朱色詩情
全て食べ終えてもまだ満腹にならないルカとトウマの為に、俺たちは来た道を戻って参道に戻ることにした。
食べている間にすっかり日は暮れて、夕闇の参道に並ぶ提灯が前を歩くルカのシャツを赤く染めている。
その筋肉質な背中が、道標のように俺を前へ前へと進ませた。
「ミナト、これって何?」
ふと立ち止まったルカが指差す先には、金魚が悠々と泳いでいる水槽。その周りを囲むようにして、小さな子供たちがしゃがみ込んでいる。
「金魚すくいだよ。紙が張られたポイで、金魚を掬うんだ」
「やってみよう」
悪戦苦闘するルカが、与えられた三枚のポイのうち二枚を水に溶かすと、そこでフランクフルトを買って戻ってきたトウマにバトンタッチする。
Tシャツの袖を肩まで捲し上げ、フランクを咥えたトウマが水にポイを滑り込ませると、あっという間に四匹を掬い上げた。
「トウマ、すごい!」
ルカの羨望の眼差しを、トウマが遠慮なく全身に浴びる。
「ま、日本生まれ日本育ちの俺にやらせりゃ、こんなもんよ」
持ち帰る気が満々なのか、ポリ袋に入れてもらった金魚を、ルカが興味深げに観察する。
「メアリー、飼ってもいいって言うかな?」
心配になって聞くと、ルカは頭に大きな疑問符をつけて「結局はミナトが飼うから大丈夫だろ」なんて呑気なことを言う。業務内容が増えるということは、その分の時給も増えるのだろうか?
「お兄ちゃん!」
突然呼ばれた声に振り向く。すると、りんご飴を持った妹が浴衣姿で立っていた。隣には幼なじみの女友達が二人。いつものメンバーに、兄としてはホッと肩をなでおろす。
「あの人がルカさん?」
友達が小声で妹に確認をとる。「そうだよ」と返すと、中学生らしくキャーキャー騒ぎだす。いよいよトウマの天下も終わりか?と本人を見ても、特に意には介してない様子で、こんなもんじゃトウマ王国は揺るがないか、と親友の実力を改めて思い知った。
「ハーイ、ルカ!」
妹がいつものようにルカとハイタッチをすると、他の二人も続けてルカと手を合わせ、それでまたキャーキャー笑って実に楽しそう。
アメリカ人なんて学校で週に何度も会ってるはずなのに、「凄いね〜」などと無邪気にはしゃいでいるのは、ルカがハンサムだからか、来日して間もないフレッシュなアメリカ人だからか。
「で、何か用?」
「お兄ちゃん、お小遣いちょうだい。さっきゲームでしくじった」
妹がわざわざ俺に声をかけるなんて、どうせ大体、大概がこんなことだろう。
「やだよ、給料日まだ先だし」
俺の返答に、妹もまた「そんなことは想定内だ」という顔をする。そしてすっと目をそらすと、悪事を企む目をして再び俺を見る。嫌な予感がして止めようとするも、間に合わなかった。
「高城さん、ですよね。兄が大変お世話になってます」
妹が頭を下げると、高城さんも手を揃えて深々とお辞儀を返す。
「こちらこそ。榛名くん、妹さんがいたんだね」
「はい。兄より少しだけ頭の回転が早い妹です。高城さんのことは兄たちからいつも聞いてます。お会いできて嬉しいです」
「ほんとに?変な話じゃなきゃいいんだけど……」
いや、マテまて待て!!
いつもって何だ、いつもって!!
しかも高城さんの質問に、お前が答えるな!
「分かったって!いくら欲しいんだ」
「二千円」
俺は泣く泣く財布から千円札を二枚取り出し、恭しく差し出す妹の手に載せる。
「高城さん、これからも愚兄のことを誠に末長くよろしくお願いします」
「いいから行け!」
鋭い爪痕を残し、無事に獲物を捕らえた妹たちは、スキップをしながら人混みに消えていく。
だからこんな所に来るもんじゃないんだ。
そんな妹を見ていたトウマが「作戦勝ちだな」と笑い、ルカはあっという間に金を毟り取られた俺にキョトンとしている。
「可愛い妹さんだね」
「挨拶ついでに金を奪っていくなんて、どう見たって可愛くないでしょ」
「それはお兄ちゃんに甘えてるだけだよ」
「そういえば、高城さんも妹だっけ」
高城さんなら、間違ってもこんな悪行は働かないだろう。高城家兄とのこの差は、前世でどれだけ徳を積んだかの違いだろうか。今世では精進しないと。
「うちの兄はバイトしてないから無一文だけどね。けど、妹がいるだけで羨ましいよ。私、妹が欲しかったから」
すると横から「あげましょうか?義理がついちゃいますけど」とトウマが口を挟む。いよいよ帰りたくなって鳥居に足を向けると、「花火を見るならこっちだぜ」と首を掴まれ、トウマに林の中へ引き摺り込まれた。
獣道はあるものの、藪の中。心配になって高城さんを見ると、顔色も変えずに平然と藪の中を歩いてきている。普段は大人しそうな文学キャラだが、案外野生児なのかも。一方のルカはというと、一番後ろでとても嫌そうな顔をしながら一生懸命ついてきていた。そんな対照的な二人に、思わず鼻から笑いが漏れる。
ニューヨークじゃこんな藪はないだろう、ルカ。いいとこセントラルパークの大都会では、こんな場所を歩ける機会なんてないはずだ。
連れて行かれた先は林の端で、すぐ下は崖になっていた。
拓けた場所ではないから、コンクリートで固められた場所を見つけて、寄り添って座る。法面に投げ出されたルカの足先が闇でぼやけると、花火が上がりはじめた。




