ギャラリーランコントル【後】
【1】
寒気を追いやったヒーロー気取りの青空には、綿みたいな雲が浮かんでいる。
授業が終わると、友達への挨拶もそこそこに校舎裏の駐輪場へ向かい、一秒の迷いもなく見つけた愛車へカバンを放り込む。
鍵を外してサドルに跨ったところで、幼馴染のトウマが教室から手を振ってることに気がついた。俺は右手でグリップを握ったまま、左手を上げる。
「ハル、今日もバイトか?」
「明日からまた留守番なんだ。だから色々、手伝わないと」
「お前のバイト、楽でいいよな。欠員が出たら紹介してよ」
春風が不意を装ってトウマの前髪を乱し、その整い過ぎる顔に演出効果を加える。それを見ていた駐輪場の女子たちが黄色い声で喜ぶものだから、本人もその気になって、計算し尽くされた完璧な素振りで前髪を掻き上げた。
「そんな顔でよく俺の幼馴染やってられるよな」
「ん?何か言ったか、ハル。聞こえない」
「お前のその顔じゃ、余計な客まで来てメアリーに嫌われるよ!」
俺は捨て台詞を吐いて自転車を発進させると、顔を隠すためにブレザーの下に着ているパーカーを目深に被った。
校門を出て駅を抜けたら、自宅とは真反対の道へ曲がる。しばらく商店の並ぶ平地を走り、下手くそなピアノの音色が聞こえてくれば、そこはもう新興住宅地だ。
立ち漕ぎをして一気に丘の上まで登りきった俺は、僅かに上がった息のままフラフラと自転車を降りた。腕時計を見る。バイトの時間まであと三十分もあった。
「おかえり、ハル。随分と早かったわね」
画廊のガラスドアの前で身なりを整えていると、鈴の音を響かせてメアリーが出てきた。と言っても、フードが視界を邪魔して、メアリーの姿は足元しか見えない。
レースの白いスカートから、淡い黄色の靴が覗いている。二つともメアリーのお気に入りだ。
「今日は信号にひとつも引っかからなくて」
「それは幸運のお告げかもしれないわね」
「お告げ?」
「そう。これからハルに幸運が舞い降りるかも」
「むしろ余計な所で運を使っちゃった気がします」
「何か嫌なことでもあったの?」