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ギャラリーランコントル  作者: 津村
32/42

師弟


 理央さんがしげしげとルカを観察する。


「綺麗な顔ね。それに……うん、どことなく彼女に似てる。あ!そうそう、二人にお土産があったんだった。玲央、後ろの座席から紙袋を持ってきて」


 そう理央さんに頼まれ、一礼して出て行く玲央さんを見て、ルカが理央さんに訊ねる。


「ご兄弟ですか?」

「ええ。双子なの」

「お兄様はどちらですか?」

「私よ」

「そうですか」


 あれ。ルカには理央さんが男性だってすぐに分かったんだ。俺と目が合うと、ルカは口角を僅かに上げた。


「それで、この作品のことだけど」

「少々お待ちいただけますか?今メモを持ってきます」


 俺は急いで居間に戻ると、キャビネットから関東の某テーマパーク土産のメモ帳を取り出し、受付のペン立てからボールペンを抜き取る。その間、ルカはギャラリーの丸テーブルに椅子を並べ、戻ってきた玲央さんからお土産の東京ばな奈を受け取り、自ら持ってきたクッキーと共にテーブルの真ん中へ置いた。


 席についた理央さんは、アイスティーを美味しそうに一口飲み、「詳細はまだメアリーにも話していないから、この話を彼女にも伝えてくれると嬉しいわ」と、この絵を持ってきた経緯を話してくれた。


「この絵は、私の高校時代……うちの学校は美術学校だったんだけどね……私のクラスメイトであり、ルームメイトだった友人が描いたものなの。名前は、えっと、宇野久遠」


 ウノクオン?あれ、頭文字にSがつかないな、と、置かれたままの作品へ視線を向ける。


「彼もまた藤堂柊平の教え子で、そうね……ある意味、藤堂柊平が一番贔屓にしていた生徒だった。無口で感情を表に出さない、控えめで大人しい性格だったけど、とにかく筆が速くて、求められているものを的確に判断することができる天才だったわ。もちろん努力はしてたと思う。けど、とにかく成長速度が他の生徒と違いすぎてね、途中から教室の中に、一人だけプロが座ってるみたいだった」


 頬杖をつく理央さんは、遥か遠くの景色を見つめるみたいに目を細め、懐かしそうに語る。


「久遠はとても優秀な成績で卒業したんだけど、その後プロの画家になることはなくて。亡くなる直前まで、小さな街で細々と絵画教室を営んでいたみたいなの」

「亡くなったんですか?」


 そう口を挟んだのは、ルカだった。


「ええ、数年前にね。卒業してから一度も会うことはなかったけど、色々な縁があって、私が葬儀の喪主をしたの。その時に彼の恋人だった人の持ち物から、隠されていたようにその絵が出てきてね、いつか柊平くんの絵の横に並べてあげたいって、ずっと手元に保管してたの。彼ね、亡くなる直前に荷物を全て処分してしまって、学校管理以外で残ってる作品は、模写のこの一枚しかないのよ。それで、この度たまたま柊平くんの展覧会が開かれることになって、知り合いの画商からメアリーを紹介してもらった……というのが、この絵の作者の詳細と、私が今日ここへ来た経緯よ」

「そうだったんですか」


 亡くなった友達の絵を先生の横に並べてあげる為に、わざわざ遠くからやって来てくれたのか。いい人なんだな、理央さんは。そして、理央さんにそうさせた、久遠さんも。


「それにしても、ここにある柊平くんの絵が偽名で助かったわ。いくら天才といえども久遠は無名だから、藤堂柊平と並べてもらうなんてまず不可能だものね。それにこの二枚、対照的なシーンがセットみたいで素敵じゃない」


 「ね!」と同意を求める理央さんに、俺とルカで首を縦に振る。


「作品のタイトルはどうしますか?作品案内のプレートを作らないといけないので」


 俺の問いに、理央さんは顎に人差し指をつけて考える。


「私の作品の模写ってことは、同じタイトルでいいってことかしらね?」

「【模写】をつければ、通常はそうではないでしょうか」


 理央さんの質問に、ルカが即答する。


 へぇ、そうなのか。ルカは物知りだな。さすがメアリーの孫だ。


 そこで俺は、雷に打たれたように閃いた。


 ああ、そうだ。ルカがこのギャラリーを継げばいいじゃないか。そうしたらメアリーもここの作品を手放さずに済む。


 我ながらなんて素晴らしいアイデアなんだろう。


「だったらタイトルは『暁』よ」

「だって。ミナト、メモした?」

「うん。今のお話だと、制作年は不明ということでいいですか?」

「ええ。残念だけどね」

「分かりました。では近いうちにここで公開させて頂きます」

「よろしく頼んだわ」


 その後しばらく他愛もない雑談をして、紅茶を飲み終えた頃、教えられた大きさのフレームを出してくると、理央さんはとても慣れた手つきで作品をその中に収めてくれた。偶然にもそれは『斜陽』と同じデザインのフレームで、玲央さんが手で掲げて壁に並べてみると、『斜陽』と『暁』はまるで兄弟絵のようになった。


「さすが、隣に置いても違和感ないわね」


 理央さんがその様子を見て満足そうに腕を組む。


「師弟だけあって筆のタッチというか、作品そのものの雰囲気が似てますね。同じ人が描いたみたいだ」

「その言葉を久遠に言ったら文句のひとつも言われそうだけど、柊平くんの方は頭を掻きながら喜ぶわね。きっと」


 そのシーンを想像したのか、理央さんが幸せそうに笑う。


「久遠さんは先生のことが嫌いだったんですか?」

「子供だったのよ。大人になれたのは、色々なことの終わりが見えた時じゃないかしらね」


 それ以上は語ろうとせず、理央さんはメアリー宛にメッセージを書くと、二枚の絵と別れを惜しみつつギャラリーを後にした。


 帰り際、ルカが理央さんに「宇野さんは理央さんにとってとても大切な方だったんですね」と声をかけた。それに対して理央さんが返した言葉は、こうだった。


 「あの人は、私にとって意地みたいものね。久遠のお陰で、私は私の価値に気づくことができた。知らないところで長い間、とても大切にされてきたの。だから私は、いなくなった久遠の代わりに私のことを大切にしなきゃいけない。それに何より、赤の他人に私の良さが分かって、私自身にそれが分からないということはないじゃない?」


 微笑む理央さんが車に乗り込むと、ルカが何か言いたげに一歩前に出る。それに気づいた理央さんが窓を開け、笑顔でじゃあねと手を振った。


「またお越し下さい。お待ちしております」

「今度は是非、お友達とご一緒に!」


 ルカの言葉に俺が付け加えると、加速する車はあっという間に坂道の向こうに消えていった。




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