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ここに至るまでの経緯を思い出して少しだけ遠い目をする。
また意地を張ってしまった…。少しだけ、ほんの少しだけ、帰ってきて私がいないことに慌てふためけ、なんて意地悪なことを考えなかったか、と言うと嘘になる。
パンッと頬を叩く。
(やめやめ!せっかく行くのだから楽しみましょう!)
私は気を取り直して、馬車へと戻った。
ゆっくりと走り出す馬車の中。もうずいぶん馬車に揺られてきたために、アルストリアでやりたいことについて話すことも一段落して、まったりとした沈黙が流れていた。
そこに、少し恥ずかしそうにフレイヤ様が話しかけてきた。
「そういえば、オリビア先生はアルフレッド様に何を差し上げますか?」
「え?」
フレイヤ様からの突然の質問に目を白黒させる。フレイヤ様は、真剣な顔でこちらを見上げている。
アルフレッドに?
……そういえば、私、貰うことは多いけれど、何かアルフレッドにあげたことがあったかしら。
頭に浮かんだのは、結局渡せなくて、ルーシーに渡した刺しゅう入りのハンカチ。……それも上出来とはいいがたいものだった。結局、まともにあげたものは思い出せなくて、ほとんど何も返せてないその事実に気づいて青くなる。
私が黙ってしまったからだろう、フレイヤ様がはにかむように笑って補足してくれる。
「礼儀作法の先生に、婚約者にはプレゼントを贈るものだと聞いたのです」
ふんわり笑うフレイヤ様は微笑ましくて可愛いのに、私の笑顔はひきつる。
ダメよ、今気づいた事実だけでも情けないのに、私、恋愛経験なんてほとんど無いの。先輩ぶって教えられることなんて何もないわ……。私に色恋の話は向いていない。
私は観念してフレイヤ様におずおずと申し出る。
「……そう言うのは、お母様にお尋ねになってみては?」
「ダメなの。お母様は、刺繍や詩を贈るのが良いって……でも、そんなのきっとセオドア様は喜ばないわ!」
フレイヤ様は必死な顔をして首を振る。スカートが皴になるくらいぎゅうっと握っている。フレイヤ様には珍しい反応に思えて、不思議に思う。
「えっと……どうしてそう思うんですか?」
「だって…私、まだまだどちらも上手にできないし……セオドア様は私がハンナカーメルの人間らしくないから気に入ってくださったのに……」
そっか、他の女性と同じは嫌なのね。そして、自分の技術に自信も無いのか。顔を曇らせるフレイヤ様には悪いが、皇太子をあっと驚かせたいと思う、フレイヤ様の恋心がとても微笑ましく思えて、くすりと笑う。
「……お気持ちは良く分かります。私も、刺繍や詩歌は不得意ですから。でも、そう言ったものは、お相手の事を一心に考えて作るものですから。その時間も含めて、相手は喜んでくれるのではないかしら。少なくとも、アルフレッドは、私の拙い手のハンカチ、喜んでくれましたよ」
「オリビア先生も、ハンカチをプレゼントしたの?」
「……えぇ」
プレゼントした、と言うことにしていいかどうかは別として……。ハンカチ自体は喜んでアルフレッドの手に渡ったもの。嘘じゃないわ。少しだけ目を逸らしながら頷く。
そう、と何かを考え込むようにフレイヤ様は少しうつ向いた。
「ねぇ、フレイヤ様。私もアルフレッドに何か新しい刺繍の入ったものをプレゼントをしたいと思っていたんです」
フレイヤ様の話の流れに乗っかった形だけど、どう考えてもこれまで色々貰いすぎだものね。今回も黙って出てきてしまったし、罪滅ぼしもかねて……。
それに……。冷められたらどうしよう、って考えるわりに、きちんとアルフレッドに想いを返せていなかったんじゃないかしら。これじゃぁ、冷められる以前の問題よね。
心の中でこそこそ考えながら、フレイヤ様に微笑む。
「だから、一緒に練習いたしませんか?頑張って滞在中に仕上げて、セオドア様には今回のご招待のお礼としてお渡ししするのはどうでしょう?」
「まぁ、それは良いですね」
同行してくれていた、フレイヤ様の侍女、ハンナがパンと手を叩き顔を輝かせる。主人の女性らしい趣味への苦手意識に思うところがあったらしい。私の目を見て力強く頷いてくれた。フレイヤ様もうんうんと同意を返してくれる。
ハンナとフレイヤ様はさっそく意匠を考え始める。セオドア様の容姿を思い出しながら、必要な材料をあげていく様子は傍目で見ても微笑ましい。
さて、私は何をあげようかしら、とうーんと考える。一緒にやりましょうと言ってしまったもの。私も刺繍をしないとだめよね。洗い替えのハンカチでもいいけれど、同じものはつまらない…か。
刺繍をしたタイなんてどうかしら。生地が繊細だから難易度は上がるし、首元を飾るものだから人目に触れる。ハンカチに比べて格段に気を遣うものだ。
でも。タイに刺繍ができるのは、相当親しい間柄のみ。
それに、アルストリアはとても細工が有名だから、何か細工物をお土産に購入したい。カフスとタイピンを一緒に贈ったら喜んでもらえないかしら。
刺繍が苦手なフレイヤ様も、努力すると言っているのだ。私だってアルフレッドのために、できるかぎりのことをしてあげたい。
そこにほんの少しの罪滅ぼしの気持ちがないと言えば嘘になるけれど。でも、そう考えると、少しだけ先ほどまでの後ろめたい気持ちが軽くなった気がした。




