第10話 走る鉄の馬車にて
皆が急に黙りこくってしまい、俺は自分のした事を後悔していた。
もっとやりようがあったのではないか? 神の塔を射程から外せば良かったのではないか? いや、あの道端に建っていた棒ではどうやってもあれが限界だった。やってしまった事はやってしまった事として、俺はそれを受け入れるしかないだろう。神の塔を破壊して只で済む訳が無いもんな…
「よし! ワゴンだ!」
突然ヤマザキが鉄の馬車を指さし皆に声をかけた。そしてポケットからなにかを取り出し、その扉らしき場所に向けた。
ピピッ!
いきなり音が鳴って驚いた俺は、鞄の中から包丁を取り出して構えた。
「あ、鍵を開けただけだよ」
「カギ?」
「そう鍵」
ミオが俺に教えてくれた。どうやらあの音は、この鉄の馬車の鍵が開いた音らしい。魔法の発生音とも違った不思議な音だった。そしてヤマザキが扉を開けると、他のみんなもそれぞれに扉を開けている。慣れた手つきからすると、この鉄の馬車の扱いを皆が知っているようだ。そして宝物庫から持ってきた戦利品を中に入れ込んでいく。
「みんな! 乗り込め!」
「わかった!」
「はい!」
「おう!」
皆が乗り込んでいく。
と言うより…馬はどうした? ここで何かを待つのか?
「はやく! ヒカルも乗って!」
ミオが言う。乗れと言っているらしい。
「ワカッタ」
チュチュチュッ! ブブーン! とおかしな音が聞こえ鉄の馬車が震えた。
「ナニ?」
「えっ?」
驚いている俺を見てミオが驚いている。すると馬もいないのに馬車が進み始めるのだった。
「ウゴイタ」
俺が言うとヤマザキが言う。
「この車は俺達が持ってきたやつだからな」
「モッテキタ?」
「そうだ。タンクローリーと一緒に乗って来たんだよ。念のため少し離して停めていたんだが、もう少し近い場所に置いておいたらよかった」
頭の後ろから見ているので、ヤマザキが何を言っているのか分からんが、恐らくこれは自分達のものだと言っている気がする。
「てかさ…、あんた何もんなんだよ」
タケルが振り向いて俺に聞いて来た。
「ナンダ?」
すると隣に座るミオが、俺の顔を見て身振り手振りで話す。
「ヒカルは何処から来て、何をしていた人?」
なるほど。おおむね言っている事が分かった。
「オレハ、グレシアコクノユウシャダッタ」
するとミオが言う。
「グルジアだって! 今はジョージアになったと思うけど」
いや…グレシア国だけど…。
するとタケルがミオに聞いた。
「ジョージアって何処にある国だっけ?」
「ロシアの下の方」
何を言っているのか分からないが、俺の国を知っているのか? ミオの手振りからすると知っているような感じだが…
マナがミオに聞く。
「ジョージアってどんな国だっけ?」
「えっと、たしかソビエトのスターリンの祖国」
「あの戦争の時の?」
「そう」
「へー」
四人の会話が分からない。俺の祖国の事を話しているのだろうか? するとまたタケルが俺に言って来る。
「あんたさ、ロシアの秘密兵器か何かか?」
何を言っている?
「ナニ?」
するとミオが俺を見て聞いて来る。
「勇者って言ったでしょ? 祖国の軍で訓練された兵士か何か?」
「ソコク、オレノクニカ?」
「そう! お国の軍隊の人?」
ミオが何かを構えるような仕草で話しているが、何を言っているのかいまいちわからん。がなんとなく状況と表情、そして何かを構える姿勢で分かった。
「クニデ、イチバンツヨイ。ソコクノタメニタタカッタ」
「祖国の為に…、このおかしな世界になる前に戦争してたって事?」
なるほど俺が戦ったかと聞いているらしい。
「ソウダ。タタカッタ」
「そう…」
何故か車内の雰囲気が静かになる。
俺が戦った事で何か問題だったのだろうか…。いや…そうか…俺があの神の塔を壊したからか…、あれの事で皆が暗くなっているんだ。あれは俺の独断でやった事でこいつらに責任はない。
「オレノ…ヤッタコト…ダカラセキニントル」
するとタケルが言った。
「いや…、あれは一方的に…」
マナも言った。
「そう、ヒカルは悪くないわ。上層部のせいよ」
マナの顔を見て話しを解読すると、俺は悪くないと言っているようだ。
「ダガ…、イロイロコワシタ」
するとミオが言った。
「あの戦争…、上が決めた事だから仕方ないと思う」
「シカタナイ?」
するとヤマザキも同情するような声で言う。
「気にするな」
「キニスルナ?」
「そうだキニスルナ」
「ワカッタ」
どうやら俺が塔を壊したことは不問にしてくれるらしい。こいつらは俺を庇おうとしてくれているようで、その雰囲気が強く伝わってくる。物凄く俺に気を使っているようだ。またタケルが聞いて来る。
「それで…聞きにくいんだが…もう一度教えてくれ」
「ナンダ?」
「あんた軍の秘密兵器だろ? 人造人間…いや、戦闘ロボットじゃないのか?」
「ジンゾーニンゲン? セントーロボット?」
「違うのか?」
違うのか? と言われても何がなんだか分からない。とにかく俺は勇者で、グレシア国の民を守ろうとして魔王と戦った男だ。だがその魔王は魔王ではなく世界の中核だったのだ。あの不毛な戦いを思い出すだけで俺はがっかりしてしまう。世界を救うつもりが、十数年かけて世界を滅ぼしかけたんだからな。あの事を思い出すだけで落ち込み、こいつらの言葉が聞こえなくなってしまう。俺がつい俯いてしまうと、またタケルが声をかけて来た。
「もしかしてエスパーとか?」
タケルが聞いて来るが、ミオがそれを制した。
「タケル! ヒカルは答えたくないみたいじゃない! そんなに詮索したらダメだよ」
「でもなあ…」
「言えない事情があるのかもしれないじゃない! もちろんあんな力を持つ人なんて、アメリカ軍とかロシア軍じゃ無ければあり得ないし。とにかく察しなさいよ!」
「へいへい…」
するとヤマザキが言う。
「そうだな。俺達はロシア軍の秘密兵器に救われたってわけだ」
「そうだよ! それでいいじゃない!」
車内の雰囲気が少し変わった。どうやら俺がやった神の塔の破壊を不問にすることが決まったらしい。俺は内心ほっとする。
そのときだった、乗っていた鉄の馬車がゆっくりと止まる。
「ミオ! トランシーバーで確認してくれ」
「わかった」
ミオが鞄に手を突っ込み、何やら黒くて四角いものを取り出す。その四角いものの突起を押して、突然それに向かって話をし始めたのだった。
「戻ったわ。そちらにゾンビは」
ガッ!
「良く戻った! こちらにはゾンビはいない! そっちの車は確認した! 登ってきてくれ!」
驚いた…。その黒くて四角い何かから、いきなり声が聞こえてきたのだ。おそらくそれは仲間で、ミオはそれを使って相手に話しかけているようだ。
「了解!」
すると乗っていた馬車が一つの塔の洞窟に向かって入って行き、上に向かって登り始める。するとミオがヤマザキに語り掛ける。
「この立体駐車場にはゾンビはいないみたいね」
「ああ。それを確認して、皆でここを待機場所に選んだんだ。屋上まで居なかったのは確認済みだから大丈夫なはずだ」
「みんな無事だよね?」
「危なかったら、今それを俺達に伝えるだろ」
「まあ、そうだよね」
俺には何の会話をしているか分からないが、どうやらあの黒い箱で仲間に連絡を取ったのだろう。そしてこの塔の上に仲間が待っているようだった。俺は無事にこの四人を仲間の元へと送り届けられたらしい。まあ途中からはこの鉄の馬車のおかげだがね。
「ヒカルを紹介しなきゃね」
「なんて言ったらいいもんかね?」
「難しいよね…」
どうやら俺を仲間に紹介してくれるらしい。だがそれよりも俺はこんな狭い洞窟を馬も使わず、すいすいと登って行く鉄の馬車の方に興味を奪われていたのだった。




