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ギャラリーランコントル  作者: 津村
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偽名の裏の真価

 

 三人の関係性は知らないけど、どうやら揃って東京の美大生らしい。気取った服に、気取った髪型。俺は貴方みたいなワイルドな顔が羨ましいよ。なんて素直に言えるほど、俺はまだ大人じゃない。


「俺は散々老け顔って言われてきたからな」


 俺の攻撃的な視線にも気づかずに、連れの女性が男性客へ「あんたは高校生の時には三十路に見られてたもんね」と返す。残りの女性はと言うと、ケーキを頬張りながら気持ち良さそうに海の方を見つめていた。


「ハルって名前も似合ってるし、モテるだろう?」


 煽ってるとしか思えない男性客が、そう言い終えるよりも少し前に、俺は紅茶を一気に飲み干す。


「いいえ、全然そんなことないですよ。メアリー、ごちそうさま。中で領収書の整理をしてきます」

「そう。なら、今週中に支払う請求書も揃えておいてもらえるかしら?」

「分かりました」


 そそくさと逃げるようにギャラリーの中へ戻ると、俺はキッチンで濃く淹れたコーヒーをマグカップに注ぎ、ギャラリーの様子が見えるギリギリのスペースで領収書の仕分けを始めた。


 もしかしたらあいつは、俺のことを純粋に若くて可愛いと思って言ったのかも。そう思い当たった時には外はもう暗くなっていて、煌々と照明がつくギャラリーへ入ると、メアリーが一枚の絵の前に立っていた。


 三人はもう帰ったらしい。


「メアリー、請求書、ここに置いておきます」

「ありがとう」

「その絵、好きですよね。よく眺めてる」


 俺は定位置である受付の椅子に座ると、スマホをタップして首都圏の地図を表示する。


「日本語で『斜陽』。この絵、日本で描かれたものなの」

「へぇ。てっきりアメリカの風景を描いた作品だと思ってました。作者もアメリカ人みたいだし」

「これは偽名」

「偽名?」

「そう。この偽名のままなら、誰にだって簡単に手に入れられる程度の値段しか付かない。でも本名を名乗った瞬間に、この絵の価値は一気に跳ね上がる。それこそ、お金持ちがこぞって参加するオークションに出されるような」

「名前だけでそんなに変わるんですか?」

「作品を評価するのか、作者を評価するのか、それは買い手が決めること」

「芸術って難しいですね」

「結局のところ絵だって人だって、受け手がどう判断するかで価値は変わる。貴方だってそう。そんなに自信がないのなら、貴方が一番存在価値があると思う人に、貴方の値踏みを委ねてみたら?」

「そんな人、いませんよ」

「ここは【ギャラリー ランコントル】。ここで働いているなら、必ずいい出会いが訪れるわ」


 再び暗くなったスマホのロックを解きながら、俺は俺の大切だと思える人を探ってみる。両親、トウマ、学校の友達……。


みんな優しいから、評価を尋ねたところで無理にでもお世辞を言ってくれるだろう。俺を正当に評価してくれる奴なんて、ましてやそれを俺に伝えてくれる奴なんて、いるのだろうか。


「メアリーは俺のことどう思ってますか?」

「前にも言った。大好き」

「だから、そうじゃなくて」

「ほらね、そうやって信じない。だからここで、信じられる人が来るのを待ちなさい」


 微笑んでから奥へ消えるメアリーの後ろ姿が見えなくなると、俺は地図を消してメモ帳に電車の時間をメモしていく。


 とうとう明日、ルカが来日する。迎えに来いなんて一言も言われてないけど、いくら日本語を勉強しているからと言ったって、初めての日本、しかも一人きりで、成田から東京を越えて来るのは難しい。だから俺は、明日の体育祭を抜け出して、空港まで迎えに行こうと決めていた。けど俺だって行き慣れた場所じゃないし、間違っても迷子にだけはならないように、下調べだけはちゃんとしておかないと。


「ハル。はい、これ」

「え?」


 一旦母屋の中へ入ったメアリーが差し出してきたのは、新幹線の切符だった。


「ルカの迎え、行ってくれるつもりだったんでしょう?」

「はい。でも……」

「これはさっきお客さんの前で怒りださなかったご褒美」

「そんな、あんなこと……」


 迎えのことをメアリーに話せば、また「甘やかすな」と言われそうだったから黙っておいたのに。すっかりメアリーにはお見通しだったらしい。


 貴重な新幹線の切符を手にして、メアリーに頭を下げる。


「それに貴方、明日の体育祭を途中で抜け出すつもりだったでしょう?」

「新幹線は高くて乗れないので、仕方ないかなって」

「そんな風じゃ私が留守の間、安心してルカの面倒を見てもらえないわね」

「学校は休みません!できる限りの範囲で」

「その言葉、信じるよ?」

「はい」


 メアリーはふっと笑うと、時計を見て俺にもう帰るようにと言った。


「雨が降りそう。濡れる前に家に着かないと」


 メアリーから残ったケーキを持たせられると、俺は厚い雲に覆われた街を愛車で疾走した。



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