エアメール
「何もないですよ」
フードを外しながら笑ってみせると、メアリーは日傘を広げて門の前まで進む。ポストを開けると、中からエアメールの束を取り出した。
「またからかわれたの?」
「いえ、そうじゃなくて」
「私は好きよ、貴方のその顔」
「やめてください」
本心を見抜かれた俺は、フードで頬を隠すようにメアリーから顔を背ける。
「貴方ももう十七歳。そろそろ外見以外のことも気にかけていかないとね」
メアリーが開けてくれたドアを通ると、誰もいないギャラリーを一直線に奥へ進む。住居へ繋がっている廊下の戸を開けたら、途端にレモンケーキのいい香りが漂ってきた。
「今日のはなかなかの自信作」
「明日から留守なのに?」
「これはお留守中の貴方のおやつ。良かったらガールフレンドも誘って」
「残念ながら彼女はいません」
「そうなの。私が娘なら放っておかないのに」
「ありがとうございます」
この顔をコンプレックスと思うようになったのは、いつからだろう。
幼稚園の頃からよく女の子に間違われていたけど、トウマの奴だって同じような顔をしてた。
小学校の高学年になった辺りで、女子から何かにつけて可愛いと言われるようになり、中学の文化祭ではクラスメイトに無理矢理セーラー服を着させられた。
別にいじめって訳じゃなかったけど、可愛いとか似合ってるとか言われるのは心外で、ましてや好きだった子から褒められると、男としてバツ印を付けられたような気分になった。
高校生になったら尚更トウマと差をつけられ、県内じゃイケメンで通っているトウマと並んで歩けば、トウマのファンから根も葉もない噂を立てられる始末。
せめて黒目が小さかったら。
せめて切れ目だったら。
せめて丸顔じゃなかったら。
せめてコワモテだったら……。
いくら思った所で仕方のないことだけど、もう可愛いと言われるのは嫌だった。
「どうかしら?」
「美味しいです。甘さも丁度よくて、フォークが止まりません」
「貴方は食べさせ甲斐があるわね。切っておくから、食べる時はちゃんとお皿に移してね」
「はい」
メアリーは今でこそ真っ白な髪をピンでアップにしているけど、若い頃は栗色で軽くウェーブのかかった絹のような髪をしていて、やや面長な顔は品よく口角が上がった唇と今日の空のように真っ青な瞳が特徴的な、一族の中でもひときわ知的なオーラを放っている人だった。
昔の写真を見せてもらう機会があると、俺は必ず一瞬だけメアリーに恋心を抱く。国も時代も違って、ましてやメアリーの隣に立つ紳士に敵うはずはないけど、もしメアリーと心が通い合えばどんなに素敵だろうと、想像してしまう。そして横に座る年老いたメアリーを見て、改めてこの幸運に感謝するんだ。
「あら、ルカから手紙が届いているわ」
テーブルの正面に座るメアリーが手紙を仕分けながら、一通のエアメールを俺の前に差し出す。
「開けてもいいんですか?」
「ええ。貴方宛でしょうからね」