知で警戒しながらも、窓の外を見ているのだった。しばらくすると皆が落ち着いて、アオイを含め何人かが眠ってしまった。
タケルはまだ体力が残っているようで、ロッジ内を物色して周る。
「ポリタンクがあるな。お湯を入れる用か?」
窓の外を見ていう。俺もそれを確認してタケルに聞いた。
「ポリタンクとはなんだ?」
「多分お湯を運んだりするものだ」
「お湯を? 水も運べるか?」
「運べると思うけど、満タンにしたら何百キロあるかわからねえ」
「ちょっと川に汲みに行って来る。俺の気配感知では周囲五百メートルにゾンビはいないが、念のためタケルが見張りに立て」
「マジか? わかった」
「よし」
俺は外に出てそのタンクを見る。上と横に黒いふたのような物があった。
「ここから汲むのか」
俺はタンクを持ち上げた。スッと持ち上がったので中には何も入っていないらしい。俺は水の音がする森に足を踏み入れる。森を抜けて更に先に進むと水の音がはっきり聞こえて来た。
「あった」
俺はタンクを持って川に入る。そして上の栓を開けて、そこから水を入れていく。少しずつ入って来たので、そのままさらに深いところに進みタンクを沈めた。ごぽごぽと空気を吐き出しながら、水が満タンになる。俺はそれを岸に運び上の栓をしめた。
「よし」
持ってみると確かに重くなったが、自動販売機よりも軽いので問題はない。四つは重ねても運べそうだ。そのまま森を通過してロッジに戻る。
玄関に向かい俺はコンコンと扉を叩いた。
「お、戻って来たか」
「水だ」
「マジか」
タケルがタンクをグイっと押す。
「びくともしねえ」
「満タンにしてきた。明日の朝、水浴びが出来るぞ」
「いいね。皆も喜ぶ」
「タケルも休め。俺が見張る」
「すまねえな。俺もそろそろ限界だ」
「かまわん」
俺が玄関そばの窓ガラスから外を見る。タケルは奥の部屋に行って寝てしまうのだった。寝静まった部屋には、川の音と時おり聞こえる動物の鳴き声が響くだけ。むしろ東京よりも落ち着くかもしれない。そして俺は昼間の狙撃を思い出し、次に遭遇した時の対処方法を考えるのだった。




