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没落令嬢オリビアの日常  作者: 胡暖
再会編
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 宣言して、職業紹介所を出てきたものの。

 今になって、急に冷静になる。だって、あんなに美味しい仕事が残ってるわけない。そもそも、秘書業務に学歴不問な募集があるはずない…。

 今まで、お父様が騙されるのを、どうしてと歯痒い思いで見てきたけど、私も充分その血を受け継いでいるんじゃなかろうか。

 ガックリと項垂れる。でもでも。私は、無職期間を作るわけにはいかないのだ。例え向かうのが鬼の巣窟でも…。


 粗末な家の前で立ち止まる。

 ここが我が家だ。領地を失って、家もなくした私達は王都に出てきて、安い部屋を借りた。今まで住んでいた何十も部屋があり、迷子になりそうな広い庭付きの家から、リビングと他に部屋が二つの集合住宅に。部屋にシャワーはあるものの、トイレは共同。

 本当はリビングの他一部屋にして、もっと安い部屋を借りるのでも良かった。でも、お父様が年頃の娘が部屋が無いなんて、お許しにならなかった。

 …大黒柱は私だけども。


 ガチャリ


 玄関を開けると金色の塊が飛び出してくる。


「おかえりなさい!ねえさま!」


 そう、彼女こそが、私が学園を中退し、一家の大黒柱となって働く理由。

 キラキラと菫色の目を輝かせて笑う、私の宝物。


 お父様が騙されて、ついでに莫大な借金まで拵えた時。

 私だけなら特待生として、奨学金をもらって学園に残ることもできた。ただ間が悪いことに、お父様は再婚したばかりだった。継母様は、家が没落すると見るや、お父様との間に産まれた異母妹(ミシェル)を置いてさっさと家を出ていった。そして、あっという間に別の貴族と再婚した。

 平民落ちした身では、使用人も雇えない。乳飲み子を抱え、お父様は途方にくれていた。だから、私は学園を辞めることにしたのだ。お父様には稼ぐ力が全くないから必然的に家の事はお父様、大黒柱は私となった。


「ただいま。ミシェル良い子にしてた?」


 しゃがんで目線を合わせて答えると、ミシェルは胸を張った。


「うん!ミシェ、おとーさまのてつだいした!」


 偉いわね、と頭を撫でてやるとミシェルは嬉しそうに目を細めた。あっという間にミシェルも5歳。今ではひとりで身の回りの事ができるようになっただけではなく、お手伝いまでしてくれるようになった。


「お帰り、オリビア。手を洗っておいで。ご飯にしよう」


 キッチンからお父様が顔を出す。フリフリのエプロンが眩しい。

 なんとまぁ、意外なことに、お父様には家事の才能があった。

 領地経営は全くできなかったのに、料理は意外と美味しいのだ。


 お父様の顔を見て、ちょっとだけ今日の事を報告するか悩んだ。

 けれど、怪しいとはいえ、次の職は見つけてきた。無駄に心配させる必要はないだろう。



 翌日。私は紹介状を握りしめ、心を奮い立たせて新しい職場に向かった。

 それにしても、さっきからずっと続く塀。歩いても 歩いても切れ目が無い。何ここ。ほんとに伯爵家?

 領地にあった私達の家なんか比べ物にならないほどの広さに、さらに心が怖じ気づく。

 こんなみすぼらしい格好で訪ねて良い家ではない。


(伯爵家が職業紹介所なんかに募集出すかしら?…やっぱり騙されてるんじゃ)


 やっと門が見えてくる頃には、すっかり意気消沈。

 門番に恐る恐る紹介状を渡した。

 ドキドキしていたのに、すんなりと門を通される。


(玄関までがあんなに遠いわ…)


 時間には充分余裕を持ってきたつもりだったが、時間ギリギリだ。はしたなくない程度に早足で歩く。

 入り口の前で、ささっと髪を撫で付け、咳払いをして心を落ち着ける。

 さすが良家は違う。ドアをノックする前に扉が空いた。

 振り上げたこぶしがさ迷う。曖昧に笑いながら手を後ろに回した。


「ようこそいらっしゃいました。オリビア様。主がお待ちでございます」


 ロマンスグレーの髪をきれいに撫で付け、モノクルをかけた執事に誘われ、応接間に通された。

 今の私の給料じゃ一生弁償できない金額のソファーに恐る恐る座る。香り高い紅茶が、机の上に置かれる。


(あぁ、こんないい匂いのお茶何年ぶりかしら)


 最近は専ら、花屋で廃棄される枯れかけのお花をもらってきて、ドライフラワーにしたものを湯で煮だす、なんちゃってフラワーティーしか飲んでない。

 しかもお茶請けまでついている。このクッキー、ミシェルに持って帰ったらダメかしら。

 あんまり真剣に悩んでいたからだろう、私は人が入ってきたことに気がつかなかった。


「そんなにクッキーが気に入りましたか?」


 急にかけられた声に、弾かれたように顔を上げる。

 目の前でいたずらっぽく笑う男性。あれは。


「アルフレッド・パーマー…」


 私は呆然と呟いた。


「今はオーエンスです。お久しぶりですね、オリビア先輩。お元気でしたか?」


 さっきお茶をいただいたばかりなのに、すでに喉がからからに乾いたように声がでない。

 そんな、まさか。だってアルフレッドは。


「あなた…男爵家の出じゃなかった?」

「養子になったんですよ。跡継ぎのいない親戚筋の家にね。あなたが学園を去った後でしたかね」


 アルフレッドは事も無げに話す。


 アルフレッド・パーマー改めてアルフレッド・オーエンス。

 彼は私の2歳年下の後輩だ。

 学園では早いものは6歳で入学し、最大で18歳まで寄宿舎で過ごす。入学のタイミングは本人の学力と家庭の方針次第。

 一番多いのは、9歳から成人の16歳までの8年間を過ごす者達だ。

 私も、世間一般と同じく9歳から入学した。アルフレッドは、2歳年下だが、私と同じ年に()()()()()()に入学した。

 すごい天才が現れたと持て囃されていたのを覚えている。

 肩につくくらいのさらさらの焦げ茶の髪に、瑪瑙のような琥珀色の瞳。7歳になったばかりのアルフレッドは、声変わりもまだで、少女めいた風貌をしていた。しかし、その瞳はいつも鋭く前を見据えられていて、ピクリとも笑わない少年だった。

 そんな態度がかわいくないと、良く虐められていた。

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