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ギャラリーランコントル  作者: 津村
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この道の先のこと


「榛名、お前の気持ちも分からなくはないけど、もう高二なんだからそろそろ将来のことも考えないとな」


 職員室に入ると、案の定空欄のままの進路調査票を机上に出していた担任が、至極優しい声でそう切り出した。


 その言葉に周りの教師も顔を上げ、興味あり気にチラチラとこちらを窺う。


「はい」

「無理に違うものに目を向けろと言ってるわけじゃないんだ。ただ、なんだ、つまり……サッカーが……出来ない以上、何かしらの道を選ばなきゃいけない」


 年齢的にもまだ生徒の気持ちを察することが出来るのか、担任はとても申し訳なさそうに、小声で競技名を口にする。


「はい」


 俺がはいとしか答えないのは、これが一番手っ取り早く、この場から解放されると分かっているからだ。


「選手じゃなくたって、コーチとか、トレーナーとか、代理人とか、今じゃ色んな仕事があるじゃないか。そっちの方も視野に入れてみてもいいんじゃないか?お前なら選手の大変さもよく分かってるから適任だろうし、クラブとのコネもあるだろう」


 不意に横から、担任より十個ほど年上のベテラン教師が笑顔で口を挟んできたので、担任が焦ってそれを止める。


 きっと俺に気を使ってくれたんだろう。けれど生憎、それでキレるような情緒不安定さはもうない。悪気がないのは目に見えているし、そもそも反抗期はもう卒業済だ。


「感傷に浸るのもいいが、それじゃあ未来の自分は救えないってことだよ」


 ダメ押しとばかりに、少し離れた所で書類整理をしていた学年主任が、担任の気持ちもそっちのけでそう言い放ったので、とうとう担任が腰を上げた。


「ごめん、榛名。他で話そう」

「いえ、大丈夫です。明日までに書き直してきます」


 俺はもう帰るという意思表示を込めて深く頭を下げ、名前だけ記された紙を取って反転する。


「明日じゃなくていい。夏休み明けでもいいから。困ったらいつでも相談にのるよ」


 ドアの前でもう一度頭を下げて退散すると、俺は元来た廊下を歩きながら、感傷になど浸っていないと頭の中で否定しつつ、あの場で言葉になるほどのエネルギーが湧き立たなかったことに、なんだか酷く情けなくなった。


 そう思われてたんだな……


 それが全てだった。


 ふと、「あ、ルカのことを言いそびれた」と思い出した時には、俺は再びグラウンドの横に立っていた。


 無意識でもちゃんとスニーカーに履き替えていたことに、驚きを通り越して恐怖になる。


 俺はどうしてこんな所に。


「あっ!すみません!」


 遠方から届く焦った声に視線を上げると、キーパーが蹴り損じたボールがゆらゆらとラインを越えていくところが目に入った。


 途端に監督の怒号が聞こえ、近くにいたディフェンダーがキーパーの肩を叩く。


 「そんなんじゃ笑われるぞ!」と監督が続けて怒鳴ると、何人かの部員がこちらに気づいて頭を下げた。


 一瞬、頭の中が宇宙の外へ放り出されたみたいな虚無になる。


 ポケットの中で振動し始めたスマホを何とか手に持つと、呆れ声のトウマの声が聞こえた。


『おい、先に帰ろうとしてるだろ』

「え……」

『今、四階の音楽室だ。正門に向かって立ってるお前がよーく見える』

「あ。違くて。これは……」

『何か嫌なことでも言われたか?』

「そういうんじゃないんだけど」

『まーいい、待ってろ、今行くから』


 電話が切れると、ボールが蹴り上げられた鋭い音に肩がすくんで、俺はその場に留まることが出来ずに逃げるように正門へ向かった。






 レッドローズクラウンは、今日も顔なじみの常連客がカウンターに並んでいる。いつもの風景と違うのは、まだ昼過ぎということもあって、みんなのコーヒーの横にランチプレートが置かれているということ。


 ボックス席に着くなり四人前のナポリタンを注文すると、ルカは「さて」と言いたげに身を乗り出し、それに倣ってトウマまで同じポーズをしだしたので、オレは仕方なく口を開いた。


 トウマと高城さんは、ここに来るのは今日が初めてだ。


「調査票、白紙で出したんだよ。だから担任が何か書けって」


 それだけ。と話を終わらせると、斜め前の高城さんが心配そうな顔をした。


「それだけ?」


 トウマが訝しそうに聞き返す。


「どうせ柿村辺りに余計なこと言われたんだろ?何言われたんだよ」


 トウマの言う柿村とは、学年主任のあいつのことだ。


「察しがいいな」

「なんだって?」

「『感傷に浸るのもいいが、それじゃあ未来の自分は救えないってことだよ』」 


 下手くそなモノマネをしてみせると、「サイテー」と息を吐くように高城さんが囁いた。


 俺の栄光と挫折はこの街の誰もが知っていることだから、高城さんが俺の事情を知っているのも当然だ。でも、たまたまの流れでも高城さんをここに同席させてしまったことに、俺はどうしようか少し困った。


 これらの話は極々俺個人の話であり、高城さんには関係ない。いや、むしろ関係を持って欲しくないのが本音だ。俺の悩みなど知らないでいて欲しい。振りでも嘘でも、その他大勢の範囲から外れない背景として、今まで通り俺を存在させて欲しかった。


「でもさ、ごもっともだと思ったよ。感傷に浸ってる訳じゃないけど、確かに今の自分じゃろくな未来を構築できない」


 進路調査票に関して、先にトウマたちから聞いていたんだろう。ルカは大人しくこの場を見守っている。


「かと言って、やりたい事もないんだけど」

「何、進路について悩んでるの?」


 この憂わし気な高校生を見兼ねてか、マスターがナポリタンを運びがてら声をかけてきた。


「はい。高二なので、せめて志望校くらいは決めないと」

「いいね。羨ましいよ。それってつまり、何でもできるってことでしょう?僕には贅沢すぎる悩みだな」

「そんな。俺なんてどの職種のサラリーマンになるかって程度の選択肢しかないですよ」


 目の前で湯気を上げるパスタに、俺たちはさっそくフォークを絡める。それを口に運んだ瞬間、全員の顔が綻んだので、マスターは満足気に頷く。


「僕が湊人くんたちの頃の夢は、パイロットだったかな」

「パイロットですか。それは立派な夢でしたね」


 二口目を絡めながら、そう言ってトウマが顔を上げる。


「僕は父の仕事の関係でイギリスで生まれたんだけどね、何年かに一度帰国する度に、長過ぎるフライトに殆うんざりしてたんだ。パイロットなら窓も広いし、操縦しているから暇じゃないでしょ?ついでに経費で移動もできるしさ。だから僕こそパイロットに適してるって思ったんだよね」

「それ、どことなく不純ですね」


 テーブルに笑いが起きると、マスターも一緒になって笑う。


「でも、どうしてパイロットから、ここのマスターに?」


 マスターが質問主の高城さんを見て、恥ずかしそうに頭をかく。


「いやー、パイロットっていうのは頭が必要だからね。そんな安易な少年がなれるわけなかったよ」


 マスターはまた笑うと、定位置であるカウンターの中へ戻っていった。









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