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没落令嬢オリビアの日常  作者: 胡暖
恋人編

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19

 アルフレッドが爵位継承ができないと分かるやいなや、アリス嬢はびっくりする程鮮やかに手のひらを返した。

 確かに、想いだけでは生きてはいけないけれど……貴族社会って怖い…。

 でも、そのお陰で平穏な日常が戻ってきた。

 私は毎日の仕事、そして休みの日はフレイヤ様とミシェルのお勉強と、それなりに充実した毎日を過ごしている。

 しかし、アルフレッドは以前にも増して多忙になった。日中は外へ商談へと飛び回り、夜からは夜会に参加し、どうやらその後に商会に戻って仕事をしているらしい。

 らしい、というのは、朝職場に行くと昨日積まれていた書類が綺麗になっていることから、そう判断しているからだ。

 暫くゆっくり話しも出来ていない。というか、ここ最近は顔すら見れていない。夕刻のお茶の時間を取ってほしいなどとはとても言えない状況だ。


(せめて顔が見れたら安心するんだけどな)


 私はつらつらと考えながら、ミシェルの手を引き子供部屋へと向かう。

 先にフローレンス様とフレイヤ様が来ていた。

 フローレンス様が大好きなミシェルが駆け寄っていった。少しふっくらしてきたお腹を撫でている。刻々と変化していくお腹の様子我とても気になっているようだ。

 私はその様子をチラリと見て、フレイヤ様の方に近づく。


「おはようございます。オリビア先生」

「おはようございます。フレイヤ様、目を瞑って、手を前に出してください」

「えぇ?なぁに?」


 私の急な言葉にフレイヤ様は目をぱちくりした。

 そして、私の言葉に従って大人しく目を瞑って手を差し出す。


「重いので気を付けてくださいね」


 フレイヤ様の手にそっとプレゼントを乗せた。もういいですよ、と言うとゆっくりと目を開く。手の中にあるものが何か分かったのだろう、その菫色の瞳が歓喜に震えた。


「オリビア先生、これ…!」

「フローレンス商会の伝で手に入れました。読んだことなかったかしら?」


 フレイヤ様はコクコクと何度も頷く。

 私がフレイヤ様に渡したのは国内の植物図鑑だ。

 本は高価で、特にこの本のように色のついた絵付きの本は珍しい。これは専門書なので、私も見たことの無いような植物が沢山載っている。アルフレッドに頼んでいたもので、今朝、屋敷の執事に言付けられていたのを早速持ってきたのだ。


「オリビア先生、私友達が出来たの。その子も、勉強が好きで、植物にも興味があると言っていたので、これ、一緒に読みます」


 フレイヤ様はキラキラした顔で興奮しながらそう言った。

 とても喜んでもらえたようで嬉しい。


「なあに、それ?」

「あら、フレイヤちゃん良かったわね」


 にこにこ笑いながらミシェルとフローレンス様が近づいてくる。

 フレイヤ様は興味津々と近づいてきたミシェルと一緒に図鑑を広げて、見始めた。

 その様子をほほえましく見る。


「ありがとう、ビアちゃん。でも、あれ、とても高価なものなのでは?」

「実は、アルフレッドに手に入れてもらったんです。お金、受け取ってもらえなくて…」

「あら、じゃぁ気にしなくて良いわね。プレゼントを贈るのは殿方の甲斐性ですからね」


 フローレンス様はコロコロと笑う。

 流石、プレゼントのために商会まで立ちあげた伯爵様の奥様だ。

 私は苦笑するしかなかった。



 そんな風に穏やかな日常を過ごしていた、社交界シーズンも終盤のことだった。彼女が来たのは。

 その日の仕事を終えた私を、仁王立ちしてアリス嬢が待ち構えていたのだった。

 いつぞやは会頭室まで乗り込んできたことを考えると、余程既製品の手土産を手作りだと偽っていたことを両親にばらされるのが嫌らしい。


(見て見ぬふりしちゃダメかしら…)


 一瞬頭によぎった邪な思いを、頭を振ることで霧散させる。


「…何かご用ですか?」


 嫌々声をかけた私に、待ってましたとばかりにアリス嬢が胸を張る。


「ふふん、ついにあなたもお払い箱ね」

「……何の事です?」


 と言うか、私に用事だったのか。

 怪訝な顔をする私に、アリス嬢はにんまりと笑う。


「あらーぁ、アル様から聞いてらっしゃらないの?可哀想に。アル様の婚約者が決まったのよ。これはもう、絶対覆らないわ。ふふふ、なんたって王妹が婚約者に名乗りをあげたのだから」


 何だって?

 アリス嬢の言葉に耳を疑う。

 この国では、中継ぎ的に女性が王位につくこともある。それゆえ、女子であっても王位継承権は失くならず、結婚後も王室にとどまる。だから、国内の相手と結婚する王女は婿養子を取る。確かに、爵位を継がない可能性の高くなったアルフレッドは、婿養子に入っても問題はないけど…。

 私の考え込む姿に、嬉しそうにアリス嬢が私の顔を覗き込んでくる。


「あら、嘘だと思ってらっしゃる?信じなくてもいいわ。でも、私がわざわざ、嘘を教えに来たとでも?」


 確かに、そんな嘘をついてもアリス嬢には、何の得もない。何より不敬であるし、その程度の分別はあると信じたい。

 でも、そんな大切なこと、彼女の口から聞きたくはなかった。

 顔色をなくした私に、最後まで楽しそうに笑って、アリス嬢は立ち去った。私は、アリス嬢の乗った馬車が見えなくなるまで、その場から動くことが出来なかった。

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