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正体  作者: ホソチヂレメンノビタ
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上京

丙三「地元の駅前の、英国館みてぇじゃな」


真澄「あれはアンティーク。こっちは昭和レトロ言うんじゃ」


丙三「よう借りれたの。家賃は?」


真澄「それが案外、安いっちゃ。

実は先に住んじょった老夫婦が首括りよって亡くなっとるけ」


丙三「ええ!そりゃあ不味いじゃろ」


真澄「何言うちょるん。人なんて誰でもいずれ死ぬじゃろ。

一億三千万人おったら、一億三千万人死ぬんよ」


丙三「じゃけど、首吊りじゃろ」


真澄は台所と居室の間の梁を指差した。


真澄「うち、見当付けよったけど、多分あそこの梁じゃろうね。他に吊れそうな丈夫な柱は無いけ」


丙三は目をひん剥いて、頻りに両腕をさする。


丙三「マー姉、前から思っちょったが、輪をかけて勇ましゅうなりすぎじゃろ」


真澄「今、流行りの『事故物件』ちゅうんじゃ。

うちが何も起こらんことを証明しちゃって、

大家さんも次は普通の家賃で貸せるっちゃ」


丙三「へえ」


感心しているのか、呆れているのか。

丙三は、やや引き気味の横目で真澄を眺める。


卒業後も続ける話になっていたコンビニを辞め、真澄は東京で独り暮らしを始めた。

派遣で未経験OKの医療事務の仕事に就き、二万円は実家に仕送りもしている。

親は仕送りなど要らないと言ったが、 半ば振り切って出てきた手前、

浮ついた気持ちではない所を親に見せたかったのだ。


昨年は受験生だった丙三も、難関であるH大学経済学部に一発合格し、

上京して真澄の古アパートを訪ねてきた。


色が白く痩せっぽちの、弱虫で定評のあった丙三だが、

受験勉強しかしていなかったわりに、前より逞しく大人びて見える。


真澄「都会の人は入れ替わりが激しいじゃろ。

物でも人でも、ちょっと傷もんになると使い捨てじゃ。

傷もんでも、こねえにええ味がでちょって、十分使えるっちゃ」


丙三「本当じゃね。こねえ戸棚付きのカウンター、ちょっとハイカラなくらいじゃね」


真澄「いつも、ここでお夕飯食べちょるんよ。

玄関にスツールがあるけ、持ってきて座りさん。お茶でも淹れるけ」


丙三「それより御飯がええ。お惣菜は買うてきちゃったよ」


丙三は腕に提げたKデパートの紙袋をカウンターに置いて、鯵の干物やらキンピラやらを並べる。


真澄「あんた。普通、東京の賃貸は、魚焼きグリルは付いちょらんよ」


丙三「ええ!嘘じゃろ」


丙三は魚のパックを手に炊事場を見に行く。


真澄「ここは古いけ、付いとるよ。うちが変わり者でラッキーじゃったね」


丙三「本当じゃ。よかったー」


真澄「丙三、兄さまのとこへは顔出してきたん」


丙三「まだじゃ。行ってもつまらんけ」


真澄「行かにゃあいけんよ。挨拶っちゅうのは大事なんやけ」


丙三「血を分けた兄弟やけど、あん人はちょっと乱暴やし冷てえとこがあるけ」


真澄「まあ、あんたは弟やけ、きすかった※頃も知っとるから。

見え透いとるけ、遠慮のうなるんじゃろ」

※きすい:ひどい


丙三「わかっちょるよ。俺に行儀ようしても嘘臭いようになるけ、手が出るんじゃろ」


真澄「しかしあんた、あない致命的な成績じゃったのに、よう受かりよったの」


丙三「俺が兄貴よりできんわけないっちゃ」


真澄「はは!良かったの、善きライバルがおって」


笑い飛ばすが、丙三は神妙な顔つきで真澄の態度を伺う。


部屋の中を偵察するのをやめ、ヒョロヒョロ伸びた背丈で、真澄を見下ろした。


丙三「マー姉、忘れちょるじゃろ。あんたが政治家になれ言うたっちゃ」


真澄「ああ、なるほどね。 政治家じゃったらH大ほどえりゃあ学校出ちょらんとの。あっはは」


丙三「アハハやないっちゃ」


真澄「おお、偉い偉い。さすがじゃな、丙三」


丙三「俺、寿命削りよったんよ。もっと褒めちゃって」


真澄「よう頑張った、H大生!」


背伸び気味で頭を撫で回すが、丙三はむすっとして手を払いのけた。


丙三「マー姉、あの時の約束、忘れたそ」


詰め寄るような口振りだ。

だが表情の方は、泣き出しても不思議ではないほど、眉を歪めている。


真澄「覚えちょるよ。はあ泣くなっちゃ」


丙三「ぶちおびいちょる※。(※おびく:愚弄する)

方法考えよるんは得意じゃゆうて、うらへら※じゃの(※うらへら:口先ばかり)」


真澄「だけえ、覚えとった言うちょろう。話が長いけ、まずはお夕飯にしようやあ」


真澄は味噌汁をよそう。


丙三「よいよー。ままごとみてえじゃの」


気に食わない、とでも言うように、指先で捲ったカフェカーテンをピンと弾く。


真澄「何言うちょるん。 マンションじゃったらオートロックとかついちょるけど、プレハブみてえじゃ。それに比べりゃあ寛ぐじゃろ」


丙三「小洒落たインテリアじゃ。 こねえな暮らしに憧れて、東京へ出てきたんじゃねえかの」


真澄「そねえでもねえけど、憧れたって悪い事はないじゃろ。

うちかてまだティーンじゃ」


丙三「ティーンゆうて死語じゃろ」


湯気の立つ焼き魚と丙三の惣菜を囲み、一年ぶりの顔を並べた。

鯵を突きながら、真澄はようやく、資本ポイントの仕組みについて説明を始めた。


真澄「一次産業の資本が低迷する傾向は、全世界共通じゃろ。

食糧や環境や情報は、要らない人はおらんよね。

だから、できればこの『資本ポイント』っちゅう仕組みは、

世界で承認されりゃあベストなんじゃ。


かと言って全面的に無償提供にはできん。

生活の雑費は、水道光熱費とか通信料とかじゃけど、

料金を支払って供給してもらうものっちゃ。


どういう職業の人であれ、供給を受ける人はみんな支払っとるんやけ、

現金収入が必要になるんよね。


資本ポイントは実質、生活に必要な産業を守る通貨やけ、

つまり世界中どの国でも、資本ポイントは必要なんよ」


丙三「いずれ、国際通貨になるっちゅうことかの」


真澄「そうじゃ。察しがええの」


丙三「通貨の裏付けは?」


真澄「そう。そこが問題っちゃ」


丙三「何じゃ、肝心な所が片手落ちやないかん」


真澄「何じゃ、うち一人で考えんとならんかん。

あんた経済学の勉強しよるんじゃろ」


丙三「どうせグローバル通貨にするんじゃったら、

最初から国連かどっかで発行したら、話が早えんじゃないかん」


真澄「おお、丙三。それじゃ」


丙三「国連がそんなに資金潤沢っちゅうのは、聞いたことないの。


世界銀行に国際通貨基金を集めちょるじゃろうけど、

国際通貨基金にもちゃんと目的があって、為替相場の安定のためにあるんじゃけ」


真澄「少なくとも、他国の電気とか通信事業者が、

資本ポイントで支払うのを、現金と同等に受領せにゃあならんけえの」


丙三「そもそも通貨としての価値を『投票』が裏付けるゆうのは、前例がないけ。

普通、通貨っちゅうのは、きんじゃったり、信頼性の高い他国の通貨で裏付けるもんじゃし」


真澄「とりあえず国連長官に一回お伺いを立ててみんと、

それ以上のことは話が進まんと思うんよ。


だってそうじゃろ。


国際通貨基金じゃって、世界恐慌で会議が開かれて、

対策が必要じゃっちゅうことになりよったから、承認に至ったんじゃ。


サクっと承認されれば、皆が生きるんに必要な産業を、皆の力で守るなんて、当たり前の事っちゃ。


なんで今まで思い付かんかったんか、逆にナゾなくらいじゃろ。

協調する価値はあるんよ」


丙三「こりゃあH大ごときでは、いかんかもっちゃ。


マクロ経済インフラ・イノベーションの、 第一人者にならにゃあ」


真澄「はあ? 立派になりてえんじゃったら、そねえ横文字使うより、道を探すっちゃ。


そねぇイキらんでも大丈夫じゃろ。


不本意じゃが、最初は認知度が低いけ、国内で、日本円建てで始めりゃええ。


資本ポイントと組み合わせて取引できる一般通貨は、日本円だけにしておくっちゃ。


徐々に物流拠点を海外にも増やして、

最初はやっぱり日本円建て、日本の物価に合わせた市場にする。


じゃけど、翻訳料を支払えば海外からも投稿できるようにする。

海外の購買者も、日本円を持っとらんでも、獲得した資本ポイントで購入できる。


日本円の価値観で価格がつくけ、日本の市場が拡大する。

例えばその国の経済が、インフレとかデフレとかでも、

サイト内では日本の標準価格で買えるんじゃから、安定した価格で手に入る。

経済途上国じゃったら、高くモノが売れる。


関税とか送料は、普通に購入者負担じゃ。

どっかのオンライン通販と同じで、

送料無料サービスにした方が売れると判断すりゃあ、無料設定もできる。


大事なんは、その国の電気・ガス・水道・通信費も、

資本ポイントで支払えるちゅう点じゃ。


これが最も、生活水準の向上につながるんじゃ。


どうするかっちゅうと、設備事業者に支払われた資本ポイントを、

日本で買い取るっちゃ。 例えば日本では認知されとらんでも、


各国特有の雇用差別とかで、収入が確保できん人もおるじゃろ。


資本ポイントサイトは、投稿内容だけで評価される。

人種や、性嗜好や、貧富による差別はないんじゃ。


もちろん、自分で公開・非公開は選択できるけ、

ルックスや年齢が強みじゃと思う投稿者は公開してもええんよ」


丙三「マー姉。あんた、けんでもねぇ※女子おなごじゃね」

※けんでもねえ:とんでもない


真澄「どこが。法に触れちょるとこがあったそ?」


丙三「まだわからん。もっとよう掘り下げてみんと。

今の所セーフじゃないかん。

そうやのうて、最近ネットがうるそうて困っとるっちゃ。


ニュースサイトじゃの求人サイトじゃの、

例えば、儂がちょうどナショナリズムの所を勉強しちょると、

『今、困っちょる』、『今、やれ』ちゅうて来よるんじゃ」


真澄「…まさか」


丙三「へでも前は、そねえことは無かったんじゃ。

思うに、マー姉とゲーム交換しよった時頃からっちゃ。

あの『膜』じゃの『さがせ』じゃのっちゅう、きっしょいバグに、

ウイルスでも仕込まれちょったんと違うかの」


真澄は丙三の目を見返すことができなかった。


真澄「それって、どういう…」


丙三「例えばアメリカでの、メキシコやらの物価が安い国から物資が流入する。

そうすると、アメリカ国民は自国の製品を買わずにメキシコ製の安い製品を買うじゃろ。

通貨格差は先進国に有利という錯覚があるけど、

実際は国内生産の需要が減るのが通貨格差っちゅうもんなんじゃ。


資本家は倹約できる部分を増やしたいけ、他の国の安く請け負う工場を採用する。


それに対して、

海外の安い人件費を利用しようにも、フェアトレードに反するじゃろ。

工場を建てても、設備投資をケチる思想やけ、工場地帯から汚染水を垂れ流す。

さらに受託国側は薄利多売じゃから、結局、働いても働いても経済成長には繋がらん。


そねえやり方しちょるから、工場は経営が立ち行かなくなって、

倒産目前の借金まみれになって、保険金目当てに工場に火をつけよる。


その、資本ポイントっちゅうシステムじゃったら、お互いに物資と経済の両方を潤せる。

どちらかが一方的に儲けるっちゅう資本と労働の対立がねえけ。


先進国は生活水準の向上のために、途上国に支援金を貸し付けたりしちょる。

へでも支援金は一般人の手に直接渡らん。

実際生活しちょるんは、物を買うお金も持っちょらん個人じゃ。

自分の身体しか、売る物がねえっちゃ。

へじゃから、組織と手を組んで高価に売れるドラッグのバイヤーになるか、

売春で日銭を稼ぐか、二束三文の値段で子どもを人買いに売る。


資本ポイントサイトがありゃあ、投稿したポイントでパンを買う小金くらい持てるし、子どもを売らんで済むっちゃ。

投稿で国境を跨いだ海外に生産的な情報を発信しよったら、目線も上がって、

手近な儲け口に慌てて走らんでもええようになるんじゃねえかの」


丙三の言う国際的な支援団体やニュースサイトの記事は、真澄のスマホにも頻繁に表示される。

インターネットは検索ワードの履歴を利用して、興味のありそうな広告が表示されるシステムになっているが、真澄も例のゲームのバグを見る以前には、そういった記事が今ほど頻出することはなかったし、違和感を感じているのは自分だけかと思っていた。

だがそれは、何故か言ってはいけない事に思えた。


真澄「どねえじゃろ。これじゃったら実績ができりゃあ、

他所の国も市場を共有したいようになって、いずれ普及せんかねえ」


丙三「聞いちょった限り、難問解決の匂いしかせん。

よいよー、えれえ計画じゃ。儂ゃあ、マー姉に着いてきてよかった」


丙三は語尾で既に泣いていた。 昔から泣き虫だった。


兄に打たれ、弟には舐められて、辛抱強くなったのだ。


真澄もそれを見たら、ついもらい泣きせずにいられなくなった。


丙三「頑張ってよかった」


丙三の良い所は、泣くのを恥じないところだ。


よく泣いた分だけ、よく考えて育ったのだろう。

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