ルカについて
読んでいたエアメールの中身を封筒に仕舞うメアリーに、恐々と尋ねる。
「その質問なら六度目」
「はい」
メアリーがまるでルカと向き合うような柔らかな眼差しで俺を見る。
「孫と言っても、これだけの遠距離だし、そう何度も会ったことはないの。これはもう話したわね?」
「はい」
「歳は貴方と同じくらいで、髪は明るいブラウン、瞳は青みがかったグレーで、私譲りの利口そうな唇をしているわ。これももう話したわね?」
「はい」
俺は何度もイメージしてきたルカの顔を思い浮かべる。美しいのはもちろんのこと、活発な笑顔で日本語を話すその姿は、博士帽がよく似合う。そう、例えばハリーポッターのハーマイオニーみたいに。
「身長はどうかしら、前に会った時は私の肩にも届かなかったけれど、ルカも成長期だし、もしかしたらもう越されてしまったかも。あとはそうね、貴方のことが大好き」
「だ、大好き……」
あからさま過ぎる俺のリアクションに、メアリーはとうとう口元を手で隠しながら大笑いし始める。
「私の孫だから、どうしても私に似るのよ」
「そ、そんな……」
どうしよう。そんなこと言われてしまったら、余計に会いづらい。アメリカ人の女性にとって、日本の男ってどんなイメージなんだろう。シャイなことは知ってるだろうけど、初対面でバラの花束なんて、死んだって渡せない。
でも、ルカをがっかりさせることだけは嫌だ。
「それで、ルカは他にはなんて?」
ひとしきり笑ったメアリーが、やっと顔から手を外して俺を見る。
「あとは英語です。えっと、少し待ってください」
「先生連れてこようか?」
「大丈夫です。もしダメなら教えてください」
俺がルカの手紙とにらめっこしている間、メアリーは奥の部屋から愛用のトランクを引っ張り出してきて、その中に様々な物を手際よく詰め込んでいく。早く手伝わねば……と思いつつも、やっぱり英文を読むには時間がかかる。
「来日予定は六月の中旬みたいです。夏休みいっぱいは日本で過ごすそうで、その間はこの画廊でお世話になりたいと。あと、アンナさんからメアリーに渡すものがあるとかで、その時に一緒に持ってくるそうです。他にはニューヨーク土産は何がいいかとか、フライトの時間は後でメアリーに連絡するとか。なんかこれ、ほぼメアリー宛です」
「六月の中旬って、貴方テスト前じゃ?」
「何とかします。それに、頼めばルカが英語を教えてくれるかも」
「そう。それじゃあよろしくね」
トランクから久々に顔を上げたメアリーが微笑む。
「よろしくって?」
「ほら、カレンダーに書いてあるでしょう?七月の頭に企画展をやったら、私はまたヨーロッパ」
「せっかくルカが来るのに?」
「そう。もうずっと前に決まっていたことだから」
メアリーが家を空けてしまうなんて、ルカは初めての日本なのに、暫く一人きりでここに住むことになってしまう。女の子だから家事は出来るかもしれないけど、買い出しなんかは誰かが一緒に行かないと。夏休みまで一ヶ月もあるし、母さんにでも頼んでみようか。
「甘やかさなくて大丈夫。自分で来ると言ったんだから、必要なことは自分でやらせるわ」
俺の心中を察したように、メアリーが言う。
「それにあの子はタフだから、平和な日本なら野宿でも平気」
「野宿って」
「さ、手紙は仕舞って、旅支度を手伝ってちょうだい」
「はい」
一先ずルカのことは後回しにして、俺はメアリーから言われた物を、迷いなく家中から集める作業に取りかかった。