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怒りに震えこぶしを震わせる、宰相。彼の姿を見てアルフレッドがそっと私を支えた。
「さぁ、行きますよ」
アルフレッドに促され震える足で、前に出ていく。
そう、私達はただ成り行きを見守るためだけに、ここで隠れて様子を伺っていたわけではない。
私達の目的は、無血で宰相を捕らえ、トルティアを引き下がらせること。
ゆっくりと出てきた、私達に、いや主に私の顔を指さして宰相が叫ぶ。
「な!?お前…!」
「御機嫌よう宰相閣下」
ご期待に応えて、私はできるだけ優雅に見えるように微笑む。
「お初にお目にかかります。僕は今回の進軍において指揮権を預かる者です」
丁寧に頭を下げるアルフレッドに、宰相は目を見開く。この驚きはご子息によく似ていたからだろう。
「今回の我がハンナ・カーメル軍の進軍、そもそものきっかけはここにおります、僕の婚約者オリビアが巻き込まれた事件でした。彼女が何者かに夜会で薬を盛られ気絶したとの一報を受け、調査のために入国をアルストリアの国王に正式に依頼し実現したものです」
「な!?」
「あぁ、薬の解析も済んでおりますし、実行犯も分かり捕らえております。…あなたのご子息ですね。そしてその後、オリビアはあなたにも拐かされた。王より、あなたの逮捕権は頂いております」
そう。何と、コンラード様は夜会で私に薬を盛ったらしいのだ。実際は、飲む前に苦しさで気絶したのだが。全く、薬で前後不覚にした女性に狼藉を働こうなんて、ホント男の風上にも置けない奴だわ。
内心でぷんぷんする私をよそに、宰相はギラギラした眼で嗤う。
「ふん、これで勝ったつもりか!……城の中にはアスリ様の護衛に紛れ込ませて、それなりの人数のトルティア兵がすでに潜んでおる。わしが一声かければすぐに、皇太子の婚約者を殺すことだってできるのだぞ!そうだ、わしは今、この手を振るだけで、王の首だって飛ばすことができるのだ!」
私達に向けて高らかに叫ぶ宰相の言葉を嘲笑うように、ミシェルさんが言葉を紡ぐ。
「あはは!あなた、それこそ、それで勝ったつもり?そんな物騒な者、いつまでもそのままにしておくわけないわよね?……あなたたちが出た瞬間、捕らえてあるわ。皆、今は地下牢の中」
そして、にっこり笑ってミシェルさんは片手を上げる。
「私がここに立った時点で、あなたの負けよ」
城門の内側、暗がりから、ざっと音を立てて現れたのは、アルストリアの騎士たち。
率いるのは、国王と、セオドア様だった。
「な……!」
「……宰相よ。余は其方の事を信じておったのだがな」
悲しそうに国王は笑う。
そして城門を開け放って言った。
「トルティアの兵たちよ。ここで引けば、今回の件は不問とする。……尚、今回の件、トルティア国王に仔細を尋ねたところ、国王からは自分のあずかり知らぬことだという回答を得ておる。トルティアの姫のアスリ様もすでに出国した。よって、これ以上歩を進めた時点で、其方たちは唯の賊として処分する。騎士としての誇りがあるなら疾く帰れ!」
国王の話す傍で、一人の兵が書状を掲げる。恐らく、これがトルティア王の書状なんだろう。
国旗も持たず、鎧もない騎士たちは、自分たちの立場の危うさに慄いたようにざわめくと、我先にと踵を返して去っていった。
一人取り残された宰相は呆然としたように、がっくりと膝をついた。
◆
こうして、思いがけず波乱万丈だったアルストリアの視察訪問は幕を閉じた。
宰相を捕らえた後、王は、ミシェルさんの方へ近寄ってきて、その体をギュッと抱きしめた。心配で隠れていたのだろうか、王妃様も出てきて、こちらに一礼した後、王と一緒にミシェルさんを抱きしめた。二人から抱きしめられて、色々と張りつめていたものが切れたのか、感情を人前で表さないよう教育される王族には珍しく、ミシェルさんはその腕の中で泣き崩れた。その頭を優しく撫でるセオドア様を見て、この家族を守れてよかったと思う。
まぁ、私のしたことなんて、何かしたというのもおこがましいくらい、ほんの少しの事だけどね。
微笑ましく見つめる私をアルフレッドがそっと促した。
私はどこに行くのか疑問に思いながらも、家族の触れ合いを邪魔するのが忍びなくて黙って従った。
そして、着いたのは、ミシェルさんの工房だった。私は首をかしげる。
「あれ?私、宮殿に帰らなくていいの?」
「ミシェルは恐らくこのまま宮殿に帰ります。ここの使用許可は得てますから、リビィは今日くらいは僕と一緒に過ごしてください」
アルフレッドの言葉に私はあいまいに頷く。フレイヤ様の事も心配だったんだけどな。
この工房は居住も兼ねているので、奥に私的な空間がある。何となく、家主不在でそこに足を踏み入れることに抵抗があったが、有無を言わさない様子のアルフレッドに促され中に入った。
ソファに座って、ほっと一息つく。アルフレッドはお茶の用意をしてくれるようだ。
私は先ほど見た光景を思い出して、ポツリと呟く。
「私、王様は置いておいて、王妃様は本当にミシェルさんの事、大切なのか心配だったの」
ただでさえ、なさぬ仲っていうのは複雑なのに、王妃様は元々の結婚の経緯も複雑なのだ。
「でも、心配なかったみたい」
「あぁ、リビィは、王妃が地位目当てに結婚したのではないかと思っていましたか?」
アルフレッドは苦笑する。私は「少しね」と答える。
「だって、貴族の女性が授かり婚でもいいから…なんて」
「確かに。随分、権力欲の強い女性に見えますよね」
くすくすと笑いながら、アルフレッドは机の上にお茶を置いてくれる。
そうよ。元々ミシェル様の侍女だったということは、王妃様はそれなりのお家柄の方のはず。いくら、女性の権利を認めているアルストリアとはいえ、貴族の女性の純潔は大切だ。婚前交渉すら恐れ多いというのに、まさか、授かり婚だとは…。
「あなただって婚前に体を許したという意味では同じでは?」
考え込む私に、アルフレッドは意地悪な顔をしてからかうように言ってくる。
全く誰の所為よ、誰の。私はそっぽ向いて答える。
「私は平民だから良いのよ」
おや?とアルフレッドはわざとらしく首をかしげる。
「今は男爵ですよね?」
「もう、結婚間近だから良いのよ!」
反射的に反論して、アルフレッドを睨みつける。
「…何よ!フレッドは私としたくないの?」
いいえ?と首を振るアルフレッドはいつの間にか間近に迫っていて。距離の近さにびっくりする。
アルフレッドの顔が、甘く崩れる。
「僕と触れ合うことが、お嫌で無いようで良かったです。……では、早速今からお相手願えますか?」
え!?今?
でも、話の流れ的に断れなくない!?
あまりにも直球で言われて、恥ずかしさに口をパクパクする。でも、何も言葉が出てこない。
ゆっくりと、アルフレッドが動く。まるで私を怖がらせないようにするみたいに。
「……あなたに触れるのは随分久しぶりだ」
そんな壊れ物を抱き締めるみたいにしないで。私、そんなに弱い女じゃないわ。
そして、ふと考える。
あぁ、きっと王妃様も王様の事、大好きだったのね。その方の子供のことも丸ごと愛してしまえるくらい。外聞なんて投げ捨てても、大事にしたいものがあったのね。
私は目を閉じて体の力を抜く。
結局、外野が何を思っても、当事者にしか分からないことがあるのよ。
そして、当事者であっても、きちんと言葉にしないと伝わらないこともあるのよね。
「ねぇ、フレッド。今日のあなた、すっごくかっこよかったわよ」
私の言葉に目を丸くした後、アルフレッドはへにゃりと笑った。
「惚れ直しました?」
「えぇ」
そうして、お互いに微笑み合った。




