レッドローズクラウン
「知らないの?ナポリタン」
「知らない」
「スパゲティにウインナーとピーマンとマッシュルームを入れて、ケチャップで炒めたものだよ」
「美味しいのか?」
「うん、特にこういう喫茶店のはね」
「よし、頼もう!」
「でもマスター、お客さんと盛り上がってるぞ?」
カウンターを見ると、マスターは忙しなく動き回りながら、三人組と世間話で盛り上がっている。これじゃあ声は掛けにくい……と思った矢先、ルカが躊躇なく右手を挙げた。
「ヘイ、マスター!ナポリタンくださーい!」
遠くまでよく響く声はやっぱりここでもカタコトで、ルカは確信犯のように俺へウインクをしてみせる。
「はい、少々お待ちくださいね」
お喋りの途中でもちゃんと反応してくれたマスターに続いて、三人組もこちらへ振り返る。
「アメリカの少年、ここのナポリタンは絶品だぞ!」
「そうそう。最初はお世辞にも旨いとは言えなかったけど、四十年でデカく化けたんだ」
「ほらマスター、こっちの注文なんて後回しでいいから、若いのに先作ってあげな!」
「たのしみだねー、ハル!」
どうやら空気を読めない振りをした、ルカの作戦勝ちらしい。
出てきたナポリタンはどう見てもたっぷり二人前はある大皿で、俺たちはさながらルパンと次元みたいに取り合いながら、あっという間に平らげる。四十年の改良は想像以上の出来ばえで、さすが絶品と言わせるだけのことはあった。
瞬殺とも言える見事な食べっぷりに気を良くした三人組からナポリタンをご馳走してもらうと、ルカはマスターと英語で何かを言い交わし、また来ますと言って二人で店を後にした。
「ラッキーだったね」
「ハルのお陰だよ」
「ルカが大声だしたからだろ?」
交差点を渡り、軒先を見上げる。そこにはモスグリーンの背景に赤色で『Red Rose Crown』と彫られた看板が掲げられていた。
毎日前を通っていたはずのに、ちゃんと名前を読んだのは、店のドアを開けたのと同じく今日が初めてだった。
「マスター、英語喋れるんだね」
二人で何を話していたの?とまでは聞けないから、俺は意図を濁すように言う。
「UK生まれだろう」
「分かるんだ?」
「うん」
「確かに赤いバラの王冠ってイギリスっぽいけど」
「いぎりす?」
「って言わない?UKのこと」
「言わないな」
「へぇ、イギリスって和製英語だったんだ」
それ以上は話そうとしないルカに何となくモヤモヤしつつ、目の前に迫った駅を通り過ぎ、俺たちは更に進む。
そこからすぐに駅前商店街が始まり、ルカが物珍しそうにアーチ型の看板にスマホを向けた。
「ハル、これはなんて読むの?」
「フジシオ商店街。商店街は、ショッピングストリートって意味だよ」
「富士潮商店街、ね」
「とりあえずここに来れば、必要最低限の物は揃う。メアリーもこの商店街でいつも買い物をしてるはずだよ」
「ここにはどんな店がある?」
「よし、案内しようか」
アーチをくぐると、昨今話題になっている寂し気なシャッター街とは違い、地元住人や観光客で賑わう商店街を歩いた。人混みの中に自分の気配を隠そうと、あえて通りの真ん中を選びながら。