第128話 炎上する都市
俺が飛び乗るとタケルが車を発進させた。すると右手の川の向こうに何台もの車のライトが浮かび上がる。橋を渡って俺達の前に出るつもりだろう。タケルが叫んだ。
「ヒカル! 右前方から新手が来たぜ!」
「問題ない。橋は斬ってある」
追手の車列が橋の途中に差し掛かると、橋の一部がすとんと抜け落ちてそのまま海に落ちていった。勢い余った後続車も何とか停まろうとしたが、全車同様に川に落ちて行く。
「ははっ…ボロボロ落ちてく」
タケルが言った。それを見ずに、冷静に後ろの座席で地図を見ていたミオが言う。
「ここを真っすぐ、品川方面に行く道に出るからそれを右!」
だが俺はミオに言った。
「いや。このまま真っすぐだ。このまま進め」
「了解」
タケルは俺の指示を聞いてそのまま真っすぐに進んだ。
「どこかで路地に入れ」
「わかった」
「ライトを消せ」
「おう」
視界は真っ暗になったが、俺はミオから懐中電灯を借りる。そして車を前を照らしつつ、タケルに指示を出した。
「どこか車を隠せるところは?」
「そこの民家に、開いてるカーポートがあるぜ」
「そこに頭から突っ込んでエンジンを切れ」
タケルがエンジンをきって静かになると、ようやく三人は気が付いたようだ。
ミナミとミオが言う。
「ヘリの音だ」
「車のエンジン音で聞こえなかった」
それに俺が答える。
「距離はある。だがこちらに向かってきているようだ」
「どうする?」
「やりすごぜるとは思えんな。車を置いて行こう」
「わかった」
俺達が車を降りると、ミナミが言った。
「ねえ! この車。ファーマー社のマークが書いてある!」
タケルとミオがそこに行って見た。
「マジか。つーことは、あの軍人はファーマー社の奴らか」
すると今度はミオが言う。
「武が着てる上着の胸にもあるよ!」
俺達が奪った上着の胸に何かの文字が書いてある。
「間違いなくファーマー社の制服みたいよ」
自分の胸を見てタケルが言う。
「じゃあアイツらは、ファーマー社の警備もしくは私兵って事かもしれねえ」
どうやらゾンビ因子を開発した会社の兵隊らしい。俺は車の後ろに行って、後部の扉を左右に開いた。
「武器があるぞ」
タケル達が来てその武器を見る。
「これ、バズーカとかじゃねえかな?」
「見たことないのもあるよ」
車の壁に武器らしきものがぶら下がっていた。
俺が言う。
「いくつか持って行こう」
「わかった」
俺達はその武器を外して、それぞれがそれを持つ。そして俺達はすぐに民家の間の細い路地を移動し始めるのだった。路地を出ると道は左右に分かれた。
「どっちに行く?」
「なるべく大通りは避ける」
「了解」
俺が進むと三人が俺の後をついて来た。ヘリコプターの音は聞こえるものの、俺達の後方付近を旋回しているようだ。地図を見て俺が言う。
「今の位置は?」
俺の言葉にミオが周りを見渡した。そして道のわきに立った柱にある標識を見て言う。
「川崎の中島二丁目って書いてある」
地図を見ると、浮島からそれほど離れていなかった。俺が皆に言う。
「付近の大通り、及び橋は危険だ」
「ならずっと迂回していく?」
そして俺は地図をずっとなぞっていく。そして一か所を指さした
「ここまで行く」
「武蔵小杉か、結構距離があるな」
「そしてこれを渡ろう」
「線路か、もう少し手前にも線路はあるぞ」
「近すぎる。それに渡った先に敵がいる可能性が大きい」
「わかった」
俺がなるべく荷物を持ちたいところだがゾンビの処理がある為、皆を頼らざるを得なかった。俺達はヘリコプターの音を聞きながら、路地裏から路地裏へとすすんだ。それからしばらく進んでもヘリコプターの音は追いかけて来ている。
タケルが言った。
「ヘリが増えたようだな」
「血眼になってるんだろう」
「車で逃げていると思ってるかね?」
「そうだな。とにかくしばらくは徒歩だ、ミナミもミオも大丈夫か?」
「不思議だよね。昔ならへばってた」
「私も、体は全然疲れないみたい」
身体強化の効果が出ているようだ。ここまでの情況から考えると、既に一度は休憩していただろう。ヘリコプターの音も聞こえ、焦っているはずだが皆は冷静に行動出来ていた。
一時間も歩いたころ、俺が三人に言う。
「あの建物に登ろう」
「集合住宅っぽいな」
「ゾンビの気配が多数あるが、一気に屋上に登って確認する」
「わかった」
一階から入り俺達はゾンビを斬り捨てながら屋上に到達する。そしてヘリコプターの音が聞こえる北東の方角を見た。
ミナミが指さして言う。
「あの赤い点だよね?」
「あのまま、あそこに居たら見つかっていただろう」
「何機飛んでる?」
「いち、二、三…六機もいるよ」
「橋を落とさねば、相当な数が陸地を追いかけて来た」
「ヒカルの作戦通りって事ね」
「派手にやってよかった。タケルの機転で騒ぎを起こしたのが功を奏したぞ」
「えっ? おりゃ失敗だと思ったぜ?」
「あのヘリコプターは東京方面に向かってないだろう? 恐らくこっちに逃げたと推測しているようだ。敵にもそれなりに凄腕がいるって事さ」
「じゃあ、俺達がヤバいんじゃね?」
「それこそ思うつぼだ。敵の攻撃部隊の矛先がこっちに向かう事を願ってるさ」
するとミオが言った。
「ひとまず水飲も、喉がカラカラ」
俺達はペットボトルの水を取り出して飲んだ。その時。
ズドン! と音がした。
それでミオが手を滑らせてペットボトルを落とす。北東を見ると火の粉が上がっている。その後も連続して爆発音が聞こえ、町のあちこちから火の粉が飛び始めた。
「爆撃してる…」
ミナミが言った。
「行こう」
俺が言うと、皆は荷物を背負った。そして再び地上に降りて、南西に向かい歩き始めるのだった。それから一時間ほど歩き続けて俺達は目的の場所を発見する。
ミオが地図を見ながら言った。
「これが武蔵小杉の駅」
「なら線路伝いに西へ向う」
そこから十分ほど進み、俺達は川岸にたどり着く。
ミオが言った。
「新幹線の線路だね」
「遮蔽物もあるし、これで渡るのが良いだろう」
「爆撃は続いているぜ」
「そのようだ」
そして俺達は新幹線の線路に登り川を渡り始める。万が一ここで狙い撃ちされるとひとたまりもないため、俺は三人に号令をかけた。
「走るぞ!」
俺が先頭を走りつつ右手を見ると、俺達がさっきまでいた街が火の海と化していた。
タケルが言う。
「あそこに留まっていたら丸焦げになってたかも知れねえな」
「ああ」
俺達は何事も無く河を渡りきる。そこでミナミが空を見上げて言う。
「そろそろ夜が明けるわ」
「日が昇りきる前に、ここに行く」
「目黒か」
それを見たミオが言う。
「ここから、一時間ってところね」
タケルが二人に言う。
「二人は、このまま行って大丈夫か?」
「問題ない」
「私も」
タケルが俺を振り向いて言った。
「だそうだ」
爆撃はまだ続いているようだ。恐らく俺達をあぶり出すつもりなのだろう。
そこで俺は自分の判断にホッと胸をなでおろした。一歩間違えば三人を死なせてしまう可能性があった。
「次は都市部の敵だ」
「増援は来ねえかな?」
「他の拠点に情報が伝わるまでどのくらいかは分からんが、都市部に入った方がやりやすい。あとは時間が全てだ」
「了解」
俺達は再び路地を通って目的地へと向かうのだった。
2024年も何卒よろしくお願いいたします!