ルカ、来日
一人で来るのは初めての国際空港。「わぁ、久しぶりだな〜」なんて呑気なことを言っていられる暇もなく、俺はキョロキョロしながら空港内を駆け抜ける。
今朝、メアリーから電話で指示された到着ロビーに辿り着くまで、想像以上の距離と時間を要してしまい、いくら到着が遅れがちな飛行機とはいえ、もうルカが出てきてしまっているんじゃないかと焦る。
「えっと、今日のルカは、白のTシャツにジーンズ姿。で、腰に赤いチェックのシャツを巻いてるんだっけ」
これも今朝メアリーから教えられたルカの服装で、それを強くイメージしながら、俺はターミナルの南ウイングへと滑り込んだ。一息つく間もなく、出口からどっと人が溢れ出てきて、一気にロビーが賑やかになる。
「あれ、ルカ……ルカ……?」
それほど広くはない到着ロビーなのに、ニューヨークからの直行便だからか、ルカと同じような格好をした人が何人も目に飛び込んでくる。けれど、どれも男性だから違うと、目が次々に人を見分けていく。
「どこだろう、ルカ!」
「……ハル?」
少し大きめの声でルカを呼んだ瞬間に、真後ろから聞き馴染みのある発音が聞こえて、俺は咄嗟に振り返る。
「え?」
そこに立っていたのは、まだ若い白人の青年だった。青年と言っても、背丈は俺より高いし、見た感じも年上だろう。若いと表現したのも、こんな所に一人で立っているには、という前置きがつく。
「ハル……?」
普段聞いているものより随分と滑らかな発音に、一瞬それが自分の呼び名であることを認識できなかった。
「あっ、えっと、は……い?」
戸惑いつつ小首を傾げると、途端に愛嬌いっぱいの笑顔になった彼が、両手を広げて俺に近づいてくる。
「会いたかったよ!ハル!オレ、ルカだよ!」
アメリカ訛りの上手な日本語に、俺は慌てる。
「ちょ、ちょっと待って!ルカって、メアリーの?」
「そうだよ!メアリーの!孫!」
嬉しそうにぎゅっと抱きしめられて、俺はいよいよパニックになった。
「だって、ルカは女の子じゃ」
体を剥がしてよく見れば、彼は確かにメアリーから言われた通りの見た目をしていた。光り輝くブラウンの髪に、青みがかったグレーの瞳。華奢なのにやや筋肉質な体型によく似合う白シャツの腰には、赤と黒のチェックシャツが無造作に巻かれている。そして極めつけは、メアリーと同じ形をした、賢そうな唇だ。
「まさか、ルカが男だったなんて」
「メアリーからは女だって言われてたのか?」
「えっと……」
あれ?
そう言えば、メアリーからルカの性別について聞かされてなかったような気がする。
ということは、ルカが女の子だと思ってたのは、単なる俺の早とちり?
「……っ!」
空港に響き渡るほどの大声で、俺は五十音図第一行第四段、つまり「え」を高らかに叫んだ。