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ギャラリーランコントル  作者: 津村
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国際電話


「ハルじゃパイロットは無理だしな」

「我ながら突破できるのは視力検査くらいだと思うよ」

「榛名くんって視力いいんだね。羨ましい」


 予想外な所を高城さんに褒められて、自然と視線が下に向く。今赤くなるのだけは勘弁してくれ、俺の顔。


「ハルはテレビゲームとか読書の類には縁がなかったからな。真夜中のテスト勉強デビューだって、高校に入ってからだし」

「それって視力と関係あるのか?」


 俺の言葉に、トウマと高城さんが頷く。


「だったらトウマだって視力が良くなきゃおかしいだろ。ほぼほぼ俺と同じ生活習慣だったんだから」

「そりゃあ俺は、ハルと違って健全な少年だからな」

「どういう意味だよ」

「ランチタイムからする話じゃないよ。ましてや雫の前で、さ」


 こいつ、スパゲティを食べながら何言ってるんだ。


「あーあ。ミナトがパイロットになれば、タダでニューヨークに来られるのに」


 静かに食べていたルカの呟きに、三人の視線が一斉に集まる。


「そうだよね。私ね、少し前にアメリカへ行くならどれくらいの資金が必要なんだろうって調べたんだ。そしたら渡航費だけでも目が飛び出る程の金額でね。そう簡単に行き来できる距離じゃないんだなって、改めて実感した」

「高城さん、アメリカに来たいの?」

「うん。前に榛名くんが外国人にインタビューされてる映像を見て、英語で受け答えしてたのが凄くかっこよくて。それで私も勉強したいなーって」


 外国人にインタビューって、あんなの高城さんに見られてたのか。恥ずかしい。


「ハルが英語で?お前そんなに英語話せたっけ?」


 俺と同等の学力なトウマが、小首を傾げる。


「スペイン遠征の時のだよ。負けた腹いせに散々人のことを子供扱いして腹が立ったから、言い返してやったんだ。ほら、サッカー用語って英語のままが多いだろ?だからテキトーな接続詞をつけて、それっぽい言葉で説明した。悪口言われてるのって雰囲気で分かるじゃん。だから向こうに、そんな奴に負けたんだぞって分からせたくて」


 そしてその時の負け惜しみが、俺に強烈なコンプレックスを植えつけた。


「つまりハルは、君って小学生みたいだなって言われてカチンと来たから…」

「あなたのチームは小学生みたいな我々のこういう戦術で負けましたドンマイ、って返しただけ」

「それでも、榛名くんやっぱりかっこいいよ!」

「いやいや、ハルのことだからチョイスした接続詞が実は冠詞だったってことも十分にあり得る」

「言えてる」


 トウマのからかいへ即答するルカに、トウマは大笑いをしながらハイタッチをする。


 こいつら。


「英語の勉強がしたいなら、高城さんもギャラリーに来てルカに英語を教えて貰いなよ」


 何気なく言い放ってから、俺は自分のしでかしたことに気づいた。焦ってる俺の思考を読んだのか、ルカが遠くの壁を見つつニヤリとするのが分かった。


 ルカのいるギャラリーにはつまり、俺もいるじゃないか。


「あ、いや違くて。つまり塾代が浮くかなって」

「ルカくん、いいの?」


 目を輝かせる高城さんに、ルカは笑顔で頷く。


「じゃあ俺も!」


 こうして、当然そこに加わろうと手をあげたトウマを含んだ四人で、夏休みの【ルカ英会話教室】が開かれることとなった。








【5】

 


 夏休みに入ったと同時に梅雨が明け、フルパワーになった太陽が力自慢とばかりに俺の体を灼いていく。


 時刻はお昼を過ぎたところで、ジャンケンに負けた俺は麦わら帽子を被って庭の草木の手入れをし、勝ったルカはギャラリーで書類の整理をしている。


 午前中の涼い時間にやってきたトウマと高城さんは一旦帰り、夕方にまた来る予定。いつもこんな予定だから、手が空いてる内に二人で一気に仕事を片付けてしまうのが、最近の俺たちのやり方になっている。


 梅雨の湿気を引きずる熱風に、すぐに全身汗まみれになる。枝を切りそろえると、汗のしたたる足元の葉っぱを集めた。


「それにしたって暑すぎるだろ」


 汗の煩わしさも、張りつくシャツの不快さも、きっと他人よりは耐えられるだろう。けど、暑いものは暑いし、今すぐ脱いでシャワーを浴びたい。


「ミナト!メアリーから電話!」


 ぐったりしていると、ギャラリーからルカの呼ぶ声がして、顎の汗を拭いながら振り返る。返事代わりに手をあげると、俺は逃げ帰るようにギャラリーへ向かった。


『久しぶり。調子はどう?夏バテしてない?』


 クーラーの風を直に浴びながら聞く電話越しのメアリーの声は涼やかで、俺は鳥肌を立たせながらメアリーの顔を思い浮かべる。


「はい。ルカは変わりなく元気だし、ギャラリーも問題ありません」

『そう。良かったわ』


 予定では、今メアリーはパリにいるはず。時差を計算すると……向こうはかなりの早朝だ。


「トウマたちの出入りも許可して貰って、ありがとうございます」

『そんなこと構わないわ。ルカの為でもあるしね。ところでハル、ちょっとお願いがあるの。頼まれて貰えるかしら』

「お願い?」

『私のとても大切な絵画仲間が、急遽そっちへ行くことになったの。本当は私のいる時が良かったのだけど、先方も大変忙しい人でね、スケジュール上、どうしても留守中になってしまって……」

「それは残念でしたね。どこの国の方ですか?」

『日本よ。ハルなら顔を見ればすぐに分かるかもしれない』


 俺でも分かるということは、それなりに有名人ってことか。


「俺なんかで大丈夫でしょうか」

『いつも通りで大丈夫。むしろかしこまった方が嫌がられると思うわ。それでね、そこで絵を一枚預かって欲しいの。保管場所は私の寝室で構わないわ。額縁は納戸にいくつか入ってるから、号数を教えて貰って、先方に渡して。そうしたら綺麗にはめてくれるから。頼まれてくれるかしら?』

「分かりました」

『ありがとう、助かるわ。それと、予定にキャンセルが出てね、遅くても再来週の頭までには帰れそう』

「良かった。ルカ、待ってますよ」


 名前を呼ばれたのが聞こえたのか、ルカが受付から顔を出す。こちらに向けてウインクすると、何かに気がついてすぐに頭を引っ込めた。どうやら来客があったらしい。


『よろしく頼んだよ、ハル』

「はい」


 俺は客人が来る日時と名前をしっかりメモすると、ルカがまとめていた書類の上に置いた。


 やってきたお客さんは二人組で、仲良く並んで鑑賞している。目線の先は、例の『斜陽』だった。


「メアリーからミッションだ。有名人が来るから、粗相のないように」

「オーケー、でもその前にシャツを着替えなよ」

「了解」


 脱衣所で濡れたシャツを脱ぎ、今やすっかり日本の柔軟剤の香りに支配されたルカのTシャツを被る。やっぱりサイズは大きいけれど、よく見ればルカだってジャストサイズではない。身長も少しだけ伸びたし、成長を怠らないこの体を少しは褒めてあげねばな、と、細い二の腕をそっと撫でた。









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