第9話:重罪を犯した俺
こいつらと一緒に歩き始めた俺は、改めてじっくりと周囲を見回してみた。
最初は実感がなく、きっと神の世界なのだろうと思っていたが生きた人間がいた。そうなってみるとこの世界は何かがおかしい。どこまでも鉄の馬車が乱雑に並び、神が作ったと思しき高い塔が連なっている。そしてそこら中にひなびた人間の死体が転がっており、見た事のない棒や白い柵が道端に延々と続いていた。
気になった俺がミオに尋ねたところ、あの塔は神の塔などではなく人民が働いたり買い物をしたりする場所なのだそうだ。
なら…その人間はどこにいるんだ? 気配感知には時おりゾンビが引っかかるくらいで、人間がいる気配などどこにもない? そして何故に死体を野ざらしにしているのだろう? 弔いの儀式などは無いのだろうか?
疑問だらけだが、この国の風習などが全く分からないので黙ってついて来た。しかしそろそろ聞かねばならない事がある。俺はミオを呼び止めて語り掛けた。
「ミオ、もう少し早くは進めんか?」
「なに?」
まどろっこしいが、身振り手振りを交えてもう一度言う。
「アー。イソゲ」
「ええ、分かってるわ。小走りに走ってるけどカートが重いのよ」
なるほど。この程度の荷物でも、重くてゆっくりしか進めないと言う事か。しかしどれほど脆弱な体なのだろう。まあ…そんな事はどうでもいい、こんなにのんびりしていたらどう考えても不味いのだ。後ろを見てくれればわかるが、追いかけてくるゾンビがどんどん増えてきてる。
俺はもう一度言った。
「ゾンビフエテル、ミウゴキトレナクナル」
「確かにそうね…」
するとミオが、ヤマザキに言った。
「山崎さん。カートをひとつ捨てましょう」
「ワゴンまで、もう少しなんだ! この距離なら間に合うはずだ!」
「危険だわ!」
「問題ないだろ! 急げばいい!」
「後ろを見てよ!」
「う、急げ!」
ミオとヤマザキが揉めているが、雰囲気的に手押し車を捨てるかどうかが焦点になっているようだ。もちろん戦利品なのだから捨てるわけにはいかないだろう。ミオに言われ、ヤマザキに続きマナやタケルが後ろを振り向いて青い顔をする。しかしまだ手押し車を捨てようとは思っていないらしい。
うーむ。俺がゾンビを討伐すればいいとは思うのだが、戦闘している間にのろまなこいつらにゾンビが群がってしまいそうだ。これがレインやエルヴィンやエリスなら、まったく気にすること無く暴れられるのに。いやむしろこのゾンビの量なら…レインが一発で消しちまうか…。だが今は包丁くらいしか手持ちがないのでやりようがない。ロングソードの一本もありゃ早いのだがな。
そんな事を考えながらも、こいつらが隠れられそうな場所を探す。そこら辺に塔が立っているので、中に入れてしまえばなんとか守れるんじゃないかと思う。すると…今までは気が付かなかったものが俺の目に映りこむ。赤くて平らな三角の板がついた白い柱が道端に建っていたのだ。何かの文字が書いてあるようだが、当然俺には分からないのでミオに聞いてみる。
「ミオ。アレナンダ?」
「えっ? どれ?」
俺が三角の形を作って、もう一度身振り手振りで言うとミオはこう言った。
「止まれの標識?」
「トマレノヒョウシキ?」
「そう。ていうか今それ必要!?」
ミオが汗を垂らしながら、怖い顔で俺に言って来た。まあこの際それはどうでもいい。あれが何かは分からないが、使えそうな気がしなくもない。しかしこの国の物を勝手に壊したら、俺は捕まってしまうのでは無いだろうか?
「アレ、ナニ?」
「えっ? 標識知らないの? ていうかそこらへんにあるじゃない!」
えっと…なに? ミオが指さす方にもいろいろあった。赤に青の丸の物や恐らく人間の形を記した物。そこらへん中に建っているようだった。
「アレコワス。ドウナル?」
「別に何もならない!」
ミオは顔をブンブンと振って、怒りながらも答えてくれた。
今、何もならないと言ったよな?
「チョットコッチニヨッテクレ」
俺がミオに言う。
「ちょ、今それどころじゃないよ! うしろうしろ!」
それは分かっている。ゾンビがどんどん増えているのだろう?
「ダイジョウブダ。カンガエガアル」
するとミオがヤマザキに伝えてくれるらしい。
「あの! ヒカルが止まってって言ってる!」
「いや! 今はダメだろ! ゾンビに取っ捕まって食われちまうぞ!」
「だけど、考えがあるって!」
「……」
「さっきの見たでしょ」
「なにかあるんじゃねえか?」
どうやらヤマザキが考え込み、マナとタケルが何かを話しかけている。
「だが失敗したでは済まされんぞ」
「いや待って…前…」
「うっ!」
やはり思った通りだ。ゾンビが来るのは後ろからだけじゃない、ゾンビが群れると仲間が寄って来るんだ。こいつらはそんな事も知らんで、こんな場所に来たというのだろうか? 全く持って不思議な奴らだ。ヤマザキが慌てて叫ぶ。
「逃げ場がないぞ!」
「どうするの!」
「やっぱりカートを捨てるべきだったんじゃないのか!」
マナとタケルがヤマザキに詰め寄っていた。まあ戦利品を多く持ち帰りたいという気持ちはわからんでもないし、ゾンビごときでそんなに言わんでも…
「ヒカル!」
ミオが俺にしがみつき名前を呼ぶ。こんな風に女に頼られる事なんて無かったから、俺はちょっと驚いてしまった。エリスなんて俺の尻を叩いて、めちゃくちゃモンスターを狩らせる事が多かったし。だがよく考えるとこいつらは弱い、あんなゾンビでも脅威と言えば脅威か。
「これをもらう」
俺はそのヒョウシキとやらの付け根にしゃがみ込み、包丁で根元を切った。ガキン! と言う音と共にスッパリと切れる。
なんだこれ…中身は空洞か…。なら振れるのは一回と言ったところだろうな。
「ドイテロ!」
俺はミオを横に押して、ゾンビが押し寄せている方角を見る。俺はその近い方のゾンビを見据えて、距離を計測し効果的な一撃を与えられるか見極める。
距離は四十メートルを切ったらだな。だが、なまくらの剣よりもたちが悪い空洞の棒だ。魔力と気の錬成で炎獄を纏わせられるのは一瞬。しかし懐かしい…レベル三十五あたりで覚えた技だ。この棒じゃ耐えきれないかもしれないが、問題ない…一撃で。
「錬成」
俺がその棒に魔力を流すと、空洞は潰れ楕円形になる。これで振りきれるようになるだろう。
「炎獄」
棒に炎が宿り、一気に数メートルの高さまでほとばしる。それを後ろ手に構えて、ゾンビを見据えた。もちろん、あんなノロいモンスターに対して外した事など一度も無い。
よし!
「炎龍斬!」
ボグゥ!!!
体を中心にその棒を振り回した。やはり剣では無いので、振り切る前にその棒が焼けて消滅してしまった。だが巨大な剣の形をした炎の波が、一気にゾンビに押し寄せていく。
やはり、一回が限界か。
炎の剣波はどんどん巨大になり、ゾンビ達を分断して燃やし尽くしていく。後方から押し寄せていたゾンビは一気に消え去ってくれた。だが…
「やべぇ!」
俺はマズい事に気が付いた。剣と違って魔力や剣撃の精度が調整できないのだ。
このまま行くと…
ドゴォン!
やっぱり…。俺の剣撃は神が作ったと思われる、塔の一階部分を大きくえぐってしまったのだ。俺は焦って声高らかに叫んでしまう。
「コワシチャッタ! ドウシヨウ!」
間違いなく俺はこの国の神か王に裁きを受けるだろう…、神の塔を破壊しておいてお咎め無しなんて聞いた事が無い。やはりちゃんとした剣でやらないとダメだった! 後ろに目撃者もいるし、俺はきっと牢獄に投獄されてしまうだろうか。
チラリと四人を見ると、また唖然とした顔をしている。
「アノ…」
俺が弁解をしようとした時だった。
「ヒカル! 前のゾンビもやれる?」
ヒカルマエノゾンビモヤレル? えっと、何てことしてくれたんだ! の間違いじゃなくて? てか塔を壊したショックで俺が呆然としている間に、前の方のゾンビもだいぶ近寄ってきていた。
俺はきょろきょろとヒョウシキを探すと、子供と大人が手を繋いでいるような青い絵の物を見つけた。すぐさまそれに近寄って切り取り、さっきと同じように錬成と炎獄で棒に炎を纏わせた。
「炎龍斬!」
すると前のゾンビも軒並み消す事が出来た。だが…また…やってしまった。前の方の塔の一部が吹き飛んでしまう。こんなことしたら…島流しとか、下手したら処刑とかじゃないのか?
そう思って四人を見るが、何か俺を見る目がおかしい。四人が四人ともポカーンと口を開けて目を見開いて俺を見ている。
この反応…間違いない…、俺は重罪を犯してしまったのだろう…
意思の疎通が…