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「ハンナお願い!」
「えぇぇ?」
「大丈夫!迷惑はかけないようにする!」
話し合いが終わって解散した後、私はすぐにハンナの元に向かい手を合わせて頭を下げていた。
「私のお仕着せなんて何に使うんですかぁ?」
弱り切ったハンナに、「とにかくお願い!」と押し切ってお仕着せを借りる。
部屋に戻ってハンナのお仕着せを着た後に、髪を小さくまとめてキャップに押し込む。本当は鬘とかがあればよかったんだけど、あいにく用意がない。できるだけ髪が見えないようにすることしかできない。一度化粧を全部落として、白粉はたいた他はそばかすを化粧で描くだけにする。これで少しは印象が薄くなったかしら。
鏡を見て、よし、と頷くと部屋を出た。
手頃な籠を持って、向かったのは洗濯場だ。
今は洗濯物はすべて干し終わったのだろう。洗濯場には人がいない。代わりに、たくさんの洗濯物が風にはためいていた。私は新たな汚れ物を持ってきた振りをして、干してあるアルストリアのお仕着せを一着拝借する。干したばかりなので、湿っているが背に腹は代えられない。
持ってきた籠にそっと入れる。
(ごめんなさい、ごめんなさい。きっと返しに来ますから…!)
こっそり空いている部屋に入り、服を着替える。そして、掃除でもしてきたかのように何食わぬ顔で出ていく。
すれ違う人は頭を下げることでやり過ごしながら、目的の人物を探して進んでいく。
「セオドア様ぁ」
聞こえてきた声にピタッと足を止める。
見つけた。すっと廊下の端に控える。
濃紺の髪をベールに納め、すっきりと出した額にヘッドアクセサリーがキラキラと輝いている。くっきりとした目鼻立ちに、ブルーグレーの瞳。濃い目の肌に赤い唇が印象的だ。
トルティアの姫 アスリ様は恐らくセオドア様より少し年上だと思う。きっと私より幼いのに、妖艶ともいえる雰囲気を纏っている方だった。
アスリ様はセオドア様を呼び止めて、ゆったりと歩きながら近づく。大国の姫には普通なのかもしれないが、物々しい護衛を後ろに従えている。そして、それ以上にたくさんの侍女を従えて歩いていた。その成り立ちから、決して広いとは言えない宮殿の廊下をそんな大勢でぞろぞろ歩かれると邪魔でしかない。
セオドア様は呼び止められた以上、振り切ることもできず、その場にとどまっていた。
「この宮殿は階段ばっかりで、過ごしにくうございますね。はぁ、ここまで歩いてきて、妾疲れてしまいました。どこか休憩できる場所までご案内くださいませ」
「……生憎私は所用がありますゆえ、クラースに案内させましょう」
アスリ様の物言いにムッとしたようなセオドア様は、横にいたクラース様にそう言いつけて、「では失礼」とその場を後にした。
私はその緊迫したやり取りを少し離れたところからハラハラしながら見ていたが、セオドア様が踵を返したところで息をのんだ。
こっわ…。
アスリ様がセオドア様をそれはもうものすごい顔で睨んだのだ。
憎悪さえ感じさせる表情に、私は疑問を思う。
あれ?アスリ様ってセオドア様に一目ぼれして宮殿に残られたのではなかったかしら?
まかり間違っても、あんな人を殺せそうな視線で見る人が、恋なんかしているだろうか?
(これは、もう少し探ってみた方がよさそうね…)
クラースさんの案内を「結構よ!」と一蹴したアスリ様はぞろぞろとどこかに向かう。アスリ様の滞在しているのは西棟だったはずだが、向かうのは南の方。なぜ知っているのかと言うと、私たちは東棟に滞在しているので、万が一にも顔を合わさなくても済むようにと、クラースさんの配慮で、もっとも遠い棟に案内すると聞いていたからだ。
集団が遠ざかるのを待って、私は、西棟の方に向かう。
西棟に行って何をしようと言うのか…。流石にこれ以上はできることに限りがある。もし私の身元がばれでもしたら国際問題だ。
でも、トルティアの姫のあの態度。絶対セオドア様恋しさにここにいるのではないと思う。なんだかとても怖いことが起こる気がして、確かめずにはいられなかった。
アスリ様に宛がわれた部屋はこの先の、きっとあの甲冑を着た兵士が立っている所だろう。
何食わぬ顔で頭を下げて、部屋に入ろうとしたところで、すっと手で行く手を遮られる。
ヒヤリ、としたが、ここまで来て引き下がる方がおかしい。
「あ、ちょっとお掃除に…」
にっこりと笑って見上げると、甲冑がため息を吐いた。
ため息?
「……僕は危ないので大人しくしていてくださいって言いましたよね?」
「ア!……むぐぅ」
口をふさがれた。ため息を吐いた、甲冑は、「後ほどミシェルの工房で」と告げて私を向こうに押し出した。




