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没落令嬢オリビアの日常  作者: 胡暖
再会編
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 クッキーはミシェルに大層喜ばれた。この笑顔が見れただけでも、伯爵邸(あそこ)に行った甲斐があるってもんよ。

 ふん、と気合いを入れて、制服として渡された服に袖を通す。柔らかな肌触りのブラウスはリボンタイがついていて可愛い。その上から濃い深緑色の膝下丈のワンピースを着る。裾がプリーツになっていてこれも可愛い。

 鏡なんて贅沢品、うちには無いけれど、仕上がりが気になるわ。

 無駄にくるくる回って裾がヒラヒラするのを楽しむ。

 こんな柔らかい生地の服、久しぶりに着たわね。

 部屋の外に出ると、お父様には目を丸くされ、目を輝かせたミシェルには突進された。衝撃を受け止めていると、お父様に聞かれる。


「…オリビア、その服はいったい…?」


 私は少し気まずい気持ちで一息に答える。


「新しい職場の制服よ。前のとこ、合わないから辞めたの」


 お父様の何か言いたげな顔に気づかない振りをする。


「今日が初出勤だから早めに行かないと。私もう行くわね」


 そそくさと家を出て職場に向かう。



 私、ひょっとしてかなり挙動不審?

 家を早く出すぎた私は、けれどなかなか商会に入ることが出来ずに、物陰から様子を伺っていた。


(ううう、どうしよう。時間が経てば経つ程、帰りたい…!)


 その時、後ろからポンと肩を叩かれた。

 驚きすぎて心臓が止まるかと思ったわよ。文字通り飛び上がったわ。3センチくらい。そのままへろりと腰が抜けて、地面にへたり込んでしまう。


「大丈夫ですか…オリビアさん?」


 涙目で見上げた先には、頬を掻く男性がいた。


「…名前」

「え?」

「なんで、私の名前を?」

「ああ!さっきからずっと店を見てる女性がいるな、と。で回り込んできてみれば、制服を着ているので、新しく入ったオリビアさんかな?と」


 そう言いながら、朗らかに笑う男性。二十代に見えるその男性に見覚えはない。薄黄緑色の髪を一本で縛り、耳にはシルバーのカフスをつけている。おしゃれな男性だ。

 それを静かに見上げながら、こぶしを握る。

 自分がぐずぐずしていたのが悪いのだけれど、これだけは言わせてもらおう。


「どうして後ろから回り込んでいらっしゃるの?普通に真正面から来られたら私だってこんなに驚かないわ!そもそも、あなたは私を知ってるかもしれないけれど、私はあなたの事知らないわ。名乗りもせず、気安く名前で呼ばないで下さる?」


 そこまで一息で言い切ると、目の前の男性はブハッと吹き出した。失礼だわ。


「…これはこれは。えー、大変失礼いたしました。私はフローレンス商会の副会頭 ブラウンと申します」

「………副会頭?」

「ええ」


 笑いながら座り込んだままの私に手をさしのべてくれる。

 その手を見つめたまま、だらだらと冷や汗を流す。

 ヤバイ。これじゃ、私の方が失礼極まりないわ。

 差し出された手を握りながら目を伏せる。


「……これは、大変失礼を…」

「お互い様ということで」


「…………何してるんですか?」


 私がアワアワしてると、新しい声が割り込んでくる。

 背後から聞こえた声に、私はがばっと振り返る。


「…アルフレッド」

「挨拶ですよ、会頭」

「それは良いが……ブラウン、いつまで手を握っているつもりだ?……遅かったですね、オリビア先輩」


 ブラウンは肩を竦めて手を離し、私は視線をそらして少し後退る。


「まぁ、良いです。商会の中に入りましょう」


 ちょっと怖い笑顔をしたアルフレッドに手をとられた。


「ちょ、ちょっと!引っ張らないで!」

「そうやってまごまごしてるから怖じ気付くんです。さっさと入りますよ」


 あんなに入ることを躊躇っていたのに、あっという間に商会内に引きずり込まれ、もとい、誘われる。連れていかれたのは恐らく会頭の執務室だろう。落ち着いた内装で、執務机が二つと、四人掛けの応接セットが置いてある。


「ここが執務室です。あなたの机は僕の隣。後で従業員に紹介しますが、まぁ、副会頭のブラウンを覚えておいてもらえば大丈夫です」


 ぶすっとした顔でむくれて椅子に腰かけた私に、何事もないかのようにアルフレッドが仕事内容の説明をする。


「仕事内容は、帳簿の管理、商品の在庫管理、あとは入荷した商品の品質チェックかな。あなたには内向きの仕事を主に担当してもらいます。ブラウンは副会頭と言ってもこの商会の立ち上げの時からいるので、顧客関係は彼に任せています」


 そして最後に余計な一言を付け加える。


「まぁ、優秀なオリビア先輩ならなんてことない業務ばかりですよ」


 きっとアルフレッド睨む。


「あなたに言われると嫌味に聞こえるわ」

「僕と比べるからですよ。客観的な事実を述べています。それとも手取り足取り教えて差し上げましょうか?」


 ふんと鼻を鳴らす。


「結構よ!これまでの資料を見せて頂戴。やり方はそれで確認するわ!」


 はいはい、と笑いながら、アルフレッドが資料を出してくれる。

 それを受け取って、そのまま応接椅子の所で中身を確認する。


「あぁ、そうでした」


 突然、ぽんとアルフレッドが手を打つ。何事かと、見上げるとにっこり笑われた。


「似合ってますよ、制服。可愛いです」

「…!?」


 不意打ち過ぎて絶句した。絶対顔が赤くなっているはずだ。

 こんなおべっかまで使えるようになるなんて…何なの、私が知らない5年間に何があったの!?

 …でも、新品の洋服を着て背筋が伸びたのは確かだ。今の私には日常だが、昨日のようなみすぼらしい格好でアルフレッドの前に立つと余計卑屈な気分になる。服装、見た目で心の持ちようはずいぶん変わる。

 癪だけど。でも、アルフレッドのおかげではある。


「…ありがとう」


 愛想がないのは仕方ない。私だもの。アルフレッドみたいなキラキラな笑顔なんかふりまけないもの。

 私の精一杯の感謝の言葉に、アルフレッドは手で口元を覆って「明日は雨ですかね」と呟いている。

 ちょっと、そこ!笑ってるの分かってるわよ!?


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