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そうして、黴臭い部屋にクラースさんと二人残された。
聞きたいことは沢山あるものの、何から口にしたら良いか分からず、気まずい沈黙だけが落ちる。
ゆっくりとクラースさんがこちらに向き直る気配がして、私はギクリと体を強ばらせる。
クラースさんの一挙手一投足を見逃さないように見つめる私に向かって、彼はゆっくりと跪き頭を下げた。
「こんなところにお連れして申し訳ございませんでした」
慇懃なクラースさんの態度に私は少しだけ肩の力を抜く。
こうなっているのも、何か事情があるのかもしれない。楽観視は出来ないが、少なくとも話はできそうだ。
「私はこれからどうなるの?」
「宰相の計画では、貴女を拘束し身代金を要求。期日までに支払いがない場合、市場の前にあなたの亡骸を転がしておくように、と」
「…金額と、期日は?」
私の問いに、クラースさんは淡々と答える。城が買えそうな金額を、明朝までにと。
何それ!私を殺す気満々じゃない!
はぁ、と私はため息をつく。取り敢えず、一から情報を整理したい。
「あの、色々分からないので説明して貰いたいのだけど……テオドール様というのは一体どなたですか?私、あの人には個人的に会ったことがあるんです。ミシェルさんという女性だと思っていたのだけど…」
おずおずと切り出した私に、クラースさんは頷く。
「テオドール様は、ご生母が平民であったことを理由に、王位継承権を放棄なさったアルストリアの第一王子、テオドール・ミシェル・アルストリア様です」
はぁ?待って情報が追い付かない!
私は目を見開く。
やっぱりミシェルさんは男性で、しかもこの国の第一王子?セオドア様のお兄様!?
確かに、二人の髪色は同じ赤色で、化粧をしていないミシェルさんは現王に良く似ていた気がする。
クラースさんは続ける。
およそ25年ほど前、国王は市井の娘と恋愛結婚をした。そして生まれたのがテオドール様だ。しかし、大恋愛の果てに結婚した王妃は、テオドール様を生んですぐ亡くなった。王は悲しみに暮れ、暫く喪に服した。
最初の内は大目に見ていた周囲も、だんだんとしびれを切らし、早く次の王妃を!と言う声が高まった頃、テオドール様の侍女として仕えていた女性が、テオドール様の心は女性なのではないかと気づいた。
そして、彼女は王に直談判する。
『私と契約してくださいませ。決して、愛は望みません。私は、この国を深く愛している。けれど、国のためにテオドール様が犠牲になることは望みません。私が王になる子を産みます』
王は愛する王妃の忘れ形見をすごく大切にしていた。彼女の心意気に感服し、『彼の成人までに次代を産むことができたら』と、彼女との結婚を決めた。
こうして、まさかのできちゃった結婚で、王は2回目の結婚をしたというのだ。1回目は身分違い。2回目は貴族の娘と、まさかの出来婚。
王の評判は地に落ちた。
話を聞きながら私は頭を抱えた。
王の決断は確かに合理的なアルストリア人らしい。らしいけど…!
現王妃様、それで良いの!?
「私は、以前テオドール様の筆頭侍従を勤めておりまして、そのご縁でいまだにテオドール様と王家の伝書鳩をしております」
テオドール様は、心が女性であることを隠し、市井に下りた後は、行き先を誰にも知られないようにすると、女性の格好をし、元々好きだった細工物を作る工房を営み始めた。
余計な争いの種になりたくない、と連絡を取る手段は王族時代仕えてくれていた、侍従のクラースさんのみに限定して。
こうして、テオドール様の事は人々の記憶から消え、国王の賢明な治世と、皇太子に据えられたセオドア様が優秀だったことから表面上は何事もなく平穏を取り戻していったようにみえた。
ところが。
「今回の計画は、私がたまたま宰相がトルティアと内通していることを目にした事から始まりました」
セオドア様が、独断専行で決めた婚約に対し、宰相は今度こそ王室を見限った。沈めていた不満がまた表面化したのだ。そして、トルティアとのやり取りを見たクラースさんに対して宰相は笑って言った。
『自身の主であるテオドール様を追い出した現王に対して、お前も抱えるものがあるだろう?』
「宰相が私を仲間に引き入れようというのなら好都合だと、私は話を合わせました。そして、テオドール様に相談したのです」
「えっと、なぜテオドール様に?」
「私一人の身に抱えるには大きすぎる秘密でしたが、王宮の内部がどこまで宰相派か分からなかったので、不用意な情報漏えいで王族を危険に晒さないようにと…。テオドール様はとても切れ者ですので、良いお知恵をお貸しいただけるのではないかと思ったのです」
「そう……、それでテオドール様は何と?」
「現王や王妃、セオドア様には秘密にし、私には宰相に寝返った振りをせよ、と。細工や芸術ばかりに関心がある、テオドール様がお飾りにしやすいと侮られているのなら、そこが狙い目だ、と」
「それ、自分が囮になって敵陣に斬り込むってことじゃ…」
「そうです。宰相はプライドの高い男です。巨大になり過ぎた権力は、王族の権威を落とし、宰相程度に支配できると思い上がらせている。テオドール様は宰相が自分を傀儡にしようと侮っていらっしゃることを盾に、単身で宰相の元へと乗り込み差し違うお覚悟でその歪みを正す気です」
何だそれ。
私は唖然と口を開ける。
絶対もっと他に良い方法があると思うのだけど…?単身で?
え、本当にそれで良いの?
「私はここまでテオドール様の意向に添って動いて参りました。そして、あの方が命をなげうつと言うのなら、共に参る覚悟でおりました。……しかし、本音ではあの方を失いたくないのです。諦めていた私に、今回の視察は僥倖でした」
クラースさんは一度言葉を区切ると、私の方をまっすぐに見て深々と頭を下げる。
「虫の良いお願いと重々承知はしておりますが、テオドール様を止められるのはもう、貴女しかいないのです。セオドア様にもテオドール様にも話をつけられ、そして、身分に物怖じせず話が出来る方が。私では、かの方々に近すぎてお考えを正すことが難しいのです…どうか」
ちょっと待って?え、何その大役。その役目、本当に私で良いの?
必死に頭を下げるクラースさんにはとても言えなかったけど、頭の中では大絶叫していた。
私の事、買い被りすぎよー!!!!




