アルテミドラ編4
その日セリオンは買い物をしに街に出た。花屋を訪れる。
「赤いバラをください」
セリオンは赤いバラを注文した。
今日は「母の日」でセリオンは母ディオドラに贈るために、赤いバラを買ったのだ。
セリオンはバラを受け取った。大切に持ってテンペルへと帰る。
ふとセリオンは違和感を感じた。一瞬にしてさっきまでの空間とは別次元の空間に足を踏み入れたことに気づいた。緊張感が張りつめる。
その時、左右から同時に槍が繰り出された。セリオンは瞬発的にそれをかわした。
バラの花束は地面に落としてしまった。
そのかわりセリオンの手には愛剣の大剣サンダルフォンがあった。
さらに上空から槍が振り下ろされる。セリオンは大剣で受け止めた。
「何者だ?」
「答える必要はない。おまえは今ここで葬られるのだ」
「その命、貰い受ける!」
「アハハハハ、死んじゃえ!」
背後から二人がセリオンに襲いかかる。セリオンは蒼気の刃で槍をはじく。
続いて後ろの二人の槍もさばく。
「おまえたち、魔女か! どうして俺を狙う?」
魔女は三人いた。背中から漆黒の翼をはやし、飛翔している。
「とりあえず邪魔だからな。だから死んでもらうよ!」
三人目の魔女――小柄で年若い、が槍を連続で繰り出す。セリオンは大剣でそれを受け流す。
「死ぬがいい!」
二人目の魔女が反対方向から槍を構えて突き出してくる。
セリオンは二人同時に相手をして槍をはじく。
「我ら三人を相手にどこまでやれるかな」
一人目の魔女モルヴァンが槍を構えて襲いかかる。
セリオンは蒼気の衝撃で一度に二人の魔女を吹き飛ばした。
「うっ!?」
「ウソォ!?」
セリオンはモルヴァンに向かって剣を振るう。
「何!?」
モルヴァンが驚愕の叫び声を上げる。セリオンはモルヴァンを攻め立てる。
セリオンの一方的な攻撃にモルヴァンは防ぐので精一杯だった。
「くっ!?」
セリオンの斬撃がモルヴァンの槍を一刀両断にした。
「どうした? これまでか?」
「くっ……これほどの力があるとは……」
「どうする、モルヴァン?」
「こいつ、メチャクチャ強いよ」
「マヴァハ、ネヴァハ」
三人の魔女ははばたきながらセリオンの正面から相対する。モルヴァンは折れた槍を見てから。
「やはりおまえは危険な存在だ。大きな脅威だ。我々の障害になる男だ」
「なぜ、俺を襲う?」
モルヴァンは答えなかった。黙りこくる。
「我々はバシュヴァ Baschwa。私はモルヴァン Morwan」
「私はマヴァハ Mawaha だ」
「あたしネヴァハ Newaha」
「今回はこれまでとしよう。だが、必ずやおまえの命、貰い受ける。我々は漆黒の魔女バシュヴァ。
覚えておくがいい」
魔法陣が現れ光を発する。
モルヴァンたちの姿は魔法陣と共に消えていた。そして亜空間も同時に消失し、もとのツヴェーデンの町並みにセリオンは戻った。
「バシュヴァ――モルヴァン、マヴァハ、ネヴァハか」
セリオンは刻み込むように記憶した。
「あっ、いけない」
セリオンはバラの花束を拾った。
セリオンはテンペルに帰還した。聖堂の中でセリオンはアンシャルと出会った。
「セリオン、帰ってきたのか」
「ちょっといいか?」
「何だ?」
「三人の魔女に襲われた」
「何!?」
「奴らはバシュヴァと言った。漆黒の翼をはやした三人の魔女で、モルヴァン、マヴァハ、ネヴァハと名乗った」
「バシュヴァ……聞いたことがないな。三人の魔女か」
「奴らは俺の命を狙ってきた。なぜかは分からない。どうやら俺の存在が脅威らしい」
「そうか。命を狙われた以上、今後は気をつけろ。バシュヴァについては私が調べよう」
「わかった」
セリオンは短くうなずいた。
「ん? それはバラか?」
アンシャルはセリオンが持っていたバラの花束に目を付けた。
「ああ、母さんに」
「そういえば今日は『母の日』だったな。ディオドラなら礼拝堂を掃除していたぞ」
「ありがとう、アンシャル」
「母さん」
「あら、セリオン。どうしたの?」
セリオンが見つけたとき、ディオドラは礼拝堂を掃除していた。手にはモップを持っている。
「母さんにこれを渡そうと思って」
セリオンはバラの花束をディオドラに手渡した。
「まあ、赤いバラ! きれいね。どこか飾るところがないかしら? あ、この花瓶がいいわ。これに入れましょう!」
ディオドラはさっそくバラを礼拝堂に飾った。
「いつもの感謝をこめて。ありがとう」
「ありがとう、セリオン。そういえばセリオンはどんな花が好きなのかしら?」
「俺はバラとラベンダーが好きだな」
「そう、ラベンダーもいい香りがするわよね。私も好きよ。あら? セリオン、血がでているわ」
ディオドラはセリオンの左腕を見た。かすかに血が流れている。
「ん、ああ。たいしたことないさ。じきに止まるよ」
「ちょっと待ってて」
ディオドラは戸棚から包帯を取り出した。
「ほら、腕を出して」
「大丈夫だよ」
そうい言いつつもセリオンは腕を出す。ディオドラが包帯を巻いていく。
「はい、これでよし」
セリオンは照れ臭くて顔をそむけた。かなわないなと、セリオンは思った。
セリオンは生まれた時からディオドラの無償の愛を受けて育った。ディオドラは信心深く、深い信仰を持っている。宗教に対するディオドラの態度は敬虔そのものだ。セリオンはそんなディオドラの姿を美しいと思っていた。
「おまえたちにあの男を殺せと命じたおぼえはないが?」
赤い魔女は王座に座りながら話した。赤い魔女は深紅のドレスを着ていた。
「はっ……」
赤い魔女の前にバシュヴァの三人、モルヴァン、マヴァハ、ネヴァハの三人がひれ伏していた。
「それで、結局敗れて戻ってきたというわけか」
「申し訳ありません」
モルヴァンが答えた。
「私はおまえたちが負けたことをとがめているのではない。独断であの男を殺しに行ったことを問題視しているのだ」
「それは……」マヴァハ。
「えーと……」ネヴァハ。
緊張があたりを支配した。
空気がパシンと張りつめる。
「まあ、よい。今回のことは不問にいたす。それに相手はあのファーブニルを倒したほどの実力者、相手の力量が分からぬほど私は愚かではない」
「次こそは必ずやあの男に死をもたらしましょう」
「そうあってほしいものだ」
赤い魔女は妖艶に笑った。