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個人タクシードライバー北里
2030近未来を走る②
北里が個人タクシーを始めたのは1980年代、もう50年前になる。半世紀をタクシードライバーとして生きてきた。バブル期には銀座から遠距離の客がひっきりなしで、タクシー仲間の間では「今日も空中戦だ!」と言い合った。
「当時は乗車拒否は当たり前、手に一万円札を2枚3枚持ったタクシー待ちのサラリーマンの前を通り過ぎ、お得意様に急いだものだ。」
そんなバブル景気も終わり。オイルショック、リーマンショック、東日本大震災と景気後退、更に追い打ちをかけたのが「コロナショック」だった。
個人タクシーの北里にとって最悪な事態は、あの「屋形船」の新年会に参加したこと。タクシー仲間が次々と感染し、我が身の感染も心配された。仕事は休み自宅でひとり感染の恐怖に怯えたが、幸いだったのは同居する家族が居なかったことだ。
後で考えるとこの感染騒ぎがタクシーの「自動運転化」を後押したようだ。タクシー内で人との感染を防ぐには「無人化するのが一番」ということになったからだ。