第11話 新たな仲間
俺達が乗る鉄の車は上へ上へと登って行く。ここには理路整然といろんな形の鉄の車が停められているようだった。しかもそれらは痛みが無いようで、綺麗な状態で置いてある。この塔は外壁に隙間が空いており、外が見えるような作りになっていた。
マナが笑って言う。
「みんな喜ぶね」
さっきまでの怯え切っていた表情にもゆるみが出てきたようだ。恐らくはゾンビ以外に、より強力なモンスターが出るのを恐れていたのだろう。ここまでゾンビくらいしか遭遇していないので、もしかしたらかなり強大なモンスターが隠れている可能性がある。
主クラスの奴が居たら雑魚モンスターは寄り付かんし、ゾンビしかないのはその為かもしれん。奴らは知能が無いから危機察知能力が皆無だ。まあ前の世界では地下ダンジョンに潜るならいざ知らず、地上に俺の敵になるようなモンスターはもういなかった。だがここは違う世界かもしれないから油断は禁物だろう。
「だな、久々の米だ」
ヤマザキがマナに答える。ヤマザキの言葉にも緊張の色が薄れているのが分かる。
そして突如天が広がった。どうやらこの塔の天上にまで登って来たのだろう。するとそこに数台の鉄の車が泊まっており、その周辺に人が待っていた。俺達が鉄の車を降りてみんなの前に姿を現すと、集団の方から俺達に近づいて来る。
「良く戻ってくれた! 時間がかかったからもうダメだと思ったぞ!」
その集団の一人の男が声をかけて来た。髭面の野太い声の男だった。
「堂嶋さん…。佐竹が死んだ」
「なに! ゾンビか!」
「ゾンビに噛まれ変異したので、仕方なく…」
「そうか…」
ざわざわと集団がざわつき始めた。すると一人の女がタケルに駆け寄る。
「武! どうしたの! その腕! 腕が!」
すると暗い顔をしてタケルが俺を睨みつけた。それを合図に、一斉に集団の視線が俺に注がれる。するとミオが皆に何かを言った。
「この外国人のおかげで私たちは助かったの! タケルは噛まれたんだけど、すぐに処置をしたからその状態になったのよ!」
するともう一人の女が駆け寄って来て叫んだ。
「大怪我じゃない! ちょっと見せて!」
黒髪の眼鏡をかけた女が、タケルの破れた袖をまくり上げて絶句した。
「なに…これ…。傷が塞がって血が出ていない。まるで何年も前に切断したみたい…」
すると皆がタケルに集まり、その袖の中身を覗いているようだ。
俺が蘇生魔術を使えないばかりに…、きっと生えてない腕の事を怒っているのだろうな…。と言うかこの集団に蘇生魔術を使える奴が居ないと言う事か…。
タケルの腕を見ていた黒髪眼鏡の女が、ミオの方を向いて何かを訴えかけているようだ。それに対してミオが答える。
「それが…、私にもわからないの」
「でも、見てたんでしょ!」
「それがよく見てなかった」
するとタケルに寄り添っていた女が言った。
「よくもタケルの腕をこんな風にしてくれたわね!」
タケルと女が二人で俺を睨んでいた。やはり腕が生えていない事を怒っているらしい。ここは素直に謝るしかないだろう。
「スマン」
「いや、それは違うかもな」
俺の声を遮ってヤマザキが声をあげた。
「何が違うの?」
「放っておけばすぐにゾンビになるくらいの深い傷だった。ゾンビに変わる前に、速攻で腕を落として処置をしてくれたんだ。むしろ命の恩人と言っても良いと思うぞ」
「命の…」
「そうだ」
ヤマザキに何かを言われて、二人は黙り込んだ。
まあ俺の予想だが、ヤマザキは蘇生魔術で何とでもなるだろうと言っているに違いない。だが蘇生するなら三、四日中に何とかしなければならない。俺はミオの肩を叩いて聞いてみる。
「ミオ、ソセイマジュツシカセイジョはイナイノカ?」
「えっと、もう一度」
「ソセイマジュツシイナイカ?」
「ごめんなさい。言っている事が分からないわ。誰か! ジョージアの言葉分かる人いる?」
ミオが周りに蘇生魔術使いを知っているか聞いているのだろう。だが皆が首を振った。眼鏡をかけた黒髪の女がポツリと言う。
「ドイツ語なら…」
「そうですか…友理奈さんなら…と思ったのですが」
「ごめんなさい」
今のゆっくりした会話を聞いて、俺は勘違いしているのかもしれないと気が付いた。もしかしたら俺の言葉が分からない為に、理解できる人を探している気がする。
蘇生魔術って…この世界でなんて言うんだろう? とにかくこの世界の言葉を覚えなければ、埒が明かない。すると髭の男が言った。
「とにかく長居は無用だ。急いでコロニーに戻ろう。食糧があるのが分かったのなら、隊を組んで取りに来る必要がある」
ヤマザキが答える。
「そうだな。高級スーパーだけあって結構な品揃えだった。しかもゾンビの侵入も抑えてもらえた」
「どうやった?」
「…信じられんが、車を飛ばして塞いだ」
「…意味が分からん」
「とにかく、ここで話していても危険だ。早く出発しよう」
「そ、そうだな。その外国人も連れていくのか?」
「もちろんだ」
すると、さっき俺に怒鳴って来た女が言う。
「え! 私は反対よ! タケルの腕をこんな風にしたやつなんて連れて行ってほしくない!」
すると今度はマナが口を開く。
「由美さん。彼は連れて行った方がいいわ、じきにそれが正解だったと分かるから」
「何が正解? タケルの腕はもう無いのよ!」
「いや、由美。悔しいけど俺の腕はもう戻らない、でもアイツは連れて行った方がいい」
「何を言っているの! タケルは、自分の腕をそんな風にしたやつを許せるの?」
「我らの生存率を上げる為には、彼の力が必要だと思う」
「山崎さんまで!」
「由美さん。ごめんなさい私もそう思う」
「美桜ちゃん…」
するとヤマザキが髭男に尋ねる。
「堂嶋さんはどう思う?」
「生存者は助けるべきだろう。それが日本人じゃなかったとしても、こんな若い男を助けずにしてどうする? しかも金持ちっぽいしな。もしかしたら特別なルートなんかを知っているかもしれんぞ」
「いや確かにル〇ヴィ〇ンに身を包んではいるが、…彼は恐らく軍人もしくは軍関係者だ」
「そうなのか?」
「言葉が分からんから、はっきりとは言えんがおそらくな」
「…わかった。連れて行こう」
どうやら話し合いのめどがついたようだ。ここに待っていたのは八人で、鉄の車は四台のようだ。それぞれが鉄の車に乗り込み、鉄の車は再び塔の中へと潜っていく。ミオは相変わらず俺の横に座ってくれた。さっきよりも落ち着いたようで、ゆっくりと状況の説明をしてくれている。
なるほど。どうやら俺も皆の元へと連れて行ってくれるらしい。もしかしたらギルドのような場所なのだろうか? 戦利品を引き取ってくれる場所があるのかもしれないな。
塔の間の道には相変わらず鉄の車がたくさんあり、俺達の車列はその間を縫うようにして行く。道には時おりゾンビがいるくらいで車で踏み潰していく。魔獣も他のモンスターも出る気配はなかった。すると鉄の車は急な坂道を登り始め、橋の上に出た。下の道よりも鉄の車は少なく更に鉄の車は速度を上げた。
「スゴイハヤイ!」
俺がミオに言う。
「高速道路に乗ったから。一旦郊外に行くのよ」
「コウソクドウロ、コレ?」
どうやらこれは早く走る道路らしい。
「そう、高速道路。ここは車が少ないしゾンビも少ないから」
「ゾンビノホカイナイカ?」
例えばドラゴンとか、キマイラとかワイバーンとか。
「人はほとんどいないわ」
いや、人じゃないけど。まあいいか‥
「ヒトイナイ?」
「ええ。都心部にはほとんど」
「トシ、マチ?」
「そう街には人は居ない」
街に人がいないってどういうことだ? こんなに塔がいっぱいあって人が住んでいないなんて事があるのだろうか? まあ謎だらけだがそう言う世界なのだろう。
「ミオオレニ、コトバ、オシエテホシイ」
「分かった。じゃあまず…この乗っているのは車」
「クルマ」
「そう! 車!」
俺はミオの口元と身振り手振り、そして思考加速と詠唱理解によって急速に言葉を覚えていくのだった。




