美しい花
初めて投稿します!紫陽花の季節から描き始めて、今になってしまいました。
少しでも楽しんでくださる方がいたら幸いです。
紫陽花の花が咲きました。私の好きな青い紫陽花。
その年はとても暑い夏の予感で。束の間の美しい紫陽花を私はじっと見つめていました。
パチン。
「レディ・アン?どこにいるの?」
恋人の声がします。
パチン。
「伯爵様。こちらです。紫陽花を、みています。」
しばらくすると、スラリと差が高く、整った顔立ちの私の恋人があらわれました。
「今年も、美しく咲いたね。君は本当に紫陽花が好きだね。でも、もうすぐ雨が落ちてきそうだ。私の愛しい人をを濡らすわけにはいかないから、一緒に戻ろう?」
恋人が、私の髪を少し撫でながら言いました。
私は、恋人を見上げて、微笑みました。
パチン。
「お嬢様、出来ましたよ。」
「ありがとう。綺麗ね。」
庭師が特に綺麗なものを切って、侍女に渡し、彼女はそれを花束のようにしてくれました。
「伯爵様。こちらをお持ちになって。」
恋人は一瞬驚いたような顔をしましたが、すぐに笑顔になって受け取ってくれました。
「ありがとう。」
「紫陽花は、伯爵様のようでしょう?是非、差し上げたかったの。」
「え?どうして?」
「うふふ。」
戸惑った表情を浮かべる私の恋人。そんな表情ですら、キラキラと整っていて、思わずうっとりしてしまいます。
青い紫陽花を囲む様に色とりどりの紫陽花が咲いています。寄り添う様に。愛を語る様に。
「アナベル。」
恋人が私の顔をじっと見つめました。
「この白い紫陽花の名前ですわ。」
「ああ。綺麗だね。」
「そうでしょう?ねぇ、こちらも切ってさしあげて。」
「はい、お嬢様。」
パチン。
「アン、ありがとう。でも、せっかく庭園で咲き誇っているのだから、私はまたここにみにくるよ。君と、こうして過ごす口実にもなる。」
恋人は私を抱き寄せて優しく囁いてくれました。
「好きだよ。」
「私も、お慕いしております。伯爵様。」
「早く、君を婚約者と呼びたいよ。」
「最近、ずっとそうおっしゃいますね。」
「君を見つけて3年だよ。ずっと考えていたけれど、思いがどんどん深くなっていく私が、そんなに滑稽かな?」
髪に唇を寄せながら、恋人が囁きました。
「ふふふ、ちっとも。でも、やはり少し難しいでしょうか。みなしごですわ、私。」
そう懸念を伝えると、恋人は私の目をじっと見つめて答えてくれました。
「実は調べたんだ。この屋敷の使用人も、雇い主を知らないと言うし、勝手に申し訳ない。
ここの屋敷はね、断絶した公爵家のもので、使用人たちもそこで雇われていた。主人が亡くなる直前に屋敷ごと、買い上げた人間がいる。使用人もそのままの待遇で雇うという約束だったらしい。紳士階級の名前を語っていたがそれは偽名だった。
そんな事が出来るのは間違いなく高位貴族だよ。残念ながら突き止める事は出来なかったが。私よりも身分が上の方かもしれない。でもたとえどなたかの落胤だとしても、君は貴族の血が流れている。誰にも文句なんか言わせないよ。」
「そこまで調べて下さったのね。嬉しい。私、何も知らなくて・・・。」
「きっと君を守るためにお父上がされたのかもしれないね。でも、約束通りきっと私がここから連れ出そう。」
「そうなると、よろしいですわね。」
私が微笑むと、恋人も優しく微笑んで私の額に口づけをしてくれました。
「さぁ、もどろう?」
私たちはお互いの温もりをそっと手放すと、恋人が私の手をとって言いました。
「はい、でも、もう少しだけ。」
「困ったお姫さまだね。降り出したら、すぐに戻るよ。」
「はい、伯爵様。」
恋人は苦笑いを浮かべつつ、優しく許してくれました。
「ねぇ、お外のことをまたお聞かせ下さる?昨日はお城の舞踏会へ行かれたのでしょう?」
だったらここじゃなくても、とまた苦笑しつつ、煌びやかな舞踏会について語ってくださいました。
「まぁ、素敵!妹様はどのようなドレスを召しになったの?」
「昨日は薄いピンク色で白い縁取りのようなドレスだったかな。私はその色のハンカチーフを刺した。そうやって、パートナーと色を合わせたりするんだよ。いつか君な事も私が飾って、連れて行きたいね。きっと誰もが驚く。こんな美姫をどこに隠していたのかって。」
恋人はとても誇らしげに笑い、私も微笑みを返したのでした。
「あ、ほら、ご覧になって、このカミーラ。ピンクの可愛い紫陽花ですわ。」
「ああ、本当に。」
恋人の、唾を飲むような音が聞こえました
「これも、切って。」
「はい、お嬢様。」
パチン。
「レディ・アン?」
「うふふ。昨日と同じようにね。」
笑顔で恋人を見つめると、なぜか目の奥が強張ったような、戸惑ったような影が一瞬見てとれ、それから
「君は困った子だね」と笑って下さいました。
「ところで、昨日は何の催しだったのですか?」
「女王陛下が隣国の第一王子とご結婚されたんだ。将来的に我が国は隣国との共同統治となる。」
「あれ、でもたしか以前・・?」
「前の方は、お子様が身罷られてからお心をね・・・。我が国としても、陛下がご懐妊されないと直系がおられないというのもあるし、プレッシャーだったのだろうね。国へお帰りになられたんだ。」
「まぁ、そうでしたの。お可哀想。今度こそお幸せになれると良いですわ。早く新しいお子様に恵まれますよう。」
「君は優しいね。」
「だって、女王陛下はご兄弟もすでに亡くなられて、その上、せっかくお生まれになったお子様も神の御許へ帰られ、それで、また新しい方とご結婚だなんて、ここから出られない私と同じように思えてしまって。あら、不敬ですわね。」
「いいや、その優しいお心をきっと陛下はお喜びになるだろう。ただ、新しいお子様は・・・難しいかもしれないね。」
「あら、なぜ?」
「いや、うん。あくまでそのように感じているだけだ。それに、お子様がおられなくてもね。」
恋人は私の瞳をじっと見つめて、
「まぁ、傍系なら沢山人がいるって事だよ。その中にふさわしい方がいるかもしれない。」と笑っておっしゃいました。
だんだん風が冷たく、雨雲が増えてきました。
「難しいお話は分からないけど、私はただお祈りしておりますわ。」
「君の優しさは必ず神に届くよ。」
恋人が、また優しく私の髪を撫でました。
「さぁ、本当に屋敷に戻ろう。私もそろそろ行かなければ」
「あら、もう帰られてしまうの?寂しい・・・」
「ごめんね、アン。今日は妹とオペラを約束をしているんだ。」
「そう、妹様、ね。ふふふ。たくさんいらっしゃるのね?」
「えっ?」
「昨日の舞踏会、今日のオペラ、それから前にもご旅行に行かれたり、街でお食事をされたりしてますでしょう?」
「みんな同じだよ、一人だよ私の妹は。」
「あら、そうですの?私ったら、てっきり。でも、ご旅行やお食事の事は、伯爵様から聞いた事はございませんわ。不思議ですわね。ふふふ。」
恋人、は、少し怒ったような顔で私をじっと見つめます。
「アン、可愛いけれど、悪戯が過ぎるのは良くないよ。」
恋人、の、声に被せるように私は語りかけました。
「伯爵様、こちらの紫陽花はシャーロットというのよ。美しいでしょう?」
そして、庭師にお願いしたのです。
「切って。これも、一緒にしなければね。」
「はい。お嬢様。」
パチン。
「これは、ベアトリス。こっちはコメット。」
パチン、パチン。
「レターナ、ミヤコ、ソレイユ。」
パチン、パチン、パチン。
庭師の持つ鋏の音がどこまでも庭園に響きます。
「みなさん、この青い紫陽花を囲んで咲き誇るようにしたのよ。伯爵様。綺麗ですわね。」
とびきりの笑顔を差し上げたのに、恋人は答えてくれません。ただ、真っ白な顔をしています。
もうすぐ雨が降りそうです。
そのせいか、とても蒸し暑くて、恋人の額に汗が滲んでいました。
「大変。」
私はそっと背を伸ばして、恋人の額を拭いて差し上げたのです。
そして、恋人が絞り出すような声を出しました。
そんなら怖い顔をなさって。どうしたのかしら。
「き、君は、わざと・・・」
私はただ、微笑みだけを恋人にかえしました。
「お父様がね。よくおっしゃって下さったの。誇り高くあれ、と。」
「お父様って・・・ここに来ていた・・・?」
「うふふ。みなさん、私が2歳からここに一人で暮らしているから、本当に何も知らないと思ってらっしゃるのよね。」
優しく、愛を囁いてくれる恋人。この優しい檻から連れ出してくれると囁いた方。
それが真実であれば、私も真実お慕いできましたのに。
でも今は、恋人、だった人は私を恐ろしいものを見る目で怯えるように見つめています。
私は微笑みを消しました。
すっと目を細め、重心を下に、声は低く、はっきりと、大きく、そして優雅に。
「私、尊厳を踏みつけるような裏切りは許せませんの。私を、利用しようとなさったわね?」
その人は、息をつめて、真っ白な顔で私を見ました。
「ねぇ、こちらも切ってくださる?」
「はい、お嬢様。」
庭師が、懐からナイフを取り出しました。
「ま、待ってくれ。誤解だ!確かに沢山の女性と恋を楽しんでいたが、アン、君だけは特別で・・・、本気で愛しているんだっ。」
「いいえ、伯爵様の特別は、ただの私の事ではございませんわ。」
庭師がナイフを持ってみつめます。
「もう少し、お話ししてからでよろしくってよ。」
「はい、お嬢様。」
「信じてくれ、愛している!」
「いいえ?違いますわ。」
私は笑いながら答えました。雨がポツポツと落ちてきました。あまり時間がありませんね。
「私のこと、2歳から幽閉されてる、世間知らずのだと思われてたでしょう?伯爵様、あそこまでお調べになって、全く気がつかないなんてありえません。だって私のことは、社交界では公然の秘密、ですわよね。」
「そ、それは・・・。」
「うふふ。何も知らないのはそちらですね。私、裏切り者は嫌いなのです。」
「プ、プリンセス・アン!どうかお話を聞いて・・・。」
「レディ。私、レディですわ。疑われるような事はおっしゃらないで。」
あら、綺麗なお顔が歪んでおられます。
落ちた雨が涙のようです。
「さ、もうお話はおしまいですわ。大丈夫です。他のお嬢様がたもご一緒です。」
侍女が私の腰を支えるようにその人から遠ざけてくれました。
「お願いね。」
庭師は、返事の代わりに軽く頷いていました。
ズサッ
色とりどりの紫陽花に赤い模様がつきました。
「女王陛下への裏切りは、高くつくのですよ。」
私は足元に倒れているそれを見ながらつぶやきました。
「お嬢様、あとは、いつも通りで。」
「そうね、これでまた来年も紫陽花の青が深くなるのかしら。」
私が誰に向けたでもない、言葉の後半を庭師も侍女も聞こえなかったかのように淡々と仕事をします。
雨が、沢山落ちてきました。
これで、全てがまた流れていきます。
暑い夏の始まりの予感がする昼下がり。
私は、庭園を後にしました。
美しい花には、栄養が必要なのです。
その国は、女王の御代に栄えると言われていた。
しかし、現在の女王の成人した兄弟は全て暗殺と思われる死に方をし、やっと授かった自身の子どもすぐに亡くなってしまった。王配となる人も多く不幸に見舞われ「ブラッディ・クイーン」と言われていた。
そのため、国民の間には、新たな「女王」を望む声が多く聞かれたという。
国民は信じていたのである。女王以外でただ一人、唯一の直系王位継承者。
前国王の最初の娘で、2歳の時、母親である王妃が策略により廃妃になり、共に処刑されたとされる「第一王女」プリンセス・アンは生存するという噂を・・・。
その真実は、神のみが知るのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。