真夏の夜の出来事
次々と開いていく花火に、一同揃って声を上げる。
「綺麗だ」
爆音と共に振動が体に響き、その迫力に見入ってしまう。光と音のタイムラグのない花火なんて、俺にとってはそうそう見れるものじゃない。
「ハルは久しぶりだろ」
「うん。何年か前の清水の花火は、音だけだったから」
「お前、人混み嫌いだもんな。せっかく外出許可が出ても合宿所でテレビ見てたし」
花火なんていつでも見れる。祭りなんていつでも行ける。あの頃の俺はそう思っていたから、何かイベントがあっても、いつも一人で宿に残って戦術のおさらいをしていた。
当然それをよく思わない奴もいた。けど俺の仕事は、監督とのゲームプランをなるべく緻密に同期させることだったから、何を言われても気になどしていなかった。
他人から見れば、ただただ真面目に仕事だけをこなす、かなりの堅物だったと思う。
今ではもう、見る影もない。
「ルカとも、あと十日か」
呟いたトウマの言葉に、戦術ノートが瞬時にエアメールに変わる。初めてルカから手紙を貰った日から、一気に時が駆け戻った。
今は高二の夏。何もかもを失った俺を哀れんだ神様が、小さなプレゼントと送って寄越した夏が、目の前いっぱいに咲き誇っている。
ふと隣のルカを見る。じっと空を見つめ、ガラス玉みたいな瞳に色とりどりの花火を映していた。しかし視線は、ここではない、遥か彼方。
「ルカは何を見てるの?」
心の声が空気に振動して、俺の質問に反応するルカよりも大袈裟に、俺の肩がピクリと動く。
「何って、花火だけど」
「うん、そうだね。ごめん」
「何で謝る?」
「何でもないんだ。ただ、ルカがあと十日で帰っちゃうのが信じられなくて」
今まで生きてきた長い長い十七年の中の、たった数週間。それなのに、俺はもうルカのいない日常を想像できないでいる。
ルカが帰ってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。誰に会うために、毎朝目を覚ませばいいのだろう。
「俺も帰りたくないよ。ずっと日本にいたい。けど今は、十日間のことを考えよう。別れた後のことは、別れる時に考えればいい」
「そうだね」
派手なスターマインが無事に夜空で煙に変わり、この町最大のビッグイベントが終わった。林の向こうから微かに聞こえる祭囃子を目指して参道へ戻ると、鳥居でルカの写真を撮り、友達に呼ばれたトウマを置いて、俺たち三人は神社を後にした。
電車で帰る高城さんを駅で見送る。いつもの「また明日ね」が聞けるのも、あと数回かもしれないと思った。
不意にじっとしていられない程の孤独に襲われ、分かれ道で背を向けようとしたルカを引っ張り寄せた。
祭り帰りの浮かれた格好のままコンビニでお菓子を買い、二人でいつもの土手を歩く。
部屋に戻ってサイダーの蓋を開けると、気持ちのいい音と共に夏の匂いが溢れ出し、アトムはいつものようにルカの膝に顎を乗せてウトウトしている。
何となくつけっぱなしになっているインターネットの動画配信では芸人が霊界の存在を力説していて、開け放たれた窓からは、珍しく涼しい風が流れ込んできた。
なんて心穏やかな夜だろう。
「ミナト、明日は何をしようか」
あと十日。
夜明けが来るまで、俺たちは残り僅かとなった夏休みのスケジュールを練った。




