第123話 東京スカイツリー
少し強くなった体になり皆が外に出たがるようになった。ゾンビを恐れぬようになることは良い事だが、やはり噛まれればゾンビにはなる。冒険者でも自分が力を付けたと思った時が一番危ないのだ。
皆の今の身体能力は、もちろん俺はおろか前世の冒険者にも遠く及ばない。ただ少し強いだけの人間といった所だ。ゾンビだけの都市部ならば俺が一緒に居れば問題ないが、そこにヤクザが現れた場合はそれに限らない。
「東京スカイツリーとかダメかな?」
俺にマナが聞いて来る。東京スカイツリーにアオイを連れていきたいと言ってきたのだ。
「あの塔か」
マナの隣りにアオイが立っており、マナと手を繋いでいた。
「葵ちゃん。行った事無いんだって」
それを聞いていたヤマザキも俺に言った。
「さすがに地下と武道館の往復では、皆の気持ちもかなり参る」
確かにそれはそうかもしれない。俺は前世でずっとダンジョンに潜っていたから、皆のその気持ちは良く分からないが、ずっとここにいるのは厳しい。
「東京スカイツリーまではここからどのくらいだ?」
「ここから地下鉄が続いている。近くまでは地下鉄を走ればいい、三十分くらいじゃないか?」
なるほど。それならば危険性は少ないかもしれない。
「いってみるか」
俺が言うとマナがアオイの頭をポンポンしながら言う。
「やったね!」
「う、うん。でも本当にいいの?」
「十分注意していけばいいだろう」
「や、やった」
アオイが申し訳なさそうにいう。なんだが、アオイのその表情を見ると申し訳なくなってきた。マナもアオイが可哀想で俺に言ったのだろう。そもそも、禁止にする権限が俺にあるわけでもない。
そして俺達は地下鉄で東京スカイ〇リーに向かう事になる。最寄りの駅にはもう何台ものバイクが用意してあるので、俺達は水や食料と武器を持って出発した。俺がゾンビを始末する為に先頭を走り、皆が後ろをついて来る。なんだがタケルが人一倍嬉しそうだった。
ニ十分も走ると、俺達のバイク集団は最寄りの駅に到着した。
「ここだ」
ヤマザキが言ってバイクを降り、地下鉄駅のゾンビを掃討しながら地上へと昇って行く。地上に出てもゾンビがいるが俺が難なく掃討した。そしてすぐ眼前に天にも届きそうな塔が現れる。
「凄いものだな」
俺が言うとマナが俺に説明をしてくる。
「日本で一番高い建造物だよ」
「そうなんだな」
皆は、ただ黙ってその塔を見上げている。以前は大勢の人間がいたであろうその塔は静まり返っており、ただ使われる事無く、そこに佇んでいるだけだった。
すると今度はユミが言って来る。
「中には入れないのかな?」
それに俺が答える。
「入ってみるか」
「いいの?」
「入るだけなら問題はないだろう」
そして俺達が東京スカイツリーの内部に侵入する。ゾンビがいるが俺はそれを掃討しながら奥へと進んでいく。すると女達がアオイを呼んだ。
「葵ちゃん! グッズあるよ! おいで!」
アオイが呼ばれるままに女達のもとに行くと、雑貨を手に取ってあれやこれやと話をしていた。俺もそこに行って背負って来たリュックを差し出す。
「アオイ、欲しい物をこれに入れろ」
するとアオイの表情がぱっと明るくなった。
「よかったね葵ちゃん」
「うん」
すると今度はミオが俺に言って来た。
「上に登るのはどうかな?」
だが俺が答える前に、ヤマザキが言った。
「流石にそれは危険だろう。もし登っている時にヤクザのヘリが来たらひとたまりもないぞ」
「そうか…」
それを聞いたアオイが一瞬目を伏せるが、すぐに上を向いてヤマザキに言った。
「もう十分。グッズももらったし、楽しかったよ! ありがとう!」
「すまんな葵ちゃん。流石に危険すぎてどうしようもならん」
アオイが苦笑いをしながら首を振っていた。どうやら行って見たいものの、自分でも危険な事ぐらい分かっているのだろう。
だが…
俺がみんなに言った。
「なあ、みんな」
「どうしたの」
「俺がまずこの館内のゾンビを掃討してくる。戻ったらアオイと二人で上に登るって言うのはどうだ?」
するとマナが言った。
「いいの?」
「もちろんだ」
ヤマザキも俺に聞いて来る。
「無理はしなくてもいいぞ」
「無理なものか。アオイが見たいのなら連れて行ってやる」
それを聞いた女達がアオイに言った。
「よかったね! 葵ちゃん!」
「言ってみるもんね!」
「さ! ヒカルの気が変わらないうちに!」
そして俺は館内のゾンビを全て掃討した。皆の所に戻るとアオイが俺のもとに来る。
「破った入り口は閉鎖して来た。皆はここで待っていてくれ、いざとなったら銃を撃って倒せ」
タケルが親指を上げて言う。
「任せろ。葵ちゃん! よかったな!」
「うん」
そして俺はしゃがみ込みアオイを背負った。
「行くぞ」
「うん」
見つけた階段を使って一気に駆け上がっていく。階段にはゾンビは一切おらず、最上階まで五分程度で到着する。そして階段の踊り場から広場へと出て行く。
そこに広がる光景に俺も感動した。東京のビル街が一望でき、遠くまで見渡す事が出来た。アオイを下ろし、俺がアオイの手を取ってそのガラス窓まで行く。
「わあ!」
「凄いな」
「うん!」
「一周してみよう」
「わかった」
そして俺達が東側に差し掛かった時だった。
「おにいちゃん! あれ!」
「ああ…」
なんと東側の遠方に煙が上がっているのが見えた。
「あれはなに?」
「まあ、人間だろうな。何をしているのかは分からん…」
「怖い」
「おいで」
俺はアオイを抱いて、その煙を眺めていた。だが詳しい情報を、そこから得る事は出来ない。アオイも楽しい気分が一変してしまったのか、青い顔をして不安な表情を浮かべていた。
「問題ない。俺が全部解決してやる」
「うん」
俺は再びアオイを背に背負い、一気に皆の元へと下りるのだった。すると皆が声をかけて来る。
「葵ちゃん! どうだった!」
「う、うん…」
曇るその表情に皆が顔を見合わせる。そしてユリナが俺に聞いて来た。
「何かあったの?」
「煙だ。東の沿岸部あたりだと思うが、煙が立ち上っていた」
「えっ!」
「マジかよ!」
「うそ!」
「そんな…!」
皆が驚愕の表情を浮かべ言葉を失ってしまった。
俺は皆に伝える。
「もしかすると奴らが東京侵攻を開始したのかもしれん」
ヤマザキがそれに答えた。
「かもしれんな。だが、不幸中の幸いとはこれの事だ。葵ちゃんがスカイツリーに行ってみたいと言わなければ、俺達はいつの間にか追い詰められていたかもしれん」
「ああ。まず一気に攻めてくる事はないだろう。恐らくあれは、ゾンビがいるような場所を潰して進んでいるのだと思う。猶予がどのくらいかは分からんが、それまでに俺達も手を考えておく必要がある」
「だな」
そして皆は来た時の明るい気持ちが閉ざされ、暗い表情で地下鉄の駅へと潜っていくのだった。
いい思い出にするつもりが…




