第134話 狙撃
キノコ雲は天にも届くほどの高さまで上がっていく。皆は呆然としており、何をしたらいいのか分からなくなっているようだ。しばらくすると皆は力なくバスの席に座り込む。俺はヤマザキを起こして言った。
「すぐにバスを動かそう」
「ああ、分かった」
ヤマザキが運転席に座り、カギに手を伸ばして回した。
チュ、チュチュチュチュチュチュ。チュ、チュチュチュチュチュチュ。
「どうした?」
「わからん。エンジンがかからなくなった」
どうやらバスは壊れてしまったようだった。すると女達がボソボソと話を始めた。
「そんな…東京に核ミサイルが撃ち込まれるなんて」
「アメリカかな? 何処から飛んで来たんだろう?」
「そんな。他の国じゃない?」
「まさか、ファーマー社が保有してた?」
皆は明らかに狼狽えていて、とにかく起きた現実が受け入れられないでいる。俺は皆に伝えた。
「バスが動かん。次の降り口まで歩くしかない」
ミオが立ち上がって皆に言う。
「立ち止まってはいられないわ。ヒカルの言う通り先に進まないと」
ミナミも皆に説明をする。
「風向き次第では、こっちに放射線が降るかもしれない。急いだほうが良い」
それを聞いたタケルが一人一人に手を貸して起こしていく。既に明るく話す気力も無くしているようだ。俺が皆に忠告した。
「食糧以外は置いて行く、なるべく軽くしていこう」
するとミナミが俺に言った。
「最低限、日本刀は持って行った方が良いよ」
「体力が削られるぞ」
「ヒカル、ミナミの言うとおりだぜ。お前の日本刀は命綱だよ。もってこうぜ」
「持てる分だけでいい」
「ああ」
荷物を持った俺達はバスを降り、高速道路を北に向かって歩き出した。皆の足取りは重く、足を引きずるように歩いている。そしてヤマザキが標識を見上げた。
「岩槻インターチェンジだ」
「降りよう」
俺達は横道にそれて高速道路を降りていく。周辺にはちらほらゾンビがいるが、なぜかキノコ雲に向かって歩いて行ってる。俺達が近くに寄った時だけ、こっちに近づいてくるようだ。
「ゾンビは気にするな。全て俺が駆除する、車を入手する必要があるぞ」
皆は俺の言葉にうなずくだけだった。口を開くことなく周辺の車を見渡した。使えそうな車は見当たらず、ずるずると先に進んだ。
ヤマザキが道向かいを見て俺達に振り向く。
「車屋だ! ディーラーだぞ」
「本当だ」
俺達は道を渡り、大量に車が並んでいる場所へと向かった。
「CRV車が並んでいる。事務所で鍵を探そう」
俺達はヤマザキについて車屋に入る。既に慣れたもので、どのあたりに鍵があるのかすぐにわかった。だが俺はすぐに外に出ずに皆に言う。
「少し休んだ方が良いだろう?」
だがミナミがそれを拒む。
「だめ。風が吹けばこっちに雲が流れてくるかも」
「なぜそれがダメなんだ?」
「黒い雨が降る。人体に被害がでるわ」
「そういう物なのか?」
「私だって良く分からない。だけど、とにかく遠く離れた方が良いのは分かる」
「わかった」
俺達は車と鍵を合わせて、三台のCRV車とやらに乗り込んだ。荷物をきちんと積み上げて隙間なく積み込む。
「どこに行くか?」
ヤマザキが言うが、正直俺にはどうしたらいいのか思いつかなかった。だがそれにミナミが答えた。
「とにかく北へ。都心から離れましょう」
「わかった」
俺達の車は、そこからひたすら北に向かって走り続ける。
俺は一緒に乗っているミオに言った。
「この道は」
「そう、私達が逃げて来た道。日本の北に向かって走っているの」
やはりそうだった。見覚えのある道だ。少し走っていると、俺とタケルがアオイを救出した現場に出た。それを見てアオイが暗い顔をした。この先に行けば、アオイ達が潜んでいたアジトがある。
「アオイ達がいた場所に行って見るか?」
俺がアオイに聞くが、アオイは首を振った。
「そうか」
「うん。皆死んだと思うから…」
「そうか」
悪い事を思い出させてしまった。
「せっかく逃げて来たのに…」
「大丈夫だ俺がいる」
「うん…」
そして俺は運転席に座ったミナミに聞いた。
「体に悪いって言ってたな?」
「そう。放射性物質が人体に悪影響を及ぼすの。埃とか吸っても癌になっちゃうかもしれないし、百キロくらいは離れた方が良いと思うの」
「だと、どのくらいだ?」
俺が聞くとミオが地図を広げる。
「宇都宮あたりかな」
「ウツノミヤ?」
「ここから一時間ぐらいだと思う」
「そうか」
更に俺達が先に進んだ時、明らかに道が閉鎖されている場所に出くわしてしまう。そこで車を止めて、先頭のヤマザキが俺達の車まで走って来た。
「明らかに故意だぞ!」
次の瞬間、俺は咄嗟に車のドアを飛び出して剣をふるった。
ギィン!
「皆! 伏せろ!」
皆が車の中にふせた。俺が斬ったのは銃弾だった。ヤマザキを狙ってどこからか撃ち込んできたようだが、射線から敵がどの方角にいるかは割り出せている。俺は全身の気を集中させて、攻撃をしてきた方向に剣を構えるのだった。
車の後ろに隠れたヤマザキが聞いて来る。
「なんだ?」
「銃で撃たれた。離れた所から撃って来た奴がいる」
「本当か?」
「ああ。とにかく頭を引っ込めていろ」
次の瞬間。
ギィン!
俺はまた銃弾を弾いた。敵の方に向かえば対応は出来るが、ここに皆を置いて行く訳にはいかない。敵は一人とは限らないからだ。しかも射撃がやたらと正確で、二発の銃弾は確実に頭を狙ってきていた。
「ヤマザキはそのまま車に乗れ」
「ああ」
ヤマザキが立ち上がると、再び銃弾が飛んで来た。俺がそれを斬り落としている間に、ヤマザキは車に乗る。俺はミナミに聞く。
「敵の気配が微弱だ。恐らく距離がある」
ドアの向こうのミナミが答えた。
「たぶん狙撃されてる。動けば撃たれるわ」
どうやら俺達は路上に釘付けにされてしまったようだ。
ガシャン!
先頭の車のガラスが割れる音がした。距離がある為、銃弾を斬り落とす前に着弾したようだ。俺は一番前の車まで走り、中の人間に聞く。
「怪我をした者は?」
「い、いないよ」
ツバサが答えて来る。
「とにかく頭を引っ込めていろ。絶対に頭をあげるな」
「わかった」
三台の車が少し離れすぎている。一カ所にまとめないと守りきれない。
しくじった…。あまりにもの強大な爆発を見て、周囲の警戒をおろそかにしていた。それにもまして、かなりの距離があり敵の位置が正確につかめなかった。
「ツバサ。そのまま車を後ろに下げられるか? 頭をあげずにだ」
「や、やってみる!」
俺が運転席の扉の側に立って指示を出した。
「ゆっくりだ」
すると車がゆっくりと下がり始める。それを狙うように銃弾が飛んで来たので俺は斬った。
ゴン、と後ろの車に接触する。
「停めろ」
「うん」
そして俺は最後尾の車の所に行く。
「ミナミ。頭を出さずに、ゆっくり車を前に進めろ」
「わかった」
するとジワリと車が前に動き出す。またその瞬間を狙ったように銃弾が飛んで来た。銃弾を斬り落とし、車は前の車に接触する。そして俺は全員に伝えた。
「いいか? 皆! 頭を出すなよ!」
俺はそのまま立ち上がり、気配探知を一気に広げた。
百メートル、居ない。
二百メートル、居ない。
三百メートル、居ない。
俺が気配探知を拡大させていくと、ようやく気配をつかんだ。なんとそいつは一キロほど先にいる。そこから正確に俺達を狙っているのだ。
「そんな事も出来るのか…。三十六階層のニードルビットの針みたいだ」
敵の位置と攻撃速度を考えつつ、俺は皆の脱出経路を割出して行くのだった。




